7月3日 涙の日
私の涙って、そんなに格好良いものだっただろうか。
ぼやけた視線の先に見える字をよくよく見ると『ドライアイ』だった。そらそうだ、『ドラゴンティアーズ』なわけがないだろう。うっかり龍の涙だと一瞬思ってしまった。随分な見間違いである。
そもそも今、私はドライアイであることで目が疲れ、それを回復させるために涙を溢れさせているのだ。
こんな風にゆらゆらと視界がゆがんでいるのは、決して悲しくて泣いているわけではない。
「泣かせてごめん」
電話の先、陽太の声。
私は、顔が映っているわけでもないスマホの画面を見つめ、小さく口を開く。
「別に、泣いていないよ」
自分のせいで泣いているのだなんて思ってくれるな。そう思いながら、私はただ、ドライアイが為にハラハラと涙を流す。
「ごめんな。言わなきゃと思って」
うん、まぁ、そりゃあね。何だろう、ちゃんと私と別れてからにしようと思ったことが偉いとでも言って欲しいのだろうか。
阿呆か。
そんなことは当たり前である。確かに、言わないで二股をしばらく続けてから別れを告げる人も多いと聞くから、そこからすればあなたはどちらかと言うと誠実なのだろう。
でも、そうなると、私はもう誰にも何も言えなくなる。
彼女があっても好きな人が出来てしまうことは、悪いことではない。仕方のないことだ。だから私はそれを責められない。その上で誠実に別れを伝えられてしまえば、あなたには悪いとことは少しもなく、私はなおさらあなたを責めることは出来ないのだ。つまり、私はただ悲しむことしか出来ない。
「ごめんな」
そんな言葉が欲しいわけではない。
あなたと過ごした2年間はとても幸せだった。
あなたと見に行った映画はどれも名作ばかりだったし、あなたと食べた料理達はそのどれも美味しかった。あなたと出かけた場所はどこも絶景だったし、一緒に行った温泉はとても肌に良かった。あなたと訪れた国の人々はどこの国でもとても優しかった。その空気も心地よかった。あなたと歩く道はきれいに舗装されていて歩きやすかったし、天気はいつも晴れていた。たとえ雨であっても、それは晴れだった。
だから別に、あなたがいなくても私は平気なのだ。
名作をみたいと思えばあなたと見た映画を見ればいい。美味しいものが食べたいと思えばそのレストランに行く。癒されたいと思えばあの温泉にも行くし、私が行くべき場所は山のようにある。とりあえず、向こう4年分はある。
果たして同じように幸福に思えるのかは定かでないけれど。
「・・・・・・好きだった?」
私は一つだけ質問をすることにした。
目が乾く。さっき涙を流したばかりだというのに。しぱしぱと瞼を開閉させて、涙を呼び起こしてみる。
「うん、大好きだったよ」
ありがとうと言い、私は電話を切った。
私があなたを好きだったように、あなたも私が好きだったのね。そうして私のことを好きだったように、今度は私の知らない職場のあの子を好きになったのね。
ただ、それだけのこと。
ああ、ほら、目を守るための涙が出てくれた。
私はドライアイだから、悲しくなくても涙を流す。
龍の鱗のようなきれいな涙を、私はとうとうと流す。
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【今日の記念日】
7月3日 涙の日
ドライアイの研究促進、治療の質の向上と普及活動を行う「ドライアイ研究会」が制定。パソコン、携帯電話の普及により急増しているドライアイの症状と関係の深い「涙(なみだ)」に着目して、ドライアイの正しい理解を社会に広げていくのが目的。日付は7と3を「な(7)み(3)だ」と読む語呂合わせから。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。
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