4月24日 ブルボン・プチの日
(いつもより少し長めです※2400字程度)
「あなたたちは若い。これからきっとしばらくは迷い続けることだとおもいます」
新人研修の初日、人事部の女性のご挨拶でそう言われた。くっきりハッキリと『迷い続ける』と言われたので、少し戸惑ったことを覚えている。
けれど、彼女の凛とした姿勢、目線の優雅さ、柔らかな表情、けれど一方で適度な自信に溢れた雰囲気があり、一瞬で憧れも抱くことになった。
彼女はそのまま続けた。
「迷うのは新人だから、仕事だからと言うわけではありません。まず、世の中はそもそも『選択』の連続です。就活からしてもう選択の連続だったはず。今まではご両親がその手助けをしてくれていたと思いますが、あなたたちはもう社会人になりました」
彼女はそう言って、言葉を切り、新入社員16名の顔を丁寧に見る。
「これまで以上の選択が生じます。けれどこれは、懸命に日々を生き、世の中に慣れてくることで、段々と自分にとって最善の選択が出来るようになるので心配することではありません。だからこそ、自ずと自分に良い選択が出来る、そうなったときに、この会社を選んで良かった、この選択で良かったのだと思えるよう、これから1日1日を過ごしていただければと思います」
最後に柔らかな笑顔を丁寧に見せ、綺麗なお辞儀をして挨拶は終わった。
将来、自分にとって最善の選択となるよう、今の1日1日を頑張る。何も分からない新人の私は、彼女のその一言を胸にしまって社会人生活をスタートさせたのだった。
10年経ち、今のところ、私の就職の選択は正しかったと思っている。ただ、これからはどうだろうと思うと正直、悩み始めている。出来ること、やりたいことが増えたことで選択肢が増えてきたのだ。
私は、何をどうしてどうなりたいだろう。
考えてもコレだと決めることができない。
「ちょっと外に出ます」
気分転換に散歩することにした。
何の目的もなく歩いていると、お菓子やさんが目に入る。そこにはあの人事部だった彼女がいた。選んでいるようで、お菓子の棚を眺めている。今は経理部だっただろうか。久々にお見かけしたなぁと思いながらそのまま足を進めて通り過ぎた。
同期の何人かはすでに転職をしてこの会社を去っていった。全員に聞いたわけではないけれど、彼らは自分のやりたいことがしっかり決まっていたように思う。
私はどうだろう。広報やコンテンツデザインの経験を積んだことから、自分はウェブデザインをやりたいとふつふつ思い始めている。けれどそれは今の経験があるからであり、と言うことは今のままその経験を深めることもまあ出来ると思う。わざわざほかに行く必要があるだろうか。そもそもそこまで強い希望や動機がまだ芽生えていないのではないか。
うーん、やっぱりまとまらない。カフェにでも入ってゆっくり考えるか。そう思いながら、来た道を戻る。また何の気なしにお菓子やさんが目に入った。
「あ」
彼女はまだそこにいた。それもおそらくさっきと同じ場所である。
彼女はいったい何を見ているのだ。私は近づいてみた。
「お疲れさまです」
「あ、斉藤さん。なんだかお久しぶりね」
そう言って優しく笑う彼女の顔は10年前と変わっていない。
「失礼ですが、何を見てらっしゃるんですか」
一瞬迷ったものの、直球で聞いてみた。
「ああ、このプチシリーズなのよ」
見ると棚一面がブルボン・プチシリーズで埋まっている。こんなに種類があるのかと驚いた。それにしても。
「これを見ているんですか?」
「うん、まあ、見ていると言うか・・・・・・」
「ずっと?」
私は思わず口にして慌てて噤む。彼女は少し驚いた顔をしたがすぐに笑ってくれた。
「やだ、見られていたの?恥ずかしい」
「高槻さんでも迷うことあるんですね」
私も笑いながら言うと、彼女も同じように笑う。
「私なんて迷いまくりだわ。だって、おやつさえ決められないわよ。あ!良いこと考えた」
彼女はそう言って私の顔を見た。
「斉藤さん、ちょっと一つ選んでよ」
「え、私ですか」
突然言われ、困惑する。私は高槻さんの好みも知らないし、今何を欲しているかも分からない。何を決め手にすればいいのだろう。
「何でもいいよ」
「うーん、じゃあこれで」
私はピンク色の可愛らしいいちごビスケットを選んだ。
「あら、随分可愛らしい。自分では選んだことないわね。なんか妙に嬉しい。ありがとう」
くすくすと笑いながら彼女はいちごビスケットを選んだ。そのまま、プチの棚を再び一瞥し、その中の一つを手に取ってレジに向かった。
「すぐにお会計してくるから待っていてね」
言われたままその場で待機する。
なるほど、こりゃ迷うわ。こんなにたくさん種類があって、どれも美味しそうだし、みんな好きな味が揃っている。私も自分で選ぼうとすると悩みそうである。
「お待たせ」
あっという間に会計を終えた高槻さんが戻って来た。一緒に店を出ると、彼女は早速袋の中から一つを取り出す。
「はい、どうぞ」
手渡されたのはプチシリーズの新作らしい「のり兵衛」だった。
「え、いいんですか」
「うん、選んでくれたお礼と言うことで。私も斉藤さんに選んでみた」
いたずらに笑い、2人で歩き出した。
「なんでのり兵衛なんですか」
「なんとなく、頼もしい友人を渡してあげたくなって」
のり兵衛は頼もしい友人なのか?
疑問が顔に出てしまったのか、彼女は続けた。
「なんかこう、背中を押してくれるようなものが必要なのかしらと」
「プチで背中を押されると言うのはなかなか聞かないですけど、確かにのり兵衛なら出来そう」
私も少しのってみた。それにしても私は悩みが顔に出ていたのだろうか。一方で彼女は、なぜいちごビスケットだったのかと聞いてきた。
「うーん、おやつを買うのにすんごい悩んでしまう可愛らしい高槻さんの今のイメージですかね」
そう言うと、彼女はけらけらと笑った。
「私が言えたものでもないけれど、悩んだり選択に迷ったら誰かに聞くのも良いものね」
大先輩もまだ『世の中の選択』に慣れていないのかもしれない。
私もまた、焦らずにゆっくり選択すればいいのかもしれない。
それがやっぱり伝わってしまったのか、彼女はやっぱり綺麗に笑った。
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【今日の記念日】
4月24日 ブルボン・プチの日
新潟県柏崎市に本社を置き、数多くの人気菓子を製造販売する株式会社ブルボンが制定。同社が1996年から販売する「プチシリーズ」は手軽に食べられる大きさのビスケットや米菓、スナック類など24種類。そのバラエティ豊かな品揃えと、色とりどりの細長いパッケージで人気の「プチシリーズ」をさらに多くの人に楽しんでもらうのが目的。日付は24種類にちなんで毎月24日に。同社は「ブルボン・プチの日」の愛称を「プチの日」としている。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。