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10月29日てぶくろの日

 つい先日、父の結婚指輪がゆらゆらと波を打つように歪んでいるのに気付いた。シルバーのそれは波の揺れが似合うように見えて悪くないなと思ったけれど、母は少し悲しそうに笑った。

「まぁ指輪が変形しちゃうのは仕方ないとして、問題は指輪が歪むほどのドライアイスに触れているってことよねぇ」

    聞けば、父の仕事である食品配達では頻繁にドライアイスを使用しているらしい。その際、本来は支給されている手袋を使うよう決まりがあるのだが、仕事によっては手袋を外さなくてはならない時もあり、忙しい最中取り外しが面倒と言うことで手袋をしなくなったそうだ。母は困った顔をして言う。

「手を大切にして欲しいんだけれどね。私が言ってもなかなか手袋を付けてくれないのよ」


 父は、仕事も家族もとても大切にしてくれる。小さな頃からそれはしっかり感じていた。平日は夜遅くまで仕事をするけれど、休みの日は必ず遊んでくれた。大きくなった今は、眠っている私の様子を夜中にちょこちょこ確認したり、しれっと私の好きなコンビニスイーツを買ってきてくれたり、私も母も、毎日とても大切にされている自覚がある。

 じゃあ、父自身は?

 父は、仕事と私たちにに対する愛と同じように自分を大切にしてくれているだろうか。

 父のことだから、手袋を取り外しする時間があるのなら、待ってくれているお客様に少しでも早く届けたいと思っているのだろう。

 私と母にすれば、それよりなにより、父の手が傷つかないでほしいと思う。

 ならば私がプレゼントしようと探すが、色々な手袋があるもので正直迷った。自分の洋服でもこんなに悩まない。2週間ほど悩んだ結果、注文した手袋が昨日の夜、ようやく到着した。

    直接渡すのは、ちょっと照れるので、私の就寝前に父の仕事カバンの上に手紙を添えたその袋をそっと置いておくことにした。

 その父は今朝、私より早くに仕事に向かった。

「彩、お父さんに何て手紙を書いたの」

    朝ごはんを食べている途中、母が台所仕事をしながら聞いてきた。母にはもちろん手紙と手袋を置いたことは伝えてある。何て書いたの、と言われると何と答えれば良いのか。ぼんやりしていると母が続ける。

「お父さん、嬉しいんだか悲しいんだか怯えているんだか、困ったような顔して手袋抱きしめてたよ」

 一体それはどんな顔だったのだろう。私は少し考えて、手紙の内容を思い出して母に伝える。

「お揃いで買ったので、仕事中につけてくれないと拗ねる!」

    母は少し驚き、随分と子供らしい脅しだと笑った。

    やっぱり笑われると思った。だからちゃんと母対策も用意していた。

「ちなみに、お母さんもお揃いです。2人ともつけてくれないと拗ねるよ」

    用意していた袋を母に渡した。色違いのそれはちょっとおしゃれにつけられそうな手袋だったのだ。

    自分のプレゼントした手袋をつけてくれると想像すると、まるで手を繋いでいるように思えてちょっと嬉しいの。大きくなった私は、実際に両親と手を繋ぐことはやっぱり恥ずかしいので、それを手袋に託す。

 どうか、いつまでも繋いでいられますように。

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【今日の記念日】

10月29日 てぶくろの日

福岡県久留米市に本社を置く総合手袋メーカーの株式会社東和コーポレーションが制定。手を使うことで進化してきた人類。そんな大切な手を守る作業用手袋にもっと関心を持ってもらうのが目的。日付は10と29で「て」(10)「ぶ」(2)「く」(9)ろの語呂合わせと、素手で行う作業がつらくなり、手袋をし始める時期に入ることから。


記念日の出典

一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)

https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。



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