インドネシア滞在記② イルハムとマハディ
空港に迎えに来てくれた2人の男の子はマハディ(Mahdi)とイルハム(Irham)という名前で、私と同じ22歳だった。彼らはボゴール農科大学で私がお世話になる予定のリリック先生(Pak Lilik)の研究室の生徒で、空港から留学中に滞在するコス(インドネシア語で寮のような意味)まで無事に私を送り届けるようにとの使命を受けていた。会った瞬間、マハディが真正面からぐりぐりと私の目をしっかり見て、何も言わず力強く握手をしてくれた感覚を今も鮮明に思い出すことができる。
インドネシア人の多くは日本人と同じく、あまり英語が得意ではなく、車に乗り込んだ我々3人は、私の片言の怪しいインドネシア語と、同じく彼らの片言の怪しい英語を駆使してなんとかコミュニケーションを取りながら、夜の空港を抜けて「ボゴール」というジャカルタから南へ約60キロ先の街へと車を走らせた。私は車中から見える、きらきら光るネオンの看板やインドネシア語の巨大な広告塔を横目に見ながら「ああ、本当にインドネシアに来ちゃったんだなぁ」と今更しみじみと考えていた。
車中、イルハムは紳士的にもなんとか英語をしゃべろうと努力をしていたが、マハディは「大学生って聞いてたけどまた子供じゃないか」とか「ねえ、柔道強いんだよね、俺の事投げれる?すげー!」と、英語をしゃべる気は全然ない様子でインドネシア語で無邪気に話しまくり、挙げ句の果てに童顔の私に「ほんとに22歳なの?絶対嘘だよね、信じない」と道中ずっと怪しんでいた。
そうこうしながら深夜0時頃、車はようやく私の滞在予定のコスに到着した。すでに辺りは真っ暗だったが、ニルマラ(Nirmala)という同じコスに住んでいる女の子が家の前に立って私を待っていてくれていて、今度は柔らかくて温かい手が私の手を握ってくれた。
余談だが、インドネシア人は初めましての挨拶の時に握手をする文化がある。ムスリム(イスラム教の人のこと)の場合は男女では仕草だけで実際に手は触れないことが多いのだが、とにかく挨拶するたびに握手をするので帰国後しばらく「初めまして」と自分から握手をする癖が抜けずに、「えっ。なんで握手?」と日本人に何度も気持ち悪がられた。
任務を終えた2人は「またね」とバイクにまたがり夜の闇に消えていき、何とか家まで送り届けてもらったものの、大した下調べもせずとりあえず行けば何とかなるだろう精神で出国した私は、かつて研究室の先輩が留学していた時に滞在したことがあるコスという情報以外何も持ち合わせていなかったので実はここがどこなのかよくわからなかった。とにかく「ここがあなたの部屋だからね」とニルマラに流暢な英語で案内してもらった部屋に荷物を運びこんで、古びたバカでかいベッドと鏡しかない、なんだかかび臭い部屋にポツンと一人になった。急にさみしさが押し寄せてきて、頭はぐちゃぐちゃだったが、とにかく身も心もクタクタで「いろいろなことは全て明日考えよう」と、心の中でイルハムとマハディにお礼を言い、ベッドに身を投げ出して、さながら泥のように眠った。