8月20日 親父の日
親父はいつも強い人だった。
曲がったところを嫌い、汗をかいて努力することを好むようなタイプだ。一代で自分の店であるこの居酒屋を築き上げ、俺たち子供を大学まで育て社会人にしてくれた。これには感謝しかないのである。
母親はそんな彼に昔から慣れているようで、頑固親父がごとく何かを言ってきても、特に必要なものでなければハイハイとでも言ってうまくいなしているのであった。けれどそんな母親も、何か迷っていたり、何かを決めるときには必ず親父に相談をした。おそらくそれは、親父の一言があったから、母は彼に大きな安心感を持っていたように思う。
『絶対に大丈夫だ』
何かにつけて彼はこう言うのだった。これは母に対してだけではない、俺や弟にもよく言ってくれた。小さなことから大きなことまで様々ことに対して、そのどれにも絶対に大丈夫だと言うのである。そう言われると、親父がまるっとその責任をとってくれるようで、相談するこちら側としてはとても安心するし、救われたものだった。
だからと言って、明らかにだめなことにも大丈夫だと言うことはもちろんない。だめだろうと分かることには、ではどうするかを一緒に考え、その結論を持って『絶対に大丈夫』とするのである。
だから、絶対に大丈夫なのだった。
「だめかもしれん」
その親父がこんな気弱なことを言うとは思わなかった。
「そんなことを言うなよ。大丈夫だって」
流行病にかかり、先週から入院しているのである。本当だったら、金曜日の今日は居酒屋も書き入れ日であり(とは言っても最近は金曜日でも客足は寂しいものではあるが)、今日も店に立っているはずなのだ。
「症状がなかなか回復せん」
「そりゃまだ渦中だからだろう。回復に向かえば少しずつ良くなるだろうから、今しばらくの我慢だよ」
数日ぶりに聞く親父の声のか細さに俺はどうにも胸が締め付けられた。
「もう随分我慢してきたつもりだ、この2年弱、ずっとだ。それでここにきて俺が感染するようじゃ、もう限界だ」
「絶対に大丈夫だ!」
親父のあまりの声の弱々しさに、俺は思わず反論するようにして言い返した。『絶対』など、この俺に言えるわけがないのに。それでも親父はわずかに汲み取ってくれたようだった。
「・・・・・・大丈夫だろうか」
「うん、絶対に大丈夫だよ。親父がそう言って大丈夫じゃなかったことはないんだから、親父がそう思えば絶対に大丈夫なはずだよ。それでも不安ならば、俺が言うから」
30手前の若造に、親に向かって胸を張って大丈夫だと言える根拠も経験も後ろ盾もないけれど、『絶対に大丈夫』な親父の息子であることだけは胸を張れる。
「そうか、お前が言うなら大丈夫なんだろう。ありがとう、気が楽になった」
電話口でわずかに笑ったような声が聞こえたので、俺はホッとした。
ありがとうはこっちの台詞である。もういったい何十年、どれだけの大丈夫を俺たちにくれたのだろう。今度は俺がそれを返していく番だ。
きっとすぐに体も良くなるから、親父は絶対に大丈夫。
常連さんをはじめ多くの人に愛されている店なのだから、絶対に大丈夫。
そうして、その店も親父のその強さも、俺が継いでみせるから絶対に大丈夫。
だから、まだしばらくはその背中を追わせてよ。
親父よ。
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【今日の記念日】
8月20日 親父の日
ファミリービジネスの事業継承、組織の世代交代を賢く進めるために、コーチ型親父塾を主宰し「コーチ型親父のすすめ」を提唱する大阪市に本拠を置く株式会社トップコーチングスタジアムが制定。日付は8月20日を「0820」として「親父(オヤジ)」と読む語呂合わせから。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
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