11月8日おもてなしの心の日
(いつもの2倍の文字数です※2,400字程度)
「いらっしゃいませー、どうぞ、ごらんくださーい」
商品を畳み直しながら、店外に向けて私は声を出す。出来るだけさわやかに聞こえるように、普段の声より少し高めに、けれど耳障りにならない程度に高すぎないように心がける。
「あら、佳子ちゃん、こんにちは」
「こんにちは、吉村様。新作が出ましたのでまたお待ちしております」
お得意様である吉村様に丁寧に微笑み、ご挨拶をする。
そんな私は、昨日30社目の不採用通知を受け取った、スーパーの一角のブティックでアルバイトをする、21歳、大学4年生です。
「で、まただめだったの?」
「はい、記念すべき30社目の不採用です。もうここまでくると、自分は何にもなれないんじゃないかと、有り体ですが自信がなくなりました」
店長に聞かれ、そこまで聞かれていない心の内まで返答してしまう。
「うん、そりゃそうだ。では、今日はこれでゆっくりランチでもしておいで」
店長は笑って1枚のチケットをくれた。駅向こうのうどん屋のチケットだ。行こうと思って行けていない、オープンしたての店。
「え、もらえないですよ」
私が言う店長はにっこり笑って、業務命令だと思って行ってきてと言う。チケットを見るとトッピング全部載せうどんと書かれており、そのゴージャスそうなイメージを拒否することなど出来ず、あっさりチケットをもらってしまった。全部載せってどんなのだろう。うどん好きな私は、すでに頭でイメトレを始めていた。
何者かになりたいわけではない。でも誰かの幸せのために何かをしたいと思っている。それが飲食業でもアパレル業でも医療系でも、なんでも良い。人に何かをしてあげたいと思うのだ。そう思って、直接お客様と接することが出来るアパレルでバイトをしようと思い、私はブティックと言われるこの店で働いている。 正直、人気があっていつも混雑するような店ではない。けれどだからこそ選んだところもある。
一人のお客様に出来るだけ時間を掛けたい。服を提案するだけではなく、それに合わせたメイクやヘアアレンジ、ネイルや靴も提案したい。そうして、私を少しでも信頼していただけるようになったなら、お客様の方から声をかけていただけるよう、それくらい強いつながりを築けるように、私は心を込めて接客をしている。
「お待たせしました!全部載せです!」
ドンっ!と目の前に置かれたうどん鉢。と、言いつつも、肝心のうどんは見えない。とろろ、ねぎ、のり、油揚げ、温泉たまご、餅、牛肉と鶏肉、天かすにちくわ天。
の、載せすぎ。
「すごいわね」
声の方を見ると、吉村様が隣の席にいる。
「よ、吉村様。どうしてここに」
私が驚くのと同じような顔をして、彼女は私のうどんを見ている。
「あなた、細いのによく食べるのね」
そう言う吉村様の目の前には素うどんが。
「吉村様、もしよろしければいくつか食べていただけませんか」
自分はまだ箸をつけていないことをジェスチャーしつつ、お伺いを立てた。彼女はじっと私の顔を見て、にこりと笑う。
「じゃあ、遠慮なく。ちくわ天と、かしわ、いただこうかしら」
かしわ・・・・・・は鶏肉か。私は割り箸を割りそれらを器に取り分けた。ありがとう、と彼女はまた上品に微笑んだ。
「あなたは優しいわね」
彼女はそう言うと私に、食べなさいねと言ってからまた話し始めた。私はお言葉に甘え、油揚げを口にする。じゅわり、染みていておいしい。
「今だって、私が素うどんなのを見て、すぐに声をかけてくれたでしょう。もちろんそれだけじゃない。いつものあのブティックでもそうよ」
確かに素うどんであることは確認していた。一瞬、ぎくりとしてしまう。
「例えば私がワンピースを買おうと思ってお店に行くと、何故かズボンを買って帰ることがよくあるの。思いがけないものを買うってこと、何度かあるわ」
言われてみれば、確かにそんな日もあった。
「ワンピースが欲しかったのに!って話じゃなくてね、そのつもりで店に行ったら、私が本当に必要としていたものはワンピースじゃなかったんだってことなんだけど。それを気づかせてくれるのはいつもあなたなのよ」
はて、私はそんなに大げさなことをしただろうか。記憶をさかのぼるようにずずず、と思い出そうとするがうまく行かない。うどんをすすっているからだろうか。
「あなたは服を売る仕事だけしているわけじゃないのね。きっと、服を買いに来ている人を、その人ごともてなしているのよ」
「もてなす?」
私はいい加減箸を止めて、吉村様に聞き返した。
「そう、おもてなしよ。だって、ワンピースが欲しいと言うならワンピースを売ればいいだけなのに、そうしないでしょう。どのようなワンピースが何故欲しいのか、それを叶えるにはワンピースで良いのか、それらを接客中に分析して、即座に答えを出している」
私には、分析しているつもりはないけれど、確かに考えているのはその通りだった。言われたものを渡すのではなく、その人が本当に欲しているものを叶えたいと思っている。それは、それが私の望みでもあるからだ。
「今大学生でしょう?どこに就職されるのかは存じないけれど、その会社は良い子をもらったわね」
ふふふ、と笑って彼女もうどんをすする。ずずず、とひとすすりしたのを確認して、私は言った。
「内定・・・・・・もらえていないんです」
悲しいかな、慣れたものでこの絶妙な表情はすぐに出るようになっている。『内定1個ももらってないけど元気でやっています』の表情。
「え!嘘でしょ。なんでかしら」
「ねえ、なんででしょうねぇ」
今度は私がふふふ、と微笑む。すると、吉村様は今度は真剣な表情で私の顔を見る。
「あなた、私の会社に来てちょうだい。損はさせないわ」
今まで面接してくれたどこのどの面接官の方より熱く私の目を見てくれている。熱いおもてなしだ。
ぐぐぅっと急にこみ上げてくるものがあり、私は思わず目を閉じる。閉じる瞬間、一瞬、私のうどんの器を見ると、天かすがふやけて夢のように膨らんでいた。
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【今日の記念日】
11月8日 おもてなしの心の日
アパレル業界向けの人財サービス、キャリア支援サービスなどを手がける株式会社インター・ベルが制定。人人と人とのつながりを大切にして、多くの人に幸せになってもらうために「おもてなしの心」を広めるのが目的。日付は「人と人(11)のつながりを、おもてなし(0)の心でつなげる(∞)」の意味と、11と8を共感や感動が輪のようにつながっていく「いい輪」、日本文化の代表の和の心から「いい和」と読む語呂合わせから。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。
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