大学入試以後の英語学習1
大学入試のピーク期をすぎると、受験の報告とともに「今後、どのように勉強するのが良いか」という質問をよく受けます。この記事ではこの問について考えてみたいと思います。
日本語環境で生育した人々もいろいろ
まず考えておきたいのが背景の問題です。大学受験生の場合も、質問者の生育環境は一様ではありません。ここで生育環境というのは英語習得上のそれのことです。
日本の大学を受験する受験生の場合は、大まかに分けると次のようなセグメントがあります。
(A) 日本語環境で生まれ育った。
(B) 英語環境で生まれ育った。
(C) 多言語環境で生まれ育った。
2023年時点の日本の大学受験生には圧倒的に(A)が多いので、予備校や塾の英語指導カリキュラムも(A)用に組まれています。とはいえ、(A)にも色々な生徒がいて、ご家庭や中学や高校の方針にもよるのでしょうが、英検をがんばってきて中3で2級、高1で準1級に合格したよ〜という生徒もいれば、国公立大学の医学部を目指しているのに共通テストのリスニングが8割しかとれないよ〜という生徒もいます。
前者の場合、大学受験用の基礎は半分以上できていますので、予備校などで志望校対策をすれば大学受験には間に合います。後者の場合(こちらが多数派)は、受験が終わって「受験勉強の時と違ってちゃんとやりたい」というのなら、まず基礎作りからということになります。
「基礎作り」の第1段階
まず中学〜高校1年生までの教科書英語を仕上げることが最低の土台となります。「仕上げる」というのは母語である日本語と同じように、特に頑張らなくても「無意識的に自然なスピードで使える」ことを意味します。「おはよう」と言う時に Good morning. は考えなくても出てくると思います。これはこの表現が使用局面と一緒に無意識レベルに刻み付けられているからです。英語達人伝の類を読むと「中学の教科書を数百回ひたすら音読した」などの伝説がよく出てきますが、これも無意識への刻印を意味しているのだと思います。
といっても、中学や高校の教科書はもう持っていないという人も多いかと思います。英検で言うと3級〜準2級くらいのレベルの対策教材を使ってもいいのですが、私が市販されているものの中で使いやすいのではないかと思うのは以下の書籍です。
松本 茂, G. K. Oura, R. L. Gaynor(2015)速読速聴英単語 Basic 2400 ver.3(Z会)
以下、この本を使って英語の基盤形成をするときのモデルをお話しします。応用言語学の言語習得理論に沿ってはいますが、あくまでモデルですので、個々人で考え方を盗んでいただければと思います。(他の本を使う場合は、これを参考にしてアレンジしてください。)
この本は PArt I と Part II に分かれています。Part I には小学校〜中学校で習う英語表現が80の短い会話に集約されています。Part II は「家族」「学校生活」といったトピック別に62の短い英文が収められています。(会話というのは談話状況がわかりやすいものが多いので、基礎段階の表現習得に適している、というのがこの教材を選んだ理由のひとつです。)
まずは只管音読
普通の大学受験生なら、この教材に出てくるどの表現も「知っている」はずで、読んでわからない箇所はまったくないでしょう。まずは付属 CD の音声に合わせて音読します。何回か音読してリズムに慣れてきたら、音の連結・同化・脱落等に注意して改めて音声を聴いてみましょう。そして気づいた音の変化を英文にメモして、それに注意しながら今度は自分で読んでみてください。そしてメモしたことを全部メモを見なくてもできるようになるまで、ひたすら音読を繰り返します。この時、自分の読みを録音して確認すると習得効率が高まります。最終的に、なにも意識しなくても当たり前に全部やっている‥‥となったら次へ進みます。
書いて、理解して、また書いて
次の会話・英文に進んでもやることは同じです。並行して同時にひとつ前の会話・英文を《おさらい》します。
英訳を書く
ここでは、そのおさらい法を説明します。この教材は、どの会話・英文にも日本語訳がついていますので、これを英語に訳します。できれば(特に《おさらい》初期のうちは)紙に書きましょう。書くのは面倒だし、時間もかかると思うかもしれません。それはその通りなのですが、書いた方が間違いが視覚的に確認できることもあって、脳に定着しやすいことがわかっています。最終的な定着度が同じなら、書いたほうが結果的には効率がいいのです。(音読の段階では書かずに《おさらい》で書くのがポイントかもしれません。)
さて、試訳ができたら原文と照合します。「だいたい内容が合っていたら可」ではなく、寸分違わず同じものが書けているかどうかを確認します。一度は音読で仕上げてある英文ですが、音読は受動的な側面のある学習です。これに対して、自分で訳すというのは能動的な営為で、しかも日本語と英語の言語差もあるので、試訳と原文が一致しないこともあります。試訳と原文が一言一句、句読点の位置までも一致していればいいのですが、もし原文と異なるところがあれば、納得がいくまで考察をして、その翌日にもう一度英訳に挑戦しましょう。
誤りの理由を考える
試訳と原文が違っていた場合は、納得するまで理由を突き詰めます。a と the の違いなどもスルーしないで、しっかり理由を理解することが大切です。違っている箇所は何かを誤解している可能性があり、それが原理的なことだと、英語を書くたびに同じ根っ子の誤りを繰り返すことになります。(困ったことに、誤りも繰り返すと誤りが脳に刻まれてしまい、単純接触効果で正しいと錯覚するようになります。)
さて、理由を自分で考えてみてもはっきりしない時もあります。そういう時には最終的に身近な信頼できる先生に質問することになります。質問することそれ自体はいいのですが、質問する前に自分で少し調べてから尋ねることをお勧めします。できれば自分なりに仮説を立ててから尋ねると定着効率が桁違いに良くなります。
一度は受験勉強を通じて限定的にでも英語を学んできた人が、学び直しをする場合には、一度《アタマで納得》という過程を通ることが必要です。意識しなくても自然に英語が出てくる《反射レベル》に達するまでには反復練習が欠かせませんが、乳幼児が生育する場合に母語として英語を習得するのとは違って、日本語を母語として身につけた日本語話者が外国語として英語を習得する場合は日本語を媒介にして理解することが定着にも応用にも大切な役割を果たします。
反射的に英語が浮かぶまで繰り返す
意識しなくても英語が出てくるように……が目標であるとはいえ、さすがに前日に間違えたところについては意識すると思います。これは仕方がありません。焦らずに繰り返しましょう。3日後、1週間後というように時を隔てて何回かこの《おさらい》をするうちに、意識しないまま自然に原文通りのものが書けるようになります。流れに逆らわない自然な文の組み立て、状況にあった表現の選択などは、こうした(特に会話文を考える)プロセスを通して身につくものです。
こうして、すべてのシャドーイングと《おさらい》が終わったら、中学〜高1程度の教科書英語は「仕上がった」と言える状態になります。大学入試ですと、これで基礎ができたと言えます。
「基礎作り」の第2段階
高2教科書レベル修了への道
ですが、日常生活にもこれでは支障をきたすことがあります。そこでもう1冊。
松本 茂, G. K. Oura, R. L. Gaynor(2016)速読速聴・英単語Daily1500 ver.3(Z会)
使い方は同シリーズの『Basic 2400 ver.3』と同じです。これもシャドーイングと《おさらい》が終わると「仕上がった」と言える段階に達します。これで(教科書レベルの表現なら)だいたい高2までに習うものは使いこなせるようになっています。受験勉強では必要なかったかもしれませんが、日常生活に必要な基本的な単語も(すべてではありませんが)補われることになります。
さらに同シリーズの次の本で基礎作りはいちおう終わりです。
松本 茂, G. K. Oura, R. L. Gaynor(2018)速読速聴・英単語 Core1900 ver.5(Z会)
「ひたすら音読」「しっかり理解」「書いておさらい」の3段階学習を続けてここまでくると《考えないで無意識のうちに》《自然な流れで》思っていることのうち、かなりのものを表現できるようになっていると思います。
ですが、まだ表現を細かく見ると適格性の低いことがあると思いますし、アカデミックな表現は使いこなせません。ここから先では認知的視点で表現を整理し直すことと、動機の問題を考える必要があります。
それはまた次の記事に。