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実話怪談『閉める』
千葉さんが日課にしているウォーキングコースには、横向きの棹石が美しく並ぶ大きな霊園がある。南東の雲の一部が赤く染まり始めた午前五時頃、シャンシャンという音と共にスプリンクラーが回り始めた。千葉さんは、これを合図に小休憩をとることにしていた。
水に濡れた芝生の甘い香りを五感で楽しんでいると、スカンッスカンッとアルミ缶を蹴るような音が聞こえてくる。スプリンクラーに小石でも挟まったのだろうか。そう思った千葉さんは霊園に向かって二、三歩足を進めたところでピタッと微動だにできなくなってしまった。金縛りだ。体中が麻酔でも打たれたかのように動かない。千葉さんは咄嗟に人の姿を探した。眼球を左右に動かすと視界の端に青いジャケットのようなシルエットを捉えた。
女が白い棹石に抱きついている。項垂れて、ダランと首からぶら下がった後頭部。そこから生えた焦げ茶色の髪の毛が、芝生の上をカーテンのようにそよいでいる。その女のものと思われる片足にスプリンクラーのノズルが引っ掛かり、音を立てていたのだ。
てっきり、義足の女性が倒れて怪我でもしたのではないかと心配になった千葉さんは、声をふり絞ろうと体に力を入れたところで、ふと違和感に気がついた。
下半身の無い女が、石像のように棹石にピタッとくっついている。
脚は、何度か女の上半身にくっつこうとしたが磁石の同じ極同士が反発し合うように女の体にうまく収まらない。しばらく気ままに霊園の中を散策していた脚は、千葉さんが凝視していることに気がつくと住宅街の方へ消えていってしまった。
以来、霊園とは反対側にウォーキングコースを変えた千葉さんだが、稀にスカンッスカンッとアルミ缶を蹴るような音が聞こえてくると、あの脚がピッタリと収まる体を探して近隣を散策しているような気がして早々に窓を施錠するのだという。