インドネシア滞在記⑰変わった同居人達
ボゴールに住み始めて、私が住んでいたパルムティガには、どうやら人間以外のメンバーがたくさん暮らしているらしいということが段々分かってきた。しかも割と戦闘力が高い個性的なメンバーが揃っていて、団体戦を組んだら結構いいところまで行くんじゃないかと私は踏んでいる。
まず先鋒の切り込み隊長は怖いもの知らずのアリさん達である。私は住み始めてすぐに、リビングにある大きなテーブルに3組くらいのアリの行列を発見した。キレイに隊列を組み、ご飯やお菓子に向かって一直線、「やーっ!」とでも言うように堂々と行進していた。最初、私がアリを追い払おうと手でぺいっと払ったら仏教徒のニルマラに「ダメ!なんにも悪いことしていないのにかわいそうでしょ」と怒られた。私はなるほどアリは友達なんだなと思い、ご飯やお菓子にアリがたかってようが、友達にちょっとお裾分けね、というつもりであんまり気にしないことにした。戦闘力低めだが、彼らの恐れを知らぬ堂々とした立ち居振る舞いに一票、というところだ。
次鋒はヤモリである。インドネシア語では「チチャ」というかわいい名前が付けられていて、実際に結構かわいいので、敵を油断させる担当だ。私の部屋にはチチャが3匹くらい住んでいて、たまに天井にはりついてるやつが顔にポトッと落ちてきたりして「ヒェッ」となったりもするが、害虫を食べてくれる頼もしいパートナーとして私は喜んで迎えいれた。たまに小っちゃい赤ちゃんヤモリが増えたりして、温かい目で成長を見守っていた。
続く中堅は「ブルーノ」だ。これは生物の名前ではなく、ニルマラが飼っていた犬の名前だ。普段はニルマラの部屋の中で飼われていたが、たまにリビングに出てくるとここぞとばかりに大暴れである。しかも、ムスリム(イスラム教徒)にとって犬は不浄の生き物とされており、お祈りをする部屋に犬を入れてはいけないのでムスリムの同居人たちはいつもヒヤヒヤしていてニルマラは「ブルーノを部屋の外に出さないで」としょっちゅう注意されていた。何があっても動じない心に敬意を示し、中堅を任せたい。
副将は「ネズミ」一択である。ある時、私がキッチンで食器を洗っているとなにやら近くでガタガタという音が聞こえてきた。音のある所を探すと、どうも鍋を閉まっている棚のあたりから聞こえるようで、その棚をのぞき込むと太いネズミの縞々の線が入ったしっぽがニョロリと見えて、棚の隙間に消えていった。私は「ギャー」とマンガみたいに尻もちをついて走って逃げ、お手伝いのビビに「ネズミがいる」と大騒ぎで訴えたが「ああネズミね」といった感じで全然取り合ってくれなかった。全然納得がいかなかったが、それ以来ドラえもんの気持ちがよくわかるようになり、鍋や食器類を使うときは必ず使う前にもう一度洗う習慣がついた。しっぽだけでこんなにトラウマを作れるなんて、相手の戦意を喪失させる能力では間違いなく右に出るものなしである。
さて気になる大将は「トッケイ」を選びたいと思う。トッケイとは巨大なトカゲのことでおそらく日本には生息していない生き物である。少なくとも私は見たことがない。「トッケイ、トッケイ」と鳴くことから、何の工夫もなくそのままの名前が付けられている。本当に巨大で、その体は草間彌生が描いたようなアーティステックな色合いをしており、一瞬作り物かと疑ってしまうくらい個性的な見た目をしている。その見た目だけでも結構な戦闘力だが、トッケイはいつもいるわけではなく、幻のポケモンさながらたまに現れてはどこかに消えていくという希少性も兼ね備えていた。
ある時、洗濯物をたたんでいるビビが「誰か!」と慌てふためいていたので私やニルマラが急いでリビングに集まると、ものすごくでかい「トッケイ」が壁に張り付いていた。体長は私の腕より全然長く、その上胴体も気持ち悪いくらい太い。近くにいられるだけでものすごい圧を感じる。ネズミに見向きもしなかったビビがひるんでいるのを見て、これは相当のやり手だなと私は一瞬でさとった。話を聞くと、「かみつく」という技を持っていて、もし捕まえて売れば薬として高く売れるらしい。なんとも大将の名にふさわしいスペックの高さである。
こうして、わたしはパルムティガでは女子7人の共同生活の選手の一人として暮らす傍らで、実はこの個性的なメンバー達の監督としてもこっそり活動していたのだった。