読むのが遅い(1)
10月に医学部志望(その予備校では医学部クラスの中の最上位のクラス)の受験生たちに「英語学習上のお悩みごとは?」と尋ねたら、回答の中にこういうのがありました。
読むのが遅くて時間が足りなくなる。
身も蓋もない言い方をすれば、これは経験不足です。
毎日易しい英文をたくさん読むべし。以上。
これが真の正解なのは間違いのないことです。けれども、こんなことを言っていたらまともな速さで読めるようになるまで何年かかることやらわかりません。予備校というのは8ヶ月あまりの期間で学力上の問題点に手当てをする場ですので、授業ではそんな悠長なことを言ってはいられません。しかし、たとえ予備校でも「速く読めるようになるのに手間はかからない」と言ってしまったら、それは嘘になります。正直、一定の経験値はどうしても必要で、それなりの手間も時間もかかるという側面は確かにあるのです。
易しいとはどういうことか
■上で、「易しい英文をたくさん読む」と言いました。まず「易しい英文」を読むというのはどういうことなのか、定義しておきましょう。ここで言う「易しい」英語とは、語彙や文構造が平易という知識レベルの平易さではありません。内容の平明さです。「途中で知らない単語が出てきても、気にならないような内容のもの」です。
たとえば、次の文はどうでしょう?
Puff, the magic dragon lived by the sea
and frolicked in the autumn mist in a land called Honah Lee.
Little Jackie paper loved that rascal puff
and brought him strings and sealing wax and other fancy stuff.
この四行詩はうちの子どもの3歳の誕生日にプレゼントした美しい絵本の一節です。
https://www.amazon.com/dp/1454901144/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_82N1SVHKYJBN9W4SFFA1
繊細で美しい絵が気に入ったのか、子どもからは折にふれて何度も読み聞かせをせがまれました。何回と読んだかわかりません。たぶん100回はこえていると思います。
さて、そんな小さな子供でもお気に入りになる詩ですが、日本の大学受験生だと、知らない単語も幾つかあるのではないかと思います。うちの子どもも知らないことばはいくつもあったと思います。
しかし絵と一緒に読むと、それも気にならないものです。
ご存知の方も多いでしょうが、この詩は有名な歌の歌詞として作られたものです。YouTube にこの詩の動画があったのでご覧あれ。
何を「易しい」と思うかは人それぞれ、千差万別で、その人のこれまでの言語経験の一切が問われます。『ツァラトゥストラ』にハマる小学生もいれば、子どもの頃に読んだもので印象に残っている作品は?と問われて『ごんぎつね』と答える女子大生もいます。
また、同じ内容でも表現手法で感じ方は変わるもの。絵本では「易しい」と感じる内容が、文章だけを読むと「当たり前にわかる」レベルとは思えないこともあるわけです。
ということは、大学入試に出題される英文も「易しい」と思う人、そうでない人色々‥‥ということになりますが、出題する側は「うちの大学に進学することができるとすれば、これくらいはわからないはずがない」と思っています。つまり出題する側は「易しい」と思って出題していて、そんな易しいものを読むのが遅いなどということは想定外のことなのです。
では「読むのが遅い」と言う受験生はただの痴呆青年なのでしょうか? そうではないと思います。私の経験から言うと、これはかなりの部分が(たぶん過去の)大人の責任です。彼らは「英語の理解」というものを誤解するように、10代前半までに刷り込まれてしまっているのです。(刷り込んでいるほうにはその自覚がないと思いますが。)
次回は、この誤解の背後にあるものを掘り下げたいと思います。
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