大学入試「自由英作文」問題の深淵2.2.3
問題[3]
これも事実をもとに答案を書かなければならない問題ですが、一般常識の範囲ではプロスポーツ選手の生涯所得に関する統計値はおそらくわからないでしょう。となると、仮の計算をするしかありません。
フェルミ推定
こういう問題を解く方法をフェルミ推定と言います。
「全国で1年間に使用されるトイレットペーパーの量は?」
「世界で今、睡眠中の人は何人?」
などという「無理な問題」を解く方法です。
わかっている数値(あるいは一般常識でこれくらいかなと予想できる数値)から、わからない数値を推計する方法です。フェルミ推定の問題は企業の面接試験などでもよく利用されています。
推論過程を示す
たとえば、会社員とプロスポーツ選手ではどちらの生涯所得が多いでしょうか? フェルミ推定では次のように考えていきます。
まず、会社員の生涯賃金を考えます。一昔前は(退職金を含まずで)3億円と言われていました。その数値をそのまま使ってもいいのですが、こういう問題では答に推論過程を示すことが大事なので、計算して求めましょう。
就職から定年退職まで、年収は少しづつ上がるので、とりあえず平均年収を600万円と仮定してみます。40年勤続でざっと2.4億円です。税金や社会保険料が引かれますから、それを25%と仮定すると、定年までの手取りは1.8億円といったところになります。
このあたりは適当に数値や比率を仮定していますが、まあまあ大人の常識の範囲内です。けれども、今の高校生がどのくらい自分の生涯所得のことを考えているのかはわかりません。一度も考えたこともないという人は、よほど恵まれているのでしょう。ちょっと寝ボケてますね。(笑)
さて、次にプロスポーツの選手の場合を考えます。プロスポーツと言っても色々な種類がありますし、国によっても事情は異なります。しかし想像しやすいものを考えるしかありませんから、報道を目にすることの多い日本のプロ野球選手を例に取ります。
プロ野球選手の年俸は成績で毎年上下しますが、仮に平均3,000万円とします。平均選手寿命を10年とすると生涯収入は3億円です。年俸が高いと税率も上がります。税率や社会保険料率が会社員の倍なら50%引かれることになりますが、それはあんまりなので40%引かれることにすると、引退までの手取りは1.8億円になります。
この推計上は、プロスポーツ選手が多くもらい過ぎているということにはならないという結論になります。
要するに、仮定する項目の選択が正しくて、論理(この場合は計算)が正しければ、この問題の答案として成立することになります。
などという根拠も何もない情緒的な解答では、他人を説得できませんのでアウト!です。
leading professional athletesの場合
さて、今回の問題3は leading professional athletes が主人公です。leading に注意してください。トップレベルの選手を考えるわけです。
たとえば次のように仮定します。(かなり適当な仮定です。)
マイケル・ジョーダン:
累積所得10億ドル。投資やなんやらで所得は引退後も増え続ける。
孫 正義:
年所得10億円。これを40年稼ぎ続けると仮定する。
これで、所得の多寡は概算できます。この推論過程を見せることが、このようなフェルミ推定の問題では重要です。
哲学に一歩踏み込む
しかし、この算定だけでは、その金額が多「すぎる」のかどうかの判断は容易ではありません。ここからは別の判断基準が必要です。
やはり一般常識の範囲で考えます。
お金に関することで「善悪」の言えることを考えてみましょう。どんなことを思いつきますか?
銀行強盗
オレオレ詐欺
日頃の行いが悪いと、ろくなものを思いつきませんね。
善‥‥のほうは何かありませんか? ここで考えたいのは、金額が多ければ多いほどいいものです。多ければ多いほどいいのですから、多「すぎる」とは言えなくなります。
このように考えて、解答を組み立てると以下のようになります。
My answer is yes and no. Leading professional athletes earn more than their counterparts in the business world. What Michael Jordan has earned in his career amounts to 10 billion dollars. On the other hand, Son Masayoshi’s yearly income is 10 billion yen. If he has earned as much for forty years, his lifetime income will amount to 4 billion dollars or less. However, it’d be wrong to hastily conclude that leading professional athletes earn too much. They usually contribute magnificently to society. They donate to charity projects what they don’t think they need. (95 words)
150語前後の条件であれば、[前置き] と [[小まとめ]] をつけます。個々の表現にも少し丁寧に色をつけましょう。
My answer is yes and no. [To give the right answer, we need to compare the average income that leading business people earn throughout their life, with that which leading professional athletes do.] Son Masayoshi earns 10 billion yen a year in his business. If he has kept earning as much for forty years for the rest of his life, his lifetime income will amount to 4 billion dollars or less. On the other hand, Michael Jordan has earned 10 billion dollars or more in his career as an athlete. He earns more a year than before his retirement. [[Evidently, leading professional athletes earn more than their counterparts in the business world.]] However, it would be wrong to jump to the conclusion that they earn too much. They usually contribute magnificently to society. They donate to charity projects what they don’t think they need for a living. (147 words)
この問題は「善」という社会的価値について、哲学的思考を巡らせてきた人に有利でしたね。
類題
〔参考図書〕
Alex Woolf(2021)Think About It! Philosophy for Kids: Key Ideas Clearly Explained. Arcturus.
〔参考〕
会社員(フルタイム正社員)の生涯賃金(退職金を除く):
男性 2.89億円
女性 2.46億円
独立行政法人労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2019」による
日本のプロスポーツの王道として君臨し続けているプロ野球。日本人選手の平均年俸は3,793万円だそうです。そして、過去の引退選手から算出したプロ野球平均在籍年数は8.5年です。つまり、選手としての収入の合計は平均3.2億円程度ということになります。
所得(大まかに言えば手取り金額)を計算するには税率が重要な役割を果たします。日本は累進課税制を採る国なので、短期間に大きな金額を稼ぐと高い税率を適用されます。
会社員の所得は収入の約75%です。すると
男性 2.17億円
女性 1.85億円
になります。
プロ野球選手の所得は収入の約60%と言われていますので、1.92億円になります。
参考文献
橘木 俊詔(2016)『プロ野球の経済学』東洋経済新報社.
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4492314784/diamondonline-22/