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星のこえ響かば

 ドルジ星系ヘラの地表でテラフォーミングプランTFPトが煙を吹いて停止したのは、ミゥナ女史がカフェオレを口に含んで3秒後のことだ。
「残念、また失敗」
「うまくいきそうにありませんよ」
 弱音とともに助手は解析を始める。
「僕には才能がないようです」
「センスの塊の間違いでしょう。TFPは夢の宝箱。星を開発して新たなストーリーを紡ぐなんて実に冒険的だわ」

「冒険? お宝? この世界に?」
 助手は疑いの目でボスを見た。
 ミゥナは立ち上がり宇宙船の窓辺を歩き始める。
「あるわ。例えば『サクリファイスX』。天才イーストK5の名著。世界構造に及ぼす影響度1.94。995年も前の数学話なのに凄い熱量よ」
「また本の話ですか?!」
 助手に構わず、ミゥナは手元の書物を開いて見せた。
「私の聖典はライスパディ4シーズンズの傑作SF。発刊以来1018年に渡って宇宙の旅人に影響を与えてきた。その熱量5.55パッション。これ以上の宝をいまだ私は知らないわ」
「電子書籍があるでしょう。今さら紙の本なんか」
「データは改竄可能だけど原著は書き換え難い。なにより人を動かす力があるの」

 実際ボスは星間交易に勤しみ、助手は事業を手伝う身。彼が渋々と同意した刹那、ミゥナの目が見開かれた。手にした本の内容が所々書き換わっていく。
「あり得ない。てにをはが……意味が、文脈が、壊れてしまう」
「だからって何です。古文書にすがっても開発は進みませんよ」
「そうね。でも私にとっては大事件だわ」
 不意に助手が陽炎めいて揺らぐ。そして五体が粉微塵に細分化するや白銀の瞬きとともに消えた。

 原典が書き換われば現在も変化してしまう。誰かが冒険しなかった事で自分が存在しない未来もありえる。
 ミゥナの手にした聖典の冒頭には、あるはずのない序文が書き加えられていた。
『我は地球ヘラなり。まがい物を禁ず』
 彼女は愕然とした。手のひらが透けていく。自分も例外ではないようだ。

【続く】


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