1月19日はっぴいおかん·大阪いちじくの日
「あ、じゃあ私から自己紹介しまぁす!」
ノートPCの画面に映し出された6つのコマの左上、神田莉子が言った。話している彼女のコマ枠だけ黄色く囲われている。他のコマにいる人たちは何となく笑っているような表情が映っている。その中に、特に笑ってなどいない真田智子は右下の枠にいた。
ちょっと人が足らなくて、と同僚の神田莉子に呼ばれたのはこの2時間前だった。打ち合わせみたいな飲み会みたいなと、結局何だか分からない課の集まりに参加してほしいとのこと。智子は断ろうと思うが、来月からのプロジェクトで神田やその他の参加者と同じチームに配属されていることを思い出し、後ろ向きに参加しますと答えた。
智子は一人でいることを好む。それで不満はないので随分と長い間そうしてきたが、間もなく30歳を迎えるにあたり、何かを変えてみても良いかもしれないと思い始めた。それは在宅ワークが増え、そもそも少なかった人との接触が最近はもう皆無に近くなったことで、はからずも寂しさを感じたせいかも知れない。少しだけ自分を明るく前向きに変えたくなった。自分のことだけを考えて生きるのではなく、僅かでも、誰かの為に生きられるように。その一歩として、この飲み会を受けたところもある。
「何を飲んでいるんですか?」
画面から話しかけられた声に一瞬戸惑った。見るとそこには一人の男性しか映し出されていない。聞けば2人ずつでグループ設定にしたようだ。いつの間に!智子は慌てて返事をする。
「あ、えっと、ふ、フルーツズレのカクテルです」
しまった。がっつり噛んでちゃんと『ジュレ』と言えなかった。恥ずかしさに目線を画面から背ける。
「へぇ、画面越しに見てもキラキラと綺麗ですね。ジュレはピーチとか?」
またも質問が投げられ、流石に顔を向けずにはいられず、何とか視線を画面に戻す。
その人はとても穏やかな表情の男性だった。
智子は少し落ち着き、返事をする。
「これは無花果のジュレです。お気に入りのお取り寄せで、それをソーダで割っています」
まるで自分の商品をアピールするように説明してしまう。言ってすぐに軽く落ち込んだ。けれどその画面の先にいる彼はやはり穏やかに笑う。
「いいですね、お気に入りがあるのは素敵なことです。余程美味しいんですね」
「はい、とても美味しいです。濃い無花果が味わえると言うか……。飲むと元気になれる」
言ってみると不思議に表情にも出るようで、画面に映る小さな枠にいる私は確かに元気な笑顔である。
「本当だ。元気そう」
そう言って彼も笑った。
良かった、私と話して笑ってくれた。
私も誰かを少しは笑わせられるのかもしれない。
その後、彼はどこで取り寄せたのかと聞いてくれたので、私はジュレのパッケージを確認してなぜか誇らしげに答えた。
「『はっぴぃおかん』です」
そう言うと、彼は声を出して笑った。
「面白い人ですね。いつか対面で飲み会しましょう」
私もつられて笑ってしまった。
いちじくのおかげか、はっぴぃおかんのおかげなのか、もしかしたら今までとは違う30歳を目指せるかもしれない。
そう思いながらポリポリといちじくチップをつまむ。噛むとそれはじっくり美味しい。
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【今日の記念日】
1月19日 はっぴいおかん·大阪いちじくの日
大阪府羽曳野市で地元の名産品である「いちじく」を使った商品を製造販売するグループ「はっぴいおかん」が制定。健康にも良いとされる「いちじく」の商品をより多くの人に知ってもらい、地元大阪を代表する特産品、お土産品にするのが目的。日付は1と19で「いち(1)じく(19)」と読む語呂合わせから。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
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