読むのが遅い(4)解決編
全部きちんと読んで 180 wpm
こと国立大学の英語の大学入試に限って言えば、ほとんどの大学で75%程度の得点をすれば合格圏内です。入試問題の50%以上はリーディング系の問題で、これが75%できることは合格点確保のための最低の土台になります。
学校で定期テストを受けるときのことを考えてみてください。普通に勉強していれば80%はとれますよね。ちょっと頑張って準備すれば90%は越えませんか? こういう感覚で入試問題を読めるようになればいいわけです。
大学入試のリーディング問題でその域に達するには、それはもう色々な要素があるわけですが、読解の速度という観点に限定してみますと、出題英文の総語数と解答作成に必要となる時間から割り出して、おおむね180 wpm(1分間に180語を読む速度)で文章を読めるのであれば、まあどこの大学を受験する場合でも問題ないと思います。
日本の受験産業では「英文速読」と称する怪しげなものが流布していますが、これには手を出さないように。あれは skimming というスキル(一種の飛ばし読み)を中心としたものですが、たいていは 100 wpm 以下の速度でしか読めない人を対象にしたものです。しかも、その目標速度はせいぜい 180 wpm です。笑っちゃいますね。ぜんぜん「速読」じゃありません。
本物の「速読」というのは 500 wpm とか、1,000 wpm の速度を叩き出すためのスキルで、視線の移動のさせ方なども含めてちょっと特別な訓練をするのですが、そういう訓練は大学入試では必要ありません。
ほとんどの方は、初見でしっかりした内容の英文を 180 wpm の速度できちんと全部読んで、概要を理解することができれば、それで十分なのです。
いやいや、180 wpm なんて速すぎるでしょ!‥‥と思われるかもしれませんが、そうでもありません。高校生が学校で習う教科書の音声教材の速度がこのくらいです。
一流進学校生の経験値
この速度と正確さは英語に触れている経験値に比例して上がります。
たいていの受験生は英語経験値がそう高いわけではありません。一流進学校に通っていると、週5日の授業で、英語の授業が6〜7回あるなどというのは珍しくないでしょう。そのうちリーディングの授業が4回としましょう。1回に300語程度は精読をしますから、週に1,200語は読んでいる計算です。つまり月に単純計算で4,800語はけっこう難しい英文を読んでいる計算になります。実際は行事などで授業が潰れることもありますが、まあ4,500語は勉強していることにしましょう。長期休暇中の宿題でも同じように英文に触れるとすると年54,000語になります。塾に通って1回750語くらいの読解練習を年36回くらいやったとして27,000語。合計で81,000語。まあ、予備校なんかが「トップレベル」と呼んでいる受験生の英語経験値の年間上限はこんなものでしょう。
まあそれにしても80,000語あまりの経験値‥‥さすが一流進学校の生徒ですね。ずいぶんたくさん読んでいるものです。
では、これを180 wpm での読解に置き換えて考えてみましょう。ここでは計算を簡単にするために年間52週、週に5日、年に260日取り組むこととします。年8.1万語の経験蓄積に必要な時間は?‥‥1日あたり約1分44秒です。
これではチキンラーメンもできないじゃありませんか!?
では、次に、もし通学の行きと帰りに5分ずつ、往復で毎日10分、週に5日 180wpm で読める読み物を読んだとしましょう。これだとどのくらいの経験値になるかというと‥‥1年で47万語弱になります。これを高校3年間やると140万語あまり。「トップレベル」と呼ばれる生徒の学校と塾を合わせた総経験値の約18年分です。
50 wpm そこそこの速度で難しい英文をトロトロ精読するのは、自分の実力以上の英文を読む楽しさがあるかもしれません。塾ではこういう授業に人気があります。これはもっぱら塾の経営的都合です。生徒の求めるものを提供すれば評価は上がるわけです。予習の時に理解できなかった英文が理解できるようになると(読めるようになったわけではないのに)生徒は「力がついた」と錯覚します。塾も商売ですから「この塾に行って伸びた」と思ってもらわないといけません。そこで19世紀の終わりくらいに書かれた複雑な文体の英文を暗号解読クイズみたいに解く授業に人気が集まったりします。
しかし、この遅読の授業では「仮の日本語もどき」に訳して終わりでしょう。書き手がどのようにこのパラグラフを設計したか、なぜある語を使い、他の語を使わなかったのかなどを考える地平にまでは辿り着かないでしょう。となると、パラグラフ全体の論旨を踏まえて訳語を考察し、訳文を補正する作業をするところにまでは進めないことになります。結局、大学受験にも遠回りなのです。
自分のレベルを知る
英語の勉強をする場合に、大学受験生は自分の実力で読めない英文を読めるようになりたいという気持ちが強いです。その気持ちはよくわかるのですが、本当は現在の実力で読める英文をたくさん読むべきです。せめて今の3倍は読むべきです。スラスラ読める文を読んで英語力が上がるのか?と疑問に思われるかもしれませんが、上がります。今まで読めなかった英文が読めるようになるにはスラスラ読解の経験値を上げること。実はこれ以外にはないのです。
英検の過去問などで、初見でも 180 wpm 以上の速度で読めるレベルの英文を探してみてください。高校生なら準2級のリーディング問題の英文を読んでみましょう。もし、160~200 wpm で読めたら、そのレベルがあなたには「ちょうどいい」ということ。あなたはもう準1級に合格しているかもしれませんが、あなたのリーディングの本当のレベルは準2級ということです。もし 200 wpm 以上ならひとつ級を上げる。160 wpm 以下ならひとつ級を下げる。こういうふうにして自分の適正レベルを見つけましょう。
準1級のリーディング問題の英文が初見で 180 wpm で読めれば、大学受験で困ることはあまりないでしょうが、焦らずに自分にちょうどいいレベルよりも一段レベルを下げて、より易しい英文からはじめてください。一段下のレベルなら日本語に訳そうという気持ちはあまり生じません。ほぼ直読直解になっているはずで、それを少なくとも20万語(1日30分、週5日、8週間)蓄えてから、自分にとって「ちょうどいい」レベルに進みましょう。
最初の段階では、次のような子供向けの本をとばさないほうがいいです。
Pearson ENGLISH STORY READERS
Penguin GRADED ELT READERS
できれば、この子供向けの本の段階は中学(遅くとも高校1年生)のうちに終えたいところです。これが終わったあと(だいたい高校1年生の夏〜)英語にたくさん触れるには次のサイトがおすすめです。
https://www.commonlit.org/en/library
小学3年(Grade 3)から始めましょう。
さて、大学受験生はふだんチョー遅読の精読の授業を受けています。これもせっかくですから、使わなければもったいないですね。ただ、これは大した英文経験量にはならないので、読解の質を高めるトレーニングに利用するのが賢明です。
質的トレーニング
以下おすすめの、読解の《質を高める》トレーニング法を書きます。言語科学の研究で習得効果が実証されている方法を組み合わせました。
たとえば、毎週500語から600語くらいの入試英文を授業でコツコツ読んでいるとします。1文ごとに語彙や文法事項の確認をしながら進む授業ですね。
第1段階
とりあえず復習をしましょう。音読しながら、前から順に意味をとっていきます。読みながら意味がイメージできなかったら、たとえ文の途中でも止まってノートを振り返ってください。未定着(未知)だった表現だけでなく、既知と思っていても基礎語彙は用法を確認しましょう。何回か(通例3回くらい)音読すれば、一度も止まることなく、最後まで読み終えることができるようになっているはずです。この段階で基本的な語彙知識や文法知識はすべて確認ができていると思います。普通の復習はここで終わりです。
第2段階
次に頭を整理する練習をします。とりあえず、1文ごとに情報を整理しましょう。情報というのは必ず次の基本様式をとります。
1文ごとに音読しながら、それぞれの文をこのいずれかの様式に整理します。文が長ければ節ごとに考えてもかまいません。そのたびに音読が止まってしまうでしょうが、最初は仕方がありません。4〜5行の長い一文の場合は、意味の区切りごとに文の途中で止まることもあるでしょう。1行とか2行ごとに止まってもかまいません。とにかく頭の中で整理がつかなくなってきたら止まって整理する。この整理できないうちは、目を右に動かしてはいけません。
この練習はパラグラフごとにやります。第1パラグラフが1回終わったら、もう1回。今度はさっきよりも整理が早くできるでしょうが、ほとんどの人はまだトツトツとした進み具合ではないかと思います。早い人で3回目、遅い人でも5回目には、音読しながらスムーズに情報整理ができるようになるでしょう。
第3段階
第2段階を全パラグラフについて終えたら、再び1パラグラフごとに情報を整理する練習をします。第2段階では文(あるいは節や意味の区切り)ごとに頭の整理をしました。今度はこれを音読しながら、頭の中で繋いでいきます。たとえば文が3つあったとします。情報が次のようになっているとしましょう。
第1文:A は B である。
第2文:Bは Cと D に分かれる。
第3文:C の例は c;D の例は d
この場合は A = B = C (= c) + D (= d) というように繋いでいきます。
これを声を出して読み進みながら暗算でやるわけです。情報のメタ整理が必要になるのでちょっと大変ですが、第2段階を経由してきていれば、なんとかできるようになっているはずです。最初は1文ごとに止まるかもしれませんが、2〜3回でこの段階はクリアできるようになるはずです。
第4段階
第3段階を全パラグラフについて終えたら、もう一度最初に戻って、第1パラグラフをさっと音読してみましょう。読み終わりましたか? はい、では自問してください。「このパラグラフは要するに‥‥」
瞬時に‥‥の部分を続けることができなければ、第3段階に戻ってください。やり直しです。
第5段階
第4段階までを終えると、パラグラフごとに音読しながら同時並行で要点整理ができるようになっています。第5段階では、パラグラフごとの要点を暗算で繋いで整理していきます。
まずは第1パラグラフと第2パラグラフを繋ぎます。その和が得られたら、第3パラグラフをそれに加えます。この要領で全パラグラフを繋ぎ切ったら終了です。もちろん、これも音読しながらです。
音読しながら積分
このように何十回か読みながら復習していくと、音読しながら頭の中で文章の内容を積分していくスキルが身についてきます。上から下まで一度読み終えると、全体の骨格がレントゲン写真のようになって頭の中に浮かんでくる感じがわかってきます。これは誰にでも起きることです。
こういう思考回路が定着するまでには、最低10題くらいはやらないといけませんが、10題終わった頃には、あなたは今までとは違った読み手になっているでしょう。
まず、基礎的語彙が英文と一緒にストックされているので、表現力が安定します。今までは適当に使っていたものが「ここではこの単語は違うなあ」という勘が働くようになります。頭の中にストックされている英文が判断基準になるわけです。まあ、これは指導者が基礎をきちんと体系的に教えられるかどうかとも関係します。もちろん、経験値アップのための1日数10分の180 wpm リーディングは土台形成のための必須トレーニングです。
もうひとつ、リスニングができるようになっています。
という受験生がいますが、こういう人たちは実は「短いもの」を聴いている時にも情報の整理ができていないのです。100語の時は火事場の馬鹿力で何とかしているのでバレないのですが、300語になるとそれが露呈してくるというわけです。しかし音読しながらの積分までやっている人は、入ってくる情報を入ってくる順に片っ端から整理するスキルがあるので、どんなに長くなろうと一貫した話であればついていけます。
ようこそ。こちら側へ。
そして、最後に、なによりもリーディングの速度が爆発的に上がっています。音読しながらの積分練習はウエイト・トレーニングのようなものです。日頃から手首・足首にウエイトをつけて飛んだり跳ねたりしているようなもの。音読というウエイトを外して、黙読に切り替えるだけであなたの読解速度は一気に加速します。
ここまできてやっと、正真正銘のトップレベルの視界が見えてきます。
本当は第6段階があるのですが、それはまた別の機会に譲りましょう。まずは知的好奇心を持って、文章を読む楽しみを感じるようになってくださることを祈っています。