1月4日 みたらしだんごの日
(いつもより長めです。2400文字程度)
祖父の作るみたらしだんごが好きだった。
作ってくれるのはお正月の三ヶ日が過ぎる頃で、それも普通のみたらし団子ではない。祖父のそれは『餅』で出来ている。
普通の餅ばかりでは子供は飽きておもしろくもないだろうと言う理由で、僕が4歳の頃からそうして残った餅でみたらしだんごを作ってくれるのだった。そのみたらしだんごが大好きで、子供の時分には早く正月が過ぎないかと願ったほどだった。
毎年、年末年始で祖父母の家に行くのが恒例である。今年は両親の仕事の関係で僕だけが祖父母の家に泊まりに来ていた。
いつも12月30日に祖父が餅をついてくれ、今回もそうだった。つきたての餅はとてもなめらかで、良く伸び、はふはふと少し冷ましながらそれを食べるのが楽しみの一つだった。
31日の大晦日には温かな年越しそばの上に香ばしく焼いた餅を乗せて力そばにして食べた。1月1日の元旦は朝はお雑煮で餅を食べたし、2日の昼ご飯でも餅、3日は再び餅を入れた雑煮を食べた。それぞれ、のりを巻いたり、うっすらと味噌をつけたり、雑煮も味噌バージョンと醤油ベースで2回作ってもらった。こうして手軽なアレンジを楽しんで食べていた。
今日は1月4日、確かに餅に少し飽きる頃。皿の上にはみたらし団子が4本置かれている。
「さぁ、お待たせ。食べなさいな」
祖父が優しい顔でほほえみ、僕の皿を目の前に寄せた。僕はごくりと唾を飲む。
今、僕は中学1年生であり、まもなく中学2年生だ。そこそこ思春期を迎えていると自分で思う。ただ、いわゆる荒れた思春期なんかではなく、自分の内でもやもやと日々色んなことを考えているだけのタイプだ。もしかしたら思春期関係なく単なる性格かもしれないけれど。
つまり、なにがいいたいかと言うと今の僕は『みたらしだんごが苦手』なのだった。
ホルモンバランスとか細胞やらが関係するのかしないのか知らないけれど、最近本当に甘いものが苦手になってきた。なぜかそうなってしまったのだと母には言ったものの、母はスッキリサッパリの性格だからか、「苦手って言えばいいじゃない」と言って話は終わった。
そんなことは言えないのが、荒れない方の思春期なのだ。
「どうした?食べて良いよ」
僕はわずかな希望に掛けて1本手に取った。
甘いものが苦手かもと思ったこの夏以降、一度もスイーツの類を食べていない。もしかしたらもう治っているかもしれない。それに、祖父の作ったみたらしだんごであれば元々大好きだったのだから大丈夫なのではないか。
そんな希望。
「いただきます!」
そう言って勢いパクついた。相変わらずやわらかい餅である。その餅を噛むほど、みたらしあんがとろけて希望は砕かれる。
「秋也、もしかしてもうみたらしだんごは好きじゃないのか」
祖父がどこか心配そうな顔をして言う。例えばここで、素直に食べられなくなってしまったと言えばいいのかもしれない。みたらしだんごが嫌いなわけではないと言えばいいのかもしれない。
でも僕はそうは言えないのだった。
「好きだよ!じいちゃんのつくるみたらしだんごが一番好きなんだ」
間違ってはいないので良しとしよう。ただし、状況は変わらない。
僕がどこか無理しているのが分かってしまったのか、祖父はすっとみたらしだんごの皿を下げた。
「ちょ、じいちゃん!食べるから持って行かないでよ」
「ちょっと待ってろ」
祖父はそう言ってさっと台所へ消えた。少ししてなにやら祖母と話しているような声が聞こえる。
傷つけたかもしれない。こんなことであれば最初から素直に言えば良かった。結局態度に出てしまったのであれば口で伝えるよりも始末が悪い気さえする。しまったなぁ。母の言うことが最善の正解だったかもしれない。
こんな風にもやもやと自分会議をしていないでさっさと祖父母のところに行けばいいものを、僕は行けずにいるのだ。
「秋也、お待たせ」
ドン、と置かれた皿の上には串が3本。僕が残した串である。ただ、さっきと違うのは刺さっているものが違う。
「ベ、ベーコン?」
ベーコンである。確かにもやもやもんもんと考えていた時に香ばしいしょっぱいにおいがするなとうっすら思っていたが(ついでにおいしそうとも思った)、ここにくるものだとは思ってもいない。
と、言うよりもみたらしだんごはどこに?
「ほれ、だまされたと思って食べてみろ」
「だって、じいちゃん、これみたらしどこいったの」
あまいものにはしょっぱいものをと言うのは道理な気もするが、それにしても唐突なベーコン。
「ここにあるぞ」
「え」
「だから、食べてみぃ」
さっきみたらしだんごを僕に勧めてくれたときと同じように優しく笑って皿を寄せてくれた。
『みたらしだんごinベーコン』
正直、おそるおそる口にする。そう言う意味ではさっきのみたらしだんごを口に入れる感覚とほぼ一緒。口に入れるとベーコンの香ばしさが鼻に抜けてちょっと食欲をそそる。そのまま噛んでみた。
「あ」
いた。いたいた、みたらしだんごさん。
「な、中にあるだろう」
「なにこれ!初めて食べた」
しょっぱくて香ばしいベーコンを噛み、その中から現れたトロリ流れる甘い蜜。しょっぱさに混じっているせいか、『あまいもの』と言う感覚はあまり無く、あくまで調味における甘みである。例えばそれはショウガ焼きの仕上げに軽くはちみつを掛けてみたりする感じ。
あまじょっぱさが口に広がる。
しょっぱいけれど、まぎれもなく『じぃちゃんのみたらしだんご』である。
「おいしい!初めて食べた」
僕がそう言って2本目を手に取ると、祖父は笑い、俺もそうだったからと言った。
「お前くらいの年の頃から甘いものが苦手になってなぁ。毎年お前に作っていたみたらしだんごも、残った奴はこうやって俺が食べていたんだよ」
言いながら、祖父も1本手に取った。
「クワトロフォルなんとかっちゅう、はちみつ掛けるピザみたいで洒落ているだろ」
祖父は怪しげにやりと笑う。
良かった。僕はいつまでもじぃちゃんのみたらしだんごが好きなのだ。
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【今日の記念日】
1月4日 みたらしだんごの日
「みたらしだんご」とは砂糖醤油の葛餡をかけた串団子のことで、この商品を製造する山崎製パン株式会社が制定。スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどで幅広く販売されている「みたらしだんご」を、手軽なおやつとしてもっと食べてもらうのが目的。日付は「み」(3日)たら「し」(4日)だん「ご」(5日)の語呂合わせから毎月の3日、4日、5日とした。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
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