6月10日 夢の日
君はそこにいるだけで充分幸せだって言われちゃってさ。
そう言って困ったような顔で笑う彼女は私の親友だった。
彼女はこの世に存在して、そばにいるだけで良いと旦那さんに言われたらしい。なんと素敵な夫婦。
だから自分が結婚すると決まった時、私も彼女たち夫婦のようなお互いがいてくれるだけで幸せだと思える関係になりたいと思った。
私は彼女自身にも、その夫婦にも家族にも憧れている。
と、そんなことを結婚式の招待状の封書の中に手紙として入れておいたら半泣きの彼女から電話が来たのだった。
「ちょっと!泣かせないでよね。こんな手紙はお母さんに書くもんでしょ」
「いいじゃん、親友に書いたって。良い機会だなって思ったんだよ」
ほんと、招待状を渡すという行為はとても良い機会だと思う。誰にでも渡すものではないから、その一通一通に必ず特別な想いがある。
「でも本当にね、ずっと憧れているんだよ。それにさ、ユウの言葉で私の夢が決まったんだよね」
「私?なんか言ったっけ」
それは確かに何気ない一言だったから、彼女は本当に忘れているのだろうけれど、私は忘れない。
私は、小説を書いている。
何とも稚拙で、驚くような文章力があるわけでもないが、頭の中で誰か知らない人の人生や一日、一瞬を考えてそれを物語にするのが好きなのだ。昔から創作が好きで、今ではそれが唯一の趣味になっている。そして死ぬまでに小説家になることを決めている。これが一つ目の夢。
それを私は彼女に話したことがある。すると彼女はすごいねと言ってくれた。そしてその彼女はプロのような絵を描く人だった。
「私、絵は描けてもストーリーが浮かばないから、それが書ける人ってすごいと思う」
もしかしたら彼女は「へー」とか「ふーん」くらいのテンションで言ったのかも知れない。でも、私の胸には彼女の言葉がするりと入り込んだのだ。
私の小説の挿し絵や表紙を彼女に描いてもらうこと。
これが私の二つ目の夢になった。
そんなことを思い出していると電話口の彼女が思いついたように言った。
「私が何を言ったか忘れちゃったけどさ、夢と言えばね、もしあなたの小説が出版されることが決まったなら、その表紙を私に描かせてよ」
「え」
「ああ、デビュー作でさすがにそれは無理か。だったら、自分で表紙が選べるくらいの作家になって私に表紙や挿し絵を描かせてね」
そう言った彼女の声がとても優しくて、私の方が泣いてしまう。
「それ、まさに私の夢だよ」
「うそ!さすが親友だね、心が通じているわ」
彼女は茶化すように笑い、私の涙声はその笑いに溶けた。
「結婚して、これからきっと忙しくなるね。結婚式もそうだし、子供が産まれたり、幼稚園が始まったりとか。でも、二人で同じ夢を持っていれば例えなかなか会えなくても、きっとずっと一緒にいられるよね」
笑い声はいつしか少し震えていた。
「結婚おめでとう。これからもよろしくね」
彼女はそう言ってすぐ、出版本の帯はヒロくんに書いてもらおうと言ったので思わず笑えた。
私の夢は彼女の夢となる。
彼女の旦那さんの気持ちがちょっと分かった。確かにいてくれるだけ良いと思ってしまう。
願わくは、彼女にとって私もそう言う存在でありたい。
そしてやっぱり、私の旦那さんにもそう思ってもらえると良い。
自信や得意なことはほとんどないけれど、夢と憧れだけは山のようにある。
それで十分幸せ。
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【今日の記念日】
6月10日 夢の日
夢をかなえてくれた人(夢の実現に力を貸してくれた人)に感謝し、自分の夢について考え、語り合う日をと香川県直島の女性が制定。日付は6と10で「夢中」(むちゅう=むじゅう)と読む語呂合わせと、「夢は叶う」(む=6+10の字の形)などに由来する。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
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