「覇者の痕」のあとがき
こんにちは安良です。
先日、「覇者のきずあと」という三国志パルプ小説を投稿しました。パルプとして成立しているか自信はないのですが、やりきった感はあります。もう感が激して胸を詰まらせながら書いていました (⊃Д・、)
▼歴史ロマンをほとばしらせた作品はこちらッ
今日は小説のあとがきを記そうと思います。
謎の多い陳宮さん。今回は治水者として描きました。
応変の曹操に対して、陳宮の頑固さをハッキリ出そうと意気込んだ次第です。ちょっと頑固すぎたかなぁ、と反省する一方で、いやいやこれで大丈夫だ、などと今も逡巡しています。
曹操については、今回は人間味を描くことができました。普段彼のことを考えると超理知的な人物像になっちゃうのですが、初めて曹操の感情面に近づけた気がします。小説を書いて良かったです。
反省点は、もっとうまくエンタメ化できなかったのか、です。書きたいことがいろいろあって、読み難くなってしまった感じは否めません。全体として、歴史文脈を要求する箇所が多いかなあとも思っています。
うーん、小説を書くのは一筋縄ではいかないと身に染みました。でも史料を調べてストーリーを練ったり、人物のことを考えたりするのは、すごく楽しい時間でした!
この貴重な機会を与えてくれた絶叫杯に感謝しています。読んでくださった皆様、ありがとうございました! ツイッターでの感想も拝見し、とても嬉しかったです! また主催者のバールさん、執筆や連載でお忙しいと存じますが、絶叫杯にエールをお送りします!!
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以降は、三国志トークエリアです♪
・帝の恩沢について
治水のスペシャリスト禹王(うおう)を調べていたら出会った表現です。私は「帝の恩情がもたらす手入れの行き届いた沢辺」と解釈しています。水がイイカンジに流れる、暮らしやすい生活空間の様子。良い雰囲気だなあ、と感じて主題に据えてみました。
・陳宮について
何の本だったか、「陳家は夏王朝の末裔」という話を読んだことがあります。夏王朝といえば禹王が有名ですから、陳宮も治水に詳しかったんじゃないかなと考え、そう仮定しました(ザックリ)。
陳宮は、「覇王の業」を成すために兗州長官の座を曹操にもたらしました。
「覇」とは帝室の代わりに中華全土を束ねる役名です。その大きな役割の一つは、水を各国に行き渡らせる事です。
陳宮は「曹操こそ覇にふさわしい男だ!」と言って地元の人を説得した手前、治水をないがしろにできなかった。これが陳宮の譲れない条件で、裏切りの要因になったのだろうと考えています。
そこから人想いで強いハートの持ち主、というキャラ設定に発展しました。
「陳宮はなぜ曹操を裏切ったか」が史実では謎なのですが、自分なりに答えが出せたと思っています。こういう体験がすごく好きです。
・曹操について
一本気な陳宮の対立者ということで、応変な曹操を書いてみました。この頃の曹操は激動というか、いろいろあって大変そうなのです。
192年の兗州長官就任以来、青州黄巾戦では戦友を失い、193年に袁術を倒し、更に徐州侵攻。194年には陳宮に背かれる……
そんな苦境の中でも、しっかり政務の手綱を操っている感がすごすぎます。同時には解決できない問題の連続で、時に強引にならざるを得なかったはず…… 矛盾や葛藤を抱える男の背中には、名状しがたい歴史ロマンがあると感じています。
・呂布について
私にとって呂布はかなり思い入れのある人物で、本当はもっと書きたかったのですが、横道にそれてしまうので泣く泣く削りました。。。「デカ耳野郎!」って劉備に言うところ、結構好きなんです。
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三国志に浪漫あり……
絶叫杯に烈士あり……
ここまで読んでいただいてありがとうございました!
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