大学入試「自由英作文」問題の深淵(序章)
序章
ライティング問題のこれまで
かつて大学入試においてライティングの問題はあたかも無法地帯とでも形容するべき側面がありました。大学受験生の指導に関わりはじめた頃の私には「これはいったい何を測定しようとしているのだろうか」と疑問だらけの問題がたくさんありました。この四半世紀ほどの間、その状況はほとんど変わりませんでした。しかし2010年代の後半に入って、やっとこのイカれた状況に動きが出てきました。ひとつには大学の人事問題が背景にあるのだろうなと思います。旧来の英語学力観に固執していた教員が一人また一人と大学を去るごとに、大学内で新たな学力観が市民権をもつようになっていきました。それに比例して、少しずつ和文英訳問題が減少し、英語の運用力を測るのに日本語能力が問われるという奇妙な問題が少なくなっていきました。
いよいよ変わるか、ライティング問題
大学入試が走り出そうとしている新たな方向を目に見える形にしたのが以下のような業績です。
若林 俊輔・根岸 雅史 (1993).『無責任なテストが「落ちこぼれ」を作る―正しい問題作成への英語授業学的アプローチ(英語教師叢書)』大修館書店
静 哲人 (2002).『英語テスト作成の達人マニュアル(英語教育21世紀叢書)』大修館書店
根岸 雅史 (2017). 『テストが導く英語教育改革』三省堂
若林・根岸(1993)で主張されていた《正しいテスト法》は30年経っても未だに大学入試で一般化しているとは思えません。しかし、多くの大学が採点基準や出題方針を公表するようになって、少しずつ各大学が《正しいテスト法》に向かって模索しはじめたとは言えるように思います。喜ばしいことだと思います。
採点基準は公表されている
受験生が高校卒業までに教科書で学んだ英語をどの程度運用できるようになっているかを、なるべく純度の高い状態で(つまり、できるだけ日本語を媒介にせずに)析出して測定する‥‥これが大学入試のライティング問題のあるべき姿であると私は信じています。
実は、この理念を四半世紀前から実践してきた大学が2校あります。他大学に先駆けてリスニングを全学的に導入した東京大学と、若林・根岸の勤務校である東京外国語大学です。東京外国語大学は詳細な採点基準を公表しています。ライティングを指導している大学教員なら、誰もが「そりゃ、そうだよね」と納得するバランスの取れたものです。
この採点基準は、大学教員の英語運用力評価の基本的な考え方を、明確に「見える化したもの」と言えるのではないかと思います。この基準をじっくりと検討することを、私はすべての受験生に強くお勧めします。高校や予備校などの受験産業で、まことしやかに伝わる様々な神話が(先生に都合の良いだけの)ウソだったとわかるのではないかと思います。
神話1:入試の英作文は減点法で採点されている。
神話2:易しい英語で、誤りのない答案を書けば満点。
3つの学習指針
この採点基準の吟味をすると、今後の学習の指針も立つと思います。東京外国語大学を受験するかどうかは関係ありません。他の大学を受験する場合も、「大学教員の英語運用力評価の基本的な考え方」は大差ありません。まずは次の3つを肝に銘じてください。
指針1:問われたことに正しく答える。
指針2:無理のない展開で論理を運ぶ。
指針3:読み手にストレスのかからない英語を書く。
しかし困ったことに、高校でも塾でもこの3つのいずれも習っていないというのが実情です。いや習っているのかもしれませんが、だとすれば、授業のどこかでさらっと口伝されるだけで終わっているのかもしれませんね。
少なくとも充分に練習して習熟できている受験生にはなかなかお目にかかりません。ですから、ほとんどの受験生は、この3つの指針がどういうものなのかを知るところから始めなければならないと言ってよいのではないかと思います。
メソッドを考える
一般に問題には最適解の存在するものと存在しないものがありますが、何かをする場合の最適解とは、他の方法よりもより速く、より確実に必要な基礎的技術を習得することができて、より望ましい結果が得られる方法のことです。外国語を学ぶ場合は用法基盤(usage-based)モデルがそれだろうと私は考えています。
参考図書
Adele E. Goldberg (2019). Explain Me This: Creativity, Competition, and the Partial Productivity of Constructions. Princeton University Press.
大学入試の「自由英作文問題」の最適解はどのようなものでしょう? この四半世紀あまり様々な東大受験生に指導してきて、仕上がってきたメソッドをここでは順にお話ししていきたいと思います。