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7月14日 しんぶん配達の日

 まだ日が出る前の午前3時半。空は暗く、夏の暑さも息を潜めている。時々聞こえる小鳥の鳴き声がまるで挨拶をくれているように思えて心地よい。

 すべてが僕の出発を見届けてくれているようである。

「行ってきます」

 僕はこれから街中に『今』を届ける。

 皆が眠っている間に、皆の元へひた走る。

 朝起きて、それを手に取り、今朝の『今』を知ってもらえるよう、僕はこれから新聞配達に向かう。


 戸建てが並ぶ住宅街。ポストにはフタがあり、それを開けて新聞を入れる。

 パカッ、トン、ブーン。

 バイクで隣の家へ。

 パカッ、トン、ブーン。

 小気味よいリズムで新聞を入れていく。


「新聞なんて読まないよ。ネットニュース見ているし」

 友人がそんなことを言っていた。まあ、そんな考えの人もいるだろう。でも、と思い僕は言う。

「ネットの中にある、山の山の山のようなニュースの中からどれを読むか、読みたいかをチョイスするのも大変だよ。今読むといいニュースが凝縮されている新聞は割と効率が良いように思うよ」

 そう言うと、友人はどこかハッとしていたように思う。

 そして、僕はその友人宅に、今日新聞を入れた。


 新聞を配達すると、なにか自分がサンタさんにでもなるようで気持ちがいい。紙面を広げれば、悲しいニュースも嬉しいニュースも様々あるけれど、それを毎日プレゼントしているような気分である。

 だから、もしかして、あの戸建てのポストの前、誰かが立っているのはそのプレゼントを待ちきれないでいる人だろうか。

「おはようございます」

 僕が会釈して、新聞を差し出した。その人は高齢の女性だった。

「おはようございます。朝からお疲れさま」

「お受け取りいただきありがとうございます。朝、早いんですね」

 僕が言うと、女性はふふふと笑って見せた。

「朝が早いのはお互い様だわ」

「確かにそうですね。今日はどうされましたか」

 普段、彼女への新聞もほかと同様にポストに入れている。こうして本人とお会いすることは僕がこのコースについて一年弱で初めてだった。

「今日はね、私のお誕生日なのよ」

 どこか照れながら彼女は言う。

「それはそれは、おめでとうございます」

「私の誕生日、その当日に世の中のニュースがどうなっているかなと思うとなんだか眠れなくなってしまってね。つい、あなたを待ってしまったのよ」

 新聞を待つと言うのではなく、僕を待つと言ってくれたことに僕はどうにも喜んでしまった。その一方で、今日の新聞の一面はどうだろう、彼女の誕生日にふさわしいものだろうかと、急に不安が押し寄せる。

「良いことも悪いことも、今日というたった一日だけに存在する出来事だから、きっとそのすべてに価値があるのね。いつも届けてくれてありがとう」

 彼女は優しく笑ってくれた。

 良いニュースも悪いニュースも、世の中の毎日は様々である。でも、ただ一つ言えるのは、どれもきっとその時一度限りの出来事である。似たようなことはたくさんあるけれど。

 それはきっと、僕や彼女の一日がその日その時にしか巡ってこないのと同じなのだ。

 だから、今だけの今を届けに、僕は次のポストに向かうのだ。

 パカッ、トン、ブーン。

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【今日の記念日】

7月14日 しんぶん配達の日

毎日、さまざまなニュースを届け、文字・活字文化の一端をになう新聞の戸別配達制度。その制度を支えて、早朝から雨の日も雪の日も新聞を定時に配達するために汗を流している新聞配達所の所長、従業員にスポットライトを当てたいと、公益社団法人日本新聞販売協会が制定。日付は1977年(昭和52年)のこの日、日本初の気象衛星「ひまわり」が打ち上げられたことにちなみ、気象衛星が地球を回って情報をもたらすことと、新聞の配達が戸別に回って社会の知識、情報を提供することの共通のイメージから。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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