メリークリスマス 後編
「んっ……んぅ……」
お腹のあたりがあったかくなる感じがしたと思ったら、身体中がぽかぽかしてきて、気持ちいいなぁ~と思って目を開けた。
「あ! 起きた! 目開けた!」
そう言ったのはママ?
うれしそうに笑って、お姉ちゃんと手を握って飛び跳ねてる。
「まだ起きちゃダメだよ、じっとしていて」
そう言って、アタチのお腹の辺りに手をかざしてるのはパパ?
「ママ? お姉ちゃん? パパ?」
夢かな?って思いながら、3人をそう呼んでみる。
3人はアタチの言葉に一瞬固まって、すごく焦ってた。
あれ? なんか、予想と違う反応な気がする。
これ、夢じゃないのかな?
「え、えっと……キミは誰? そ、その、ママとかパパって言うのは……?」
「アタチはパパがママにあげた種から生まれて育ったのです! ママが魔法をかけてくれて、おっきくなりました! 生んで育ててくれた人をママとパパって言うのです! アタチは知ってるのです!」
困った顔をしながらパパが聞いてきたのでそう答えたら、パパは頭を抱えてしまいました。
でも、ママとお姉ちゃんは、苦笑しながらも、間違いではないわね、と頷いてました。
「わたしはエマ。 ママはフィーアで、パパはロッドよ。 これからは名前で呼んでね」
お姉ちゃん……じゃなくってエマちゃんが、優しく笑いながら言ってくれました。
「エマちゃん……フィーアちゃん……ロッドちゃん……」
「おれはちゃん付けやめてくれるかい?」
パパが苦笑しながら言うので言い直す。
「ロッド!」
ロッドがアタチの頭をなでなでしてくれた。
すごくうれしくて、にへへって笑っちゃった。
「あなたの名前は?」
エマちゃんに言われましたが、困りました。
アタチには名前がありません。
そう伝えると、みんながうんうんうなりはじめました。
フィーアちゃん、エマちゃん、ロッド、フィーアちゃんとエマちゃんのお父さんとお母さんも。
「あなたにすてきな名前をつけたいけれど、すぐには無理そうね。 ちょっと待っててね」
エマちゃんがそう言ってくれて、名前はおあずけになりました。
それから、みんなでいろんな話をしました。
アタチは、風邪っていうやつみたいです。
寒い中、裸で歩きまわってたせいみたいです。
フィーアちゃんとエマちゃんのママがあったかい飲み物を作ってくれて、初めて食事をしました。
ココアという飲み物でした。
「おいちいです!」
最初はこわごわ飲んでましたが、最後は顔にコップの縁の痕が作るくらい夢中になって飲んでました。
ココアはおいちいです!
エマちゃんとフィーアちゃんが、アタチに服を作ろうとか話してて、ロッドもにこにこしながらそれを見てて、何度も夢を見てるんじゃないかなってほっぺをつねりました。
ちゃんと痛くて、うれしくて涙が出ました。
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フィーアは、びっくりするくらいすぐに、わたしの身体を治してくれた先生、ロッドさんと一緒に戻ってきた。
ちょうどロッドさんはうちに来ようとしていて、道でばったり会ったんだそう。
「これは……不思議な子だね……」
ベッドに寝かした緑の髪の子を診ながら、ロッドさんが呟く。
「魔法生物と言えるけど、だけどずっと自然だ。 人と植物の間……。でもほとんど人間と言えるかな……」
わたしの部屋、わたしのベッドの周りに、家族みんなが集まってきていた。
フィーアはもちろん、お母さんも、お父さんも、みんな子供のことを心配して、見守っている。
「人間にするのと同じ手当てで大丈夫そうだけど、今日は魔法を使ってしまおう。 だいぶ身体が弱ってるようだから……」
そう言って、布団の上から、子供のお腹の辺りに手をかざす。
スペルを唱えて、子供の様子を見て、またスペルを唱える。
唱えるたびに、子供の呼吸が楽になり、頬の赤みが自然なものになっていく。
何度目かのスペルで、子供は目を開けた。
みんながわぁっと歓声をあげ、でも子供はまだ寝ぼけてるのか目をぱちくりしている。
かわいらしい子だった。
小さな子供らしいたどたどしいしゃべり方で、でもその内容でみんなを焦らせた。
子供が元気になったので、みんながホッとして、明るい雰囲気に包まれた。
家族がみんな揃って、ロッドさんも秘薬の贈り主もいて、ホント、今日という日にふさわしい。
そう思ったとき、朝からのあれこれですっかり忘れていたことを思い出した。
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「あ!」
エマちゃんが急に大きな声を出したので、みんながエマちゃんを見ました。
「今日はクリスマスイブよ!」
みんなの顔が輝いて、うなづきあってます。
「忘れてたのかい? 無理もないけど……。 私はクリスマスの贈り物を届けようと思って、ここに向かってたんだよ」
ロッドが苦笑しながら言いましたが、アタチはわけがわかりません。
「クリスマス? イブ? それって何ですか?」
「クリスマスは聖なる日。 イブはその前の晩って意味で、こどもたちにサンタがプレゼントをくれるんだ」
そう教えてくれたのはロッド。
「家族でテーブルを囲んで、ごちそうを食べて、1年の幸福に感謝するのよ」
これはエマちゃん。
「何日も前からツリーやリースを飾って、みんなでプレゼントを交換して、パーティーして、とっても楽しいお祭りなんだよ」
フィーアちゃんも楽しそうに教えてくれる。
「今年は家族が増えたわね。 みんなでお祝いしましょうね」
そう言ってくれたのはお母さん。
お父さんもうれしそうにうなづいています。
特別な日で、プレゼントが大事ってことみたいです。
でも、アタチは……。
「アタチ、みんなへのプレゼントないです……」
もっと早く知ってたら!とがっかりしながら呟きました。
「キミが元気になってくれたのが何よりのプレゼントだよ」
お父さんがそう言ってくれました。
「こわがられるって思ってたのに……みんなやさしいです……良かった……」
思わずそう呟きました。
「怖がるわけない! あなたはとてもかわいいし、もしオークみたいだって、わたしは大好きよ!」
フィーアちゃんがそう叫ぶように言って、アタチをぎゅうってしてくれました。
「ママ……!」
アタチも、フィーアちゃんをぎゅうってしました。
「……ノエル」
エマちゃんが小さくつぶやきました。
「今日、つまりクリスマスにちなんで……。 ダメかしら?」
「いい!」
「いいじゃないか」
「ステキ!」
「合ってるわ」
みんながくちぐちに賛成しました。
ノエル……? ノエル……。
自分でも呟いてみると、確かにいい感じでした。
「メリークリスマス! ノエルちゃん!」
みんなが声をそろえて言ってくれました。
アタチは、すごくすごく幸せな気持ちになりました。
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どうしても、とノエルちゃんが言うので、ノエルちゃんを森の中のひときわ大きなオークの木に連れてきた。
わたしやフィーアの服を何枚も重ね着させて、その上から毛布でくるんで、ロッドさんがおんぶした。
「おじいちゃんだよ!」
ロッドさんの背中から、ノエルちゃんが指差すその樹は、他のどの樹よりも立派で生命力にあふれてるように見えた。
「おじいちゃん、ただいま!」
ノエルちゃんはそう言って、今日の朝からのことを報告している。
それに応えるように、オークの樹の枝葉が揺れている。
まるで会話をしているように。
きっと本当に会話をしているのだろう。
わたしたちには聞こえなくても。
ノエルちゃんが証明している。
不思議なことはたくさんあるんだ。
「あのね、おじいちゃんがね、アタチはヒトと暮らした方がいいって言ってるの……」
困惑したように、寂しそうに、ノエルちゃんがそう伝えてきた。
わたしたちは一様に頷く。
「また風邪をひいても困るものね。 ノエルちゃん、ママと一緒に暮らしてくれる?」
フィーアが冗談ぽく言うと、ノエルちゃんの顔がぱぁーっと明るくなった。
「これからは、うちで暮らして、おじいちゃんのところに遊びに来るようにしましょう?」
わたしが言うと、オークの枝が頷くようにわさわさと揺れる。
「うん! おじいちゃんも賛成だって!」
ノエルちゃんとおじいちゃんの会話はしばらく続いた。
しかし、ノエルちゃんはまだまだ本調子にはほど遠い。
疲れてしまって眠ったノエルちゃんを連れてわたしたちは帰途に着いた。
ふと、思いついて、うしろを振り返り、おじいちゃんの樹を見上げて言ってみる。
「来年は、おじいちゃんを飾り付けて、クリスマスツリーにしてもいいですか? そしておじいちゃんの樹の下でパーティーをしてもいいですか?」
おじいちゃんの樹が、あんまりに立派だったので、つい言ってしまった。
枝葉がわさわさと動いたのは、肯定の印? それとも否定?
わたしには肯定に聞こえたけど、ホントのことはノエルちゃんに聞いてもらわないとね。
「メリークリスマス! おじいちゃん!」
そう言い残して、たたたっと足早にフィーアたちの元へ戻る。
フィーアと、ノエルちゃんを背負ったロッドさんと、並んで歩きながら、ふと気づいた。
「わたし、こんなに遠くまで来たの初めてだわ……!」
それを聞いてフィーアとロッドさんが笑う。
「お姉ちゃん、気づくの遅いよ~! わたしずっと大丈夫かなってドキドキしてたのに!」
「私も、帰りはノエルをフィーアに預けて、エマさんをおんぶしないといけないかなと思ってたよ」
二人の言葉に赤面してしまう。
心配されて、見守ってもらってたのね。
「今日は朝からいろいろあったから……。 でも、すごく、すごく! いい気分だわ!」
思わずその場でくるっとターンしていた。
上手に、王子さまと踊るお姫さまみたいに回れて、ますますいい気分になった。
「ノエルちゃんのおかげね。 ノエルちゃんからプレゼントもらったわ」
フィーアとロッドさんも頷いている。
ノエルちゃんが目を覚ましたら、プレゼントもらったわよ、って話してあげよう。
ロッドさんの背中であどけない寝顔を見せるノエルちゃんに小声で囁く。
メリークリスマス!