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冬は灰色やうやう⑥【連続短編小説】
※前回の「冬は灰色やうやう⑤」はこちらから
綺麗な顔のソイツは、どこでこの店のことを聞いたのかは知らないけれど、最初からあるホステスを指名してきた。
「すみません、トヨさんをお願いします」
照れているのか緊張しているのか、暗がりの店内でも分かるほどに顔を赤くしてそう言った。その妙な緊張が移りそうになるのを堪え、私は彼をトヨさんの元に案内した。今年で88歳になる亀井トヨさん。当店最年長である。
「は、はじめまして」
トヨさんが席につくや立ち上がり、緊張のままに挨拶をした。それを見てトヨさんは優しく微笑み、よろしくお願いしますねと言った。
特別な話をしたわけでもないし、スキンシップがあったわけでもなさそうだった。ただ、彼女が何かを言い、ソイツがうれしそうにうなづく、また彼女が言い、ソイツが反応する。そんな事の繰り返しをしていたようだ。
次に私に話しかけてきたのは会計の時だった。
「トヨさんは次はいつ来られるでしょうか」
丁寧に聞かれたので、私も丁寧に答えることにした。
「申し訳ございません、当店では出勤スケジュールを公表しておりません」
高齢なホステスが多いためシフトを組んでの出勤は難しく、彼女たちは『出勤出来るときにする』と契約しているらしい。なので、トヨさんが次にいつ出勤するのかは、彼女しか知らない。もしかしたら彼女自身も分からないかも知れない。
「そうですか」
ソイツが余りに悲しい顔をするので、私はまた悪い癖が出たのだった。
「では、私と友人になりましょう。連絡先を交換して彼女が来た時に連絡しますよ」
小さい声でソイツに伝えた。すぐに表情を明るくさせたが、直後戸惑いも見せた。
「そんなこと、いいんですか」
「友人同士の連絡であれば問題ないでしょ」
私はそう言ってスマホを取り出した。
ソイツの名前はアケルと言った。
意図した訳でも知っていた訳でも無いけれど、アケルと連絡先を交換したあたりからトヨさんの体調が優れない事が多かった。つまり、ほとんど顔を出さなくなったのだ。検査に引っかかったとかママが言っていたのを耳にした。
アケルは結局今日までの3ヶ月で、あの最初の1度しかトヨさんに会わないままである。
けれどせっかく連絡先も交換したしと思って私はアケルに少しちょっかいを掛けてみたりした(それはまあ綺麗に毎回玉砕するわけだけれども)。いつだったかのメッセージのやりとりを飯沼くんに聞かれたり見られたせいで、私は図らずも7度目の浮気認定を受けてしまったわけである。既成事実が無くてもそれなりの状況証拠があれば罪など成立するらしい。
そう、既成事実はないのである。
アケルは私がどんなに揺さぶっても私と会おうとしなかった。トヨさんに会いたいのだと頑なだった。そうなると、私は私で面白くない。大体、トヨさんには会えないじゃない、だったら良いじゃないかと私は思うのだ。
でもアケルは私を選ばない。
お前も私を選ばないのかと、私は密かに落胆していた。
これまでの浮気相手も、本命はしっかり別にいた。私はどこまで行っても浮気相手だった。そらそうだ、私にも本命がいたんだから無理もない。それでも私は男たちには私を選んで欲しかった。私だけを選んで欲しかった。
私は飯沼くんを選ばなかったのにこんなことを思うなんで自分でひいてしまう。
盛大なブーメラン、この上ない。
「トヨさんは綺麗なんだ。素直で美しい」
ただ一度、トヨさんと話をしただけなのにアケルは電話で嬉々としてそんなことを言った。
「泣くも笑うも怒るも哀しむも、どの色も皆綺麗だった」
あのわずかな時間でそこまで見えたのか。それとも誰か別の人の話をしているのか、アケルは思い出すようにそう言った。私は少しだけトゲのある言い方で返す。
「どの色もって、まるで虹じゃないの」
「そうだね、うん、彼女自身が虹なのかも知れない」
宝物を見つけたように鼻息荒く、けれどそれを抑えるようにして静かに言った。私はどうにも悔しくて、空の頭をフル回転させて言葉を探す。空っぽで原料もなければ何も醸造されないのに。
「仮にも彼女だってホステスよ。客の前では虹の様にでも綺麗に見せるわよ。でもそれだって、混ぜればきっと灰色だわ」
ふん、とこちらこそ鼻息荒く言ってやったわ!けれどその言葉の絞り出しもむなしく、彼はとても冷たい声で言った。
「虹は、混ぜない」
それっきり電話は切られた。
それを待っていたように今度は飯沼くんからのメッセージが入る。
別れよう。虹色鉛筆を取りに帰るから、それまでに出来る限り荷造りしておいてとのことだ。私は思わず舌打ちをした。
お前も虹か、飯沼くん。
こうしてJPSの最後の一本は灰となり、飯沼くんとアケルの中でも私は灰になったことだろう。
私だって、わざわざ綺麗な虹を混ぜるつもりはない。でもだったら、最初から灰色なのが私なのよ。虹が混ざって成った灰色なんだって、そのくらい思わせておいてよ。どっちも同じ灰色じゃないの。
カートンボックスから今度は最後の一箱となったJPSを取り出し、ビニールを外す。最後にもう一本だけと思ってタバコを取り出した。空には、雲の隙間から一瞬、陽の光が顔を出す。薄くて細い光がまたも箱のゴールドのロゴに当たってその先に虹を見せた。中でも橙がわずかに強い光に見えた。
灰色は虹にはなれない。
でも、もしかしたら7色あるうちのどれか1色くらいにはなれるんじゃないかなぁ。赤にも青にも紫にもなれなくても、光の屈折の加減やなんかで橙あたりになれたりしないだろうか。
私はタバコに火をつけるのを止めて箱に戻した。それをそのままベランダの桟に立てかけておく。私は、荷造りをすることにした。
飯沼くんはたばこを吸わない。
これは単なる飯沼くんへの嫌がらせ。
虹色鉛筆を探す飯沼くんへの嫌がらせ。
虹にはなれない橙からの嫌がらせ。・・・・・・果たして橙にもなれるのだろうか。
虹色も灰色も大嫌い。
飯沼くんもアケルも大嫌い。
私は私が大嫌い。
嘘。好き。
虹も、好きよ。
続 -冬は灰色やうやう⑦【連続短編小説】-
次回:3月21日 12時 更新