模擬試験の闇2
「模擬試験の闇1」では問題作成の闇について述べた。ここでは採点者の闇について述べる。
予備校の採点サービスの採点者の顔ぶれというのは千差万別である。四半世紀前だと英語学専攻の大学院生やポスドクが採点者の主力だった。だが、最近は状況が違うようだ。ちょっと英語のできる主婦の方々が着実に増えているという印象を持っている。もともと大学院生の頃から採点業務に関わっていたのが、年月が流れて今や主婦になっていらっしゃる方々ということか。あるいは高校教員だったけれども、諸般の事情で退職することになり、子育てや介護をしながらでも関わることの可能な、時間的拘束のないアルバイトとして応募していらっしゃる方々など。
私が知っているのは予備校の中でも西日本の実情だけだけれども、よく言われるのは「関東は人材が豊富」ということ。これが噂に過ぎないのか、本当なのかはわからないが、少なくとも西日本にある予備校が慢性的な採点者不足に悩んでいるのは間違いない。同じ予備校の、同一名称の講座(だから当然料金も同一)なのに、関東では答案添削のサービスがつき、関西ではそのサービスがないということもある。あるいは講座を受け持っている担当講師自身が時間をやりくりして(大抵は徹夜して)受講生の答案を採点している‥‥なんてことも関西では常態化している。関東エリアや東海エリアでは、同一名称の講座にちゃんと採点者が配備されていて、担当講師は授業準備や質問対応に集中できるようになっているというのに。
次に問題なのは、採点者の能力差だ。これが最も問題になるのはライティング問題の答案の評価である。ライティング問題にも色々と種類はあるが、基本的に採点者が対峙するのは生徒の英語である。大抵の採点者は英語母語話者でも、多言語話者でもないので、この英語が「まとも」かどうかの判定で迷うのである。生徒の書く英語にもリズムの良いものはあるが、それは少数派で、ほとんどはぎこちなさが残る英語である。いや、ぎこちないことこの上ない英語であることの方が多い。
日本語で例を挙げてみよう。(4)が自然な日本語である。
(1) 今日電話する、いい?
(2) 今日に電話するのでいいと思いますか?
(3) 今日のあなたは電話するといいことですか?
(4) 今日はあなたのほうからお電話をいただけますか?
高校生や受験生が書く英語は(1)-(3)のようなものが多い。(1)-(3)は外国人留学生(大学の日本語研修コースに在籍)の実際の発話なのだが、どれも意味の明解な日本語とは言えない。
これらを(4)の意味であると即時解釈するには、日本語教育の現場での長年の経験と勘のようなものが必要になる。
ただ、(1)が「ダントツにヘタクソ」なのは素人目にも明らかだろう。しかし(2)と(3)で優劣をつけるとなるとなかなか難しいのではないか。
予備校の模擬試験は、これを文法と語彙の観点から差異化しようとする。たとえば、抜けているものがあれば2点減点。修正する箇所は1点減点というように採点する。
(1)は助詞を補って、さらに主語を補えば「今日はあなたが電話する、いい?」となる。これでもかなりぎこちないが、意味は通じるかもしれない。(評価は2箇所を補うので4点減点。)
(2)は助詞を修正して、主語を補うと「今日はあなたが電話するのでいいと思いますか?」となる。まあこれでも意思疎通上は問題ない。(評価は1箇所修正と、1箇所補うので3点減点。)
(3)は助詞を修正すると「今日はあなたは電話するといいことですか」となる。さすがに後半がおかしい。「電話するといいことですか」を「電話するということで、いいですか」に修正することが必要になる。(評価は2箇所修正で2点減点。)
とまあ、こんなことを英語の採点ではやっている。
この方法だと、採点者の力量にかなり差があっても、まあまあ公平に点数が出る。そうなるように予備校の模擬試験は採点基準が作られている。英語の試験の場合には、学校文法的な正確さが重視される。文法上の正確さくらいは、どんな採点者でも判断できるだろうという見積もりがその背景にある。
かくして予備校の模擬試験では「学校文法的に正しいので(通じなくても)高得点」などということが実際に起こりうる。しかし、ことはひとり予備校の試験だけではなく、類似の現象は高校の現場でも見られるらしい。高校や受験産業では《英語母語話者に誤解なく通じるかどうかは「文法的な正しさに比例するはず」という信仰がある》と言えるかもしれない。
もちろん優秀な採点者は「通じない英語」はそれと見抜ける。そういう採点者にも出会ったことがあるが、そのような優れた言語直感を持つ採点者は予備校や高校にはひと握りしかいない。(既に採用されている採点者の中で教務スタッフが「優秀」とお墨付きをつけた採点者十名以上から、私の講座の担当採点者を選抜したことがある〔結果は全員不合格だった〕から断言できる。)
だから、通じるかどうかを尺度にした採点法はなかなか採用できないのだ。たとえば、「誤りはあっても誤解なく通じる」は10点満点、「通じるところもあるが、どうも通じにくいところもある」は7点、「わかりにくいところが多い」は4点、「全然通じない」は0点‥‥などという採点基準を作ることは、現状では許されにくいのだ。
こうした裏事情から模擬試験の採点基準は「減点法」が主流になる。減点箇所を見つけては点数を引いていく、という評価法のスタート地点は満点である。これは完璧好きの日本人の国民性に合っているのだろう。
次回は、この減点法の闇について話そうと思う。そして私が考える採点基準のあるべき姿についても試案を示したい。