大学入試「自由英作文」問題の深淵 2.2.2
問題[2]
意見ではなく、事実を書く
これも「あなたの意見を‥‥」とありますが、あなたの個人的な感想や嗜好を尋ねているのではありません。あなたがどうしたいかではなく、事実を明確にして、それに基づいて推論できることを書きます。まずは「アルバイトで生活する若者が少なくありません」という状況を噛み砕き咀嚼することが求められると思います。
こういう時事的なトピックを扱う問題を出題する意図は、日頃から新聞を読んだりして、世の中のことに積極的な関心を持っているかどうかを確かめたいというようにも見えますし、受験産業ではそういうことがもっともらしく言われていたりしますが、私はちょっと考えが違います。
一般常識で十分
高校卒業程度の一般常識なんてものは、名のある大学に進もうと思っている人なら誰でも理解しているもの。たとえば、本問では「少なくありません」とありますが、誰でも理解していそうなこととして、次のようなものがあります。
日本の非正規雇用労働者の割合はだいたい4割。
20代と65歳以上では非正規雇用労働者になる意味合いが違う。
日本では正社員の賃金に男女格差がある。
正規労働者と非正規労働者にも賃金格差がある。
正規労働者と非正規労働者は地位が異なる。
これは社会科ではなく、英語の運用力テストです。あまりにも荒唐無稽な常識はずれなことを答案に書くと説得力がなくなりますので、それはもちろん避けるべきですが、上のような常識に基づいて答案を書けば十分だと思います。
関連英文を読む
自由英作文の問題を解くよりも、関連性のある英文を10本くらい読んでおくほうが、語彙の基礎知識も論の展開法も身につきます。
いくつかご紹介します。
Facts and Details
以下は抜粋です。(太字は編者による。)
ここでは freeter という表現が使われていますが、これは和製英語(というか日本語)です。judo, tsunami のようにすでに日本語由来の英語として、英語圏で広く普及しているものもありますが、freeter が通じる範囲は現時点では(skosh と同じくらい)狭いです。答案で使う場合には説明が必要です。
これも参考記事をご紹介しておきます。
問題2へのアプローチ
さて、今回の問題では「若者」といっても10代の若者ではなく young adults が対象です。
定職につかない(正社員として働くことをしない)のはなぜか、いくつか理由を思いつくでしょう。
A. 不景気が長く続いている。(全世代)
B. 雇用状況が悪い。(全世代)
C. 非正規雇用でないと仕事が得られない。(全世代)
D. 育児が優先。(20〜30代)
E. 自由な時間を楽しみたい。(20〜30代)
F. 将来、芸術系の目標がある。(20代)
G. 将来の目標がもてない。(20代)
この中で E は正社員にならない理由には必ずしもなりません。これを選ぶとコジツケのような強引な解答になるでしょう。説得力は下がるはずです。
また、今回の問題で話題にするべきなのは、10代の若者ではなく、20代の young adults です。全世代に当てはまる理由(A, B, C)は「非正規雇用になりやすい」という沿革の説明にはなりえますが、20代の若者がそれをあえて選ぶ場合の説明にはなりません。
今回メインで使えるのは F〜Gです。
ある予備校の迷答
では、この問題にある予備校がつけた解答例を紹介します。文中 [ ] をつけたのは、少々違和感のある箇所です。
以下、講評です。評中、X << Y の形で示しているのは、
違和感のある表現 << 違和感のない表現
です。
(1) この理由は不適切です。これは全世代で part-timers が増える理由です。
young people << young adults
have become << are
(2) これは(1)の far better off を説明する文。(1)と同じく、ここに書いても意味がありません。
(3) これは E です。しかも since からあとの情報は正社員になるのを拒否する理由になっていません。好まないことをするとストレスが溜まるのは誰にでも当てはまることで、正社員であるかパートタイマーであるかとは関係がありません。テニス部員が「ストレスを溜めたくないので、テニスの試合に出たくありません」と言っているのと同じです。
(4) これは G です。(3)と繋がっているように見えて、繋がっていません。本来はここを起点にして、論旨を展開するべきでした。
many << lots of
こういう答を書いてしまう人は、まず次の類題を考えてみるとよいでしょう。
類題
Do you think people should sometimes do things they don’t enjoy so much? Write your opinion in an English paragraph of about 70 words.
結局、言語テストで測定できるのは、この類題のような種類の問題に対する哲学的な考察力があるかどうかなのです。
自然なアプローチ
もし、60〜80語なら次のように理由を1つにして、しっかりと説明をします。
Non-regular employment is an effective choice for those who have their career goals. Perhaps, non-regular employment has a higher priority, especially to young adults who aspire to be professional artists. They desperately need time for independent creative production. Now that the percentage of non-regular employees in the whole workers amounts to 40%, it might be that they are encouraged to make the choice because there is less social pressure to get employed as regular workers. (75 words)
たとえば、一橋大学や早稲田大学や慶應義塾大学の一部の学部のように、150語前後を要求される場合は、次のように沿革に当たる部分を冒頭に付け足すのがいいでしょう。
This is an age of uncertainty. Nobody knows what things will be like in thirty years. Some people choose to get employed as regular workers, even without definite career goals in mind. Some of them have given up searching for their goals. Some of them are planning to find the goals in life as regular employees. They are legally guaranteed a stable status in Japanese society. However, non-regular employment is also an effective choice for those who have their goals. Perhaps, non-regular employment has a higher priority, especially to young adults who aspire to be professional artists. They desperately need time for independent creative production. Moreover, now that the percentage of non-regular employees in the whole workers amounts to 40%, it might be that they are encouraged to make the choice because there is less social pressure to get employed as regular workers. (144 words)
〔趣旨〕
30年後の世の中がどうなっているのかは誰にもわからないが、日本では正規労働者は安定した地位が保証されるので、明確な career goals がなくても、それを追求するのをあきらめて正規雇用される人もいる。正規雇用されている状態で goals を(できる範囲で)探そうと計画する人もいる。しかし、career goals が明確な人にとっては正規雇用だけでなく非正規雇用も有効な選択肢になる。とりわけ芸術系の活動でプロになることを目指している人にとっては、自由な創作活動が最も重要なので非正規雇用のほうが優先順位が高まるかもしれない。非正規労働者は労働者全体の4割近くもいるので、もはや正規雇用されなければならないという社会的抑圧も少ないことが、その選択を後押ししている可能性もある。
このように、パラグラフというものはたった1つの main idea(イイタイコト)を中心に同心円を描くように深掘りしていく形で書くものなのです。