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星降る夜に君と2人

ヒロイン:守屋麗奈さん



夏休み、校舎隅の地学室は僕だけの秘密基地




冷房まで完備しており、文句のつけ所がない。


そんな超快適空間で、
星空図鑑を読み進めている僕



先生に見つかったら”電気代の無駄だろ”なんて叱られてしまいそう。


ただそれはあくまでもバレればの話。この教室に人が来る可能性なんて天文学的な確率だろう


うちの部活の顧問は非常勤の地学教師だし
地学室はものすごく立地が悪いし



・・・



物音1つしなかった校舎内に、
チャイムの音が響き渡った。


そういえば、今日は夏期補習なんだっけ


こんな暑い中、冷房の効きが悪い教室に閉じ込められるなんてお気の毒だ。


なんて、補習組の生徒達に同情していると、力強い足音と騒ぎ声が地学室まで聞こえてきた。


犯人は恐らく、
補習から解き放たれ昇降口へ向かう生徒達


勉強から開放された彼らは水を得た魚のよう。


嵐のような騒がしさはあっという間に通過して、校内は元の静けさを取り戻す



軽く伸びをした後に首を鳴らすと
再び、星空図鑑に目を落とした。






・・・



”ガラガラガラ”



勢いよく扉が開く音がして、
幻想的な星空の世界から現実へ


どうやら僕の秘密基地唯一の防御壁は、あっさりと破られてしまったらしい。



”人が来るのは天文学的な確率”なんて推論は、あくまでも希望的観測にすぎなかったようだ


僕なりの最後の足掻き、
しゃがみこんで机の下に隠れる。




『あれ〜。なんか人の気配がしたと思ったんだけどなぁ〜』



少し舌にもつれた甘ったるい声で
独り言を唱えている侵入者



どうやら、まだバレてないようだ





1歩・・・




2歩・・・






”来るな”という僕の思いは届かず、確実にこちらに向かってきている足音


次第に心臓の主張が激しくなってくる。





少しずつ近づいていた足音がピタリと止まった。



恐る恐る顔をあげると……




『あ〜、○○くんだ〜』


そこには、隣の席の守屋麗奈さん



「え、えーっと……。そ、その……どうも。」



先生に見つかるという最悪の事態は免れたが、意外な来客に上手く言葉が出ない。



『やっほ〜、なんでこんな所にいるの?』

「え、えーっと……一応、部活中……です。」

『へ〜!〇〇くんって部活入ってたんだっ』

『何部なの〜?』

「地学部」

『ふ〜ん。この学校、地学部なんてあるんだね。知らなかったな〜』



動揺してるこちらのことなんてお構い無しの来訪者は、次から次に質問を投げかけてくる。


「部員、僕1人だけだからね。守屋さんが知らなくても仕方ないよ。」

『学校で1人だけ!? 〇〇くんってレアキャラだったんだね』

「まぁ、うん。……そうかも、ね。」

「ははっ。」



テンション高めな守屋さんに上手く対応が出来ず、なんとも言えない空気が流れる。


扉が開いた時に隠れず堂々としていれば、今よりは落ち着いて受け答え出来たはず。

最後の悪足掻きが裏目に出てしまった。今頃になって、自分の選択を悔やんでしまう。



絶賛後悔中の僕への、
怒涛の質問ラッシュはまだまだ止まらない



『で、今は何してるとこなの?』

「星座の本読んでた」

『え〜、ほんとに〜?』

『麗奈からしたらクーラー付けて、涼んでるだけにしか見えないけどなぁ』

「いやいやいや、ちゃんと活動してるよ?」

『麗奈が入って来た時、隠れた癖に〜』

「そ、それはその……。」

「先生だったらさ、めんどくさいなーって思って、咄嗟に」

『まぁ、それもそっか。1人なのにこんな冷やしてたら怒られちゃいそうだもんね〜』



なんとか捻り出した言い訳に、優しく微笑んでくれた守屋さん



秘密基地が見つかってしまうというイレギュラーもこれにて丸く収まるだろう




───と思ったが、




『あっ、1つだけわがまま聞いてくれる?』




目の前の君の悪戯な表情を見ると、まだまだ波乱がありそう



「えーっと……うん、いいよ。内容によるけど」

『麗奈もさ、しばらくここに居させて欲しいんだ』

『外すっごいあつくて』

「あ〜……。そ、それはちょっと……。」

『え〜、なんでよ〜』

「だって、守屋さん部員じゃないし……」


学校のマドンナと2人きりは、あまりにもハードルが高すぎる。

緊張からか少し突き放すような言い方になってしまった。



『もう。そんな意地悪言うなら、”クーラー付けて涼んでま〜す”って先生に言いつけちゃうよ?』

「そ、それは勘弁してください。」

『じゃあ、麗奈もここに居ていいよね?』

「は、はい。もちろん……です」

『えへへ〜、初めからそう言えば良かったんだよ』



まんまと言いくるめられてしまった僕

君は得意げな笑顔を見せて、木製の椅子に腰を下ろした。

立ち上がるタイミングを失い、しゃがんだままだった僕も定位置に座りなおす。



教室よりも君との距離が近いからか、柔らかい自然な匂いが微かに香った。





『はぁ〜、涼しいねぇ。この部屋』



一気に心拍数が上がった僕の横で、両手で顔を仰ぎながら満足気な表情の君


真っ白な額に輝く汗が外の気温を物語っている


「教室のクーラー効きが悪いもんね」

『そうなの。暑くて倒れちゃいそうだった』

「そりゃ、補習も大変だったでしょ?」

『うん。全然、集中できなかった───


って、なんで麗奈が補習だってバレてるの!?』



よっぽど驚いたのか、
目を大きく見開いている補習終わりの彼女



「何教科か赤点とって担任に怒られてたじゃん」

『うぅ。〇〇くんにバレてると思わなかった』

「隣の席だからね、めっちゃ聞こえてたよ」


そもそもうちのクラス唯一の補習組なのだから、全員にバレてるような……

なんて言ってしまったら、守屋さんのほっぺが膨らんでしまいそうだから口には出さないでおこう。


「ちなみに補習っていつまであるの?」

『ふふふ、ナイス質問だね〇〇くん』

『なんとね〜、今日までなんだ〜』

「おお、そうなんだ。良かったね」

『ふぅ、これでやーっと、勉強から解放される』

「えっ、解放ってことは、もしかして夏休みの課題も全部終わったの?」

『うっ、忘れてた……。』

『もーう。せっかく、麗奈が達成感に浸ってるんだから余計なこと言わないでよ〜』


自慢げな表情から一転、拗ねた表情の君
表情豊かでまさに天真爛漫な女の子そのもの


「ご、ごめん。悪気はなかったんだけど……」

『いいよ。麗奈は優しいから許してあげる』

「あ、ありがとう……?」

『ただし、罰として〇〇くんを麗奈の専属教師に任命します』

「えっ、、、許してくれるんじゃなかったの」

『え〜良いでしょ?これくらいの罰なら。軽いものじゃん』

「ま、まぁ、そうだね。僕でよければ全然いいよ」

『わ〜い、やったね』

『じゃあ、せっかくだし、今から課題しちゃおうっと。分かんないところあったら教えてね』


謎のドヤ顔を見せて、カバンを漁り出した守屋さんどうやらここで課題を始めるつもりらしい


”どれくらい集中力もつのかな”


なんて失礼な考えをなんとか脳内から消去して、星空図鑑の続きに目を落とした。






それから数分後



『ねぇねぇ。地学部って普段、何してるの?』


案の定、集中力の在庫はすぐに無くなったらしい専属生徒。目を輝かせてこちらを見ている。


「う〜ん……。部活って言っても1人だからね、今みたいに星の図鑑読んだり名前覚えたりしてることが多いかな」

「地学全般というより、星座が好きだからさ」

『へ〜、そうなんだ!いいよね〜星。』

『麗奈も好きだよ』

「ほんと??めっちゃいいよね!」


この街の住民にとって、星なんて当たり前の存在

星の魅力に共感してくれた人は守屋さんが初めてで、思わずテンションが上がってしまう。


『この街、すっごい星見えるよね。』

「まぁ、田舎だからね。」

「東京だとあんまり星見えなかったの?」

『うん!向こうは夜でも明るいからさ』

『こっちに転校して来た日、いっぱい星見えてびっくりしたもん』


今年の春、東京の女子校から転校してきた守屋さん

この学校での人気は凄まじく、4ヶ月ほど経った今でも男子生徒が教室に見に来るほど

先輩後輩問わず、告白したらしいとの噂も絶えない。……今のところ全員玉砕したらしいが


そんな校内一のマドンナと夏休み前の席替えで隣になれた僕

それだけでも豪運なのに、
今はこうして2人きりの時間を過ごしている


午前中、あれほど没入出来ていた星空図鑑だが、なかなかページが進まなかった。



質問されてそれに答えて感謝されて、質問されてそれに答えようとしたら関係ない話を振られて


そんなこんなを繰り返していると、
あっという間に時刻は18時


普段はもう少し遅い時間まで残っているが、
これ以上は心臓がもたない。



「……じゃあ、そろそろ帰ろうかな」

『そっか、分かった!』



『”しばらく”ここにいてもいい?』という約束のはずだったが、追い出す訳にもいかず長時間居座られてしまった。


パーソナルスペース内に美少女が居たせいで部活どころではなかったが、夏休みは始まったばかり

やり残したことなんて明日以降取り組めばいいかな


『ありがとね、〇〇くん!勉強教えてくれて』


それに数問教えただけでこの笑顔。
お札でお釣りが来ると言っても過言じゃない


「いえいえ、課題進んだみたいで良かった。」

『〇〇くんの教え方が良かったからね』

「いやいや、そんなことないよ。守屋さんが頑張ったからだって」

『わ〜い。〇〇くんに褒められちゃった!』

『結構進んだんだよ?』


綺麗な字が並んだノート片手に得意げな君

途中、何度も話しかけてきたものの、なんだかんだめげずに課題に向き合っていた

その頑張りに免じて「もっと沢山あるけどね」なんて言葉は伝えないでおこう。


「じゃあ、戸締りしないとだから、守屋さんは先帰ってて?」

『分かった!ありがとね色々と』

「うん、こっちこそありがとう」

『……楽しかった』

『また今度遊びに来るね、じゃあねっ。』



そう言い残した君は
流れ星のように瞬く間に消えていった。


廊下から足音が聞こえなくなったタイミングで、手早く戸締りを済ませると外に出た。






高嶺の花だと思っていた彼女とこんな風に話せる日が来るなんて思ってもみなかった。



今日まで、圧倒的ビジュアルとあざとい仕草が君の魅力だと思っていた僕


そんな浅い考えはたった1日で塗り替えられた訳で



まっすぐな笑顔やころころ変わる表情、集中した時の横顔、綺麗な文字

そして、僕みたいなクラスの端っこにいる人間にもきちんと向き合ってくれるところ


今日だけで、君の虜になるには十分な理由が見つかってしまった。我ながら単純だ。


「またいつか、話せたらいいな……。」


不意に零れた独り言は、きっと叶わない願い



帰り道で見上げた星空は、
いつもよりも眩しく鮮明に感じられた。







翌日のお昼
今日もクーラーを効かせた地学室に1人

夏期補習が終わったことで、
物音1つ聞こえてこない


一昨日買ったばかりの星空図鑑も、今日だけで1周半してしまい現在3周目



……正直飽きてしまった。



なんかやることないかなぁなんて、手元にあるものを確認しても

3周目に突入した星空図鑑にイマイチ取り掛かる気になれない英語の課題、義務感で持ってきた自己啓発本と暇を潰すには心もとないラインナップ



脳みそをフル回転させて、他の暇つぶし候補を検索してみると


あっ。そういえば、
望遠鏡の手入れが出来てなかった気が……



運良く1件ヒット



立ち上がって、黒板横に置いてある望遠鏡を見に行ったところ案の定レンズが汚れていた。


黒板横の引き出しを漁って、手入れ用の道具を準備する。

雑に扱ってしまうとレンズに傷がついてしまうので、慎重な作業が必須

ブロアーブラシでホコリやチリを吹き飛ばして、レンズペーパーで優しく拭き取る。


不器用なりに集中力を維持して掃除を進めた。




……これでよしっと。



見違えるように綺麗になった望遠鏡に見とれていると




軋んだような異音が聞こえてきた。



振り返って扉の方へ目をやると、
そこに居たのは守屋さん

少しだけ開けた扉からカニ歩きの様な形で、秘密基地に侵入してきている



「あれ、今日も来たの?」

『えっ。バレちゃったかぁ』

『せっかく〇〇くんのこと驚かせてやろうと思ったのになぁ』



気づかれたのが不服らしく、
唇をめいっぱいとんがらせている。


「扉古いし音立てずに入るの無理じゃない?」

『ちぇっ〜。つまんないの〜』



そういえば、昨日で補習は終わりなはず。
なんで今日も学校に……?



「あれ、補習って昨日までじゃなかった?」

『うん。そうだよ〜』

「ってことは、今日は部活?」

『ううん。麗奈、部活入ってないよっ。』


僕の頭に浮かんでいた選択肢だけでは、疑問は解消されなかった。


「えっ、じゃあ……なんで?」

『ここ涼しくて居心地いいからさぁ〜。』

『それに昨日の帰り際の〇〇くん、まだまだ麗奈と喋り足りない〜って顔してた気がして』


守屋さんの表情的に冗談のつもりだろう。

ただ、図星をつかれた僕としては本当に顔に出ていたのではないかと焦ってしまう訳で


「な、なにそれ。そんな顔してたかな?」


きっと動揺を隠しきれていない


『あれれ。違った?』

「……ま、まぁ、うん。」

『つれないなぁ〜。〇〇くんは』

『少なくとも麗奈は喋り足りなかったんだよねっ』


正直になりきれない僕とは対照的に素直な感情を口に出せる君

輝く笑顔があまりにも眩しい。


『今日も居させてもらっていいよね?』

「う、うん。いいよ。」

『じゃあ、お邪魔しますっ』


スカートの後ろの部分を丁寧に抑えながら、椅子に腰を下ろした守屋さん

1連の動きがあまりにも華やかで、さながら水面に舞い降りる白鳥のよう




今日1日も胸の高鳴りを落ち着けるのに神経を集中させなければならない日になりそうだ。






『あ、そうそう。』


座ってすぐ、何か思い出したように口を開いた彼女


「ん、どうしたの?」

『昨日お家ついてからね、麗奈も星座について調べてみたんだ〜』

「ほんと?いいねいいね」


まさか星に興味を持ってくれるなんてと期待が膨らんだが


『12星座……?ってやつ!』


その期待は一瞬で萎んでしまった



「な、なんだ……。それか」

『えぇ。なんでそんな残念そうな顔してるの』

「だって守屋さんが調べたの、星占いでしょ?」

『え〜いいじゃん。星は星なんだし』

「まぁ、それもそうだけど」


真の星好きを自称する僕にとっては、星とは名ばかりの星占いなんてのは邪道

ただ、君が星に興味を持つきっかけになってくれたのならば話は別だ。

今日だけは星占いにも感謝しなければ

なんて、星占いとの休戦協定に合意しようとしていると


『問題!麗奈は何座でしょうか〜!』


突然、12分の1の運試しがスタート


「いやいや。分かる訳ないでしょ。誕生日も知らないし……」

『え〜答えてよ〜。麗奈のイメージでいいからさ』

「えーっ……と。獅子座とか?」

『違います〜。やぎ座です〜!』


猫耳ポーズにしか見えないが、本人的には山羊のポーズのつもりらしい。

こんな直球的なあざとさにもすぐに体温が上がってしまうあたり、既に君の手のひらの上


『なになに、〇〇くんの麗奈へのイメージって、ライオンなの?』

「い、いや……勘だよ勘」

『ふ〜ん。ならいいけどさ』

『じゃあ、次は〇〇くんの番ね』

「えー、言わなきゃいけない?」

『いや、まだ言わないで。麗奈が当てるから』


僕が星占いが好きではないもう1つの理由それは


『〇〇くんはね〜、あっ、あれだ。乙女座でしょ』

「……せ、正解」


男なのに乙女座だから


『やった〜。当たった当たった』

『〇〇君、乙女って感じするもん』

「どーせ、女々しいですよ〜。」

『ほら、そうやってすぐ拗ねちゃう所とか』


こうやってバカにされることもしばしば
その度に星占い嫌いが加速してきたのだ。


「うるさいなぁ。もう」

「地学室から出てってもらうよ?」

『えぇ〜意地悪。そんなこと言わなくていいじゃんかぁ』

「守屋さんがからかってくるからでしょ」

『ごめんごめん。冗談だって〜』

『当たったのはたまたまだよ。』

「ならいいけどさ。」

「ただ、ここに居てもいいけど部活動の邪魔はしないでね?」

『え〜?麗奈が来た時の〇〇くん、超暇そうだったけど』


咄嗟に否定しようとしたが、星空図鑑も読み終えて望遠鏡の掃除も終えたところ

守屋さんの言う通り、完全なる暇人そのもの。反論の余地はない


「た、確かに暇だけど……。」

『ほら〜、やっぱり!』

『暇ならさ、麗奈の課題に付き合って?』

「うん、いいよ。」

『じゃあ〜、今日はどの科目しようかな〜』


勉強嫌いなはずなのに、鼻歌混じりで楽しげに参考書を選んでいる彼女

一方の僕はというと平然を装ってはいるが、2人きりの空間に未だ緊張がとけない。

心を落ち着かせるべく、唯一やり残した英語の課題をリュックから引っ張り出して解き始めた。





『はぁ〜疲れたっ。』


今日は集中力が継続する日だったようで、チャート式数学の課題は4分の1ほど終わったらしい

それに比べて僕のペースはいつもの半分程

普段あまり見られない真剣な横顔に見とれてしまっていたのは僕だけの秘密だ。


「お疲れ様。頑張ってたね」

『ありがとう、〇〇くんが一緒にやってくれてたからいつもより頑張れたよ』

「そっか。なら良かった」


『よ〜し、今日の勉強はこれでお〜しまい』

『せっかく遊びに来たんだから、〇〇くんとお話したいな?』


「う、うん。いいよ」


隣の席なのに話しかけられず、ペアワーク以外ほ会話が無かった事がこんな場面で響いてくるとは

”話そう”と言われると身構えてしまって、上手く言葉が出てくる気がしない

そんな心配、誰とでも仲良くできる守屋さんの前では無用だった。


僕も周りの目を気にすることなく、
ほとんど素で話すことが出来て





「暗くなってきたし、そろそろ帰ろっか」

『うん!わかった。』


色々なことを話しているうちに、
完全下校時刻を迎えていた。



色々といってもその話題のほとんどは守屋さんの愛犬への想い

どちらかというとゆったりしたペースで話す彼女のマシンガントークは貴重な経験だった。




『それにしても、地学室ってほんとに人来ないんだね〜』

「まぁ、うん。そうだね……。授業以外で来たことあるの守屋さんだけだもん」

『ふ〜んそっか……』


リュックに荷物を詰め込む手を止めて、何か考え込んだ様子の守屋さん



『そうだ。いい事思いついた─────


この地学室さ、〇〇くんと麗奈2人だけの秘密基地にしようよ。』




悪戯に微笑んだ君と”2人だけ”という言葉

単純な僕は一瞬で
心を鷲掴みされてしまった。










それから毎日のように遊びに来るようになった守屋さん

毎日、何時間も一緒に居れば
お互いの色んな事を知れる訳で


家族の話
東京時代の友達の話
将来の夢の話


……好きなタイプの話まで


1通りの事は聞けた気がする。


守屋さん検定なんてのがあれば
準2級程度は余裕で合格できるだろう


『───付き合う人はさ、れなの事をちゃんと見てくれて大事にしてくれる人がいいな』なんて条件は

表面的な要素だけで、星の数ほど告白されてきたからこそ出てくる言葉だろう。

ここまで突きぬけたビジュアルを持つとそれはそれで大変なのだなと考えさせられた。



かく言う僕も、たった数日で守屋さんの虜になっているあたりその辺の男子達と大差ないが……。






『おはよ〜〇〇くん』

「守屋さんおはよ。待ってたよ」


いつも通り、おやつの時間をちょっと過ぎた頃にやってきた君



今日で、秘密基地が2人のものになってから約3週間が経過した。

それだけの期間2人きりで過ごせばお互いの過去は大方話し終えて、今ある何かを共有することが増えてくる


『ねぇ、れながオススメした映画ちゃんと見てきてくれた?』

「うっ。ごめん……。昨日、寝落ちしちゃって見れなかった」

『もう。今日感想言いあいっこしようねって約束したじゃん』

「ごめんごめん。今日の夜、絶対見るから」

『許さないっ。今日楽しみにしてたんだからね』


ぷいっとそっぽを向いた君


「そういう守屋さんは約束通り、英語のワーク3ページやってきたの?」

『や、やってきたよ……?』

「絶対嘘じゃん」

『ちゃんと、勉強机には座ったんだよ?』


守屋さんだって1ミリも成果が出てない癖になぜか得意げで


「いやいや、そしたらやんなきゃでしょ。」

『えぇ、れなご褒美が無いと頑張れない……』


身長差からくる自然な上目遣いから破壊力抜群のおねだりを披露


「えっと……じゃあさ」

「課題終わったら、オススメしてくれた映画一緒に見るとかは?」

『え〜、最高だねそれ。頑張れる気がしてきた』


正直”そんなので良いの?”と思ったが、すぐ横に居る凄まじい集中力の守屋さんを見れば充分ご褒美になるみたいだ


結局、守屋さんはすぐに課題を片付けてしまった。




約束通り、今は君の選んだ映画を一緒に見ている


守屋さんが見たかったのは、半年程前に流行った恋愛映画らしい


小さなスマホの画面に映し出された恋物語
肩を寄せあって、2人して釘付け



も、もしかして……いい感じだったり


映画の内容も相まって、
そんな雑念まで浮かんでしまう2時間だった。




「最高だった」『最高だったね』


感想を言うタイミングも内容も双子のように息ぴったりで、目を見合せて笑いあう。




”この瞬間がずっと続けばいいのに”なんて初めての感情が芽生え始めていた。



映画を見終わった頃には、
窓から見える景色はすっかり暗くなっていた。

星々が出番に向けて備えだす時間帯。そろそろ今日が終わっちゃうな〜なんて考えていると


『きょ、今日さ……。夏祭りあるらしいね』



少し恥ずかしそうに言葉を零した守屋さん

毎年、この時期にお祭りがあることは知っていたが、君の口からその話題が出るのは予想外だった。


「そ、そうなんだ」

『れな行ってみたいんだよね〜』

『この街のお祭り行ったことないし』


ちらちらとこちらに視線を送ってきている。


女心なんてちっとも分からない僕ですら、今ここで言うべき言葉は分かっている。



薄暗い教室、2人で見た恋愛映画、君からの決定的なパス


後押しする要素がここまで揃っても、なかなか1歩踏み出せない僕とそんな僕を不安げに見つめる君




そんな2人を包んだ沈黙はLINEの通知音によって切り裂かれた。



映画鑑賞後、上向きのまま机に置かれていた君のスマホには



”よかったらさ、今日一緒に夏祭り行こうよ”



夏祭りのお誘いの通知が1件

メッセージの送り主は4番でエース、クラスでもスターのアイツ。劣等感が強く刺激される。


間違いなく今この瞬間、1番見たくなかったもの



「興味あるならさ、1回誰かと行ってみたらいいじゃん夏祭り」

「守屋さんの事だから他にも誘われてるでしょ?」

『え〜っと、誘われたっちゃ誘われたけど……。』



目の前で通知を見られてしまったわけで、少し気まずそうな様子の守屋さん



「いいじゃん。打上花火もあるし楽しいよ」

『らしいね』

「せっかくだから行っておいで?」

『う〜ん。』

「どうしたの?」

『〇〇くんは分からないかもだけどさ……。』

『女の子は、花火大会には好きな人と一緒に行きたいものなんだよ?』


恋する乙女かのように頬が真っ赤に染まった君

そんな表情を引き出す男がこの世のどこかに居るのだろう。それはきっと、さっきの男で


ここ数週間、少しずつ僕の勘違いが貯まってきていた水瓶はあっけなく砕け散ってしまった。





「ふ〜ん。そうなんだ……。」



「別に、花火なんて誰と見ても一緒でしょ。」





違う。そうじゃない

君に伝えたいことは
そんなちんけな言葉じゃ───




『そっか……。』


『仲良くなれたと思ってたの麗奈だけだったんだ』



一瞬、曇った表情を見せた君は
そのまま地学室を出ていってしまった。







クラスの人気者からのたった1文のLINE


これまで2人で積み上げてきた会話や関係性を考えればちっぽけなもののはず。


そんな小さなきっかけで心が揺れて、思っても無い言葉で君を遠ざけて自分を守って



昔から肝心な時こそ勇気が出せない。

いつまでも、成長しない自分自身を蛇蝎のように嫌ってしまいそう。



その日の夜、

脳内を数百匹の羊が通り過ぎても眠りにつくことは出来なかった。





あのお祭りの日からというもの
2人の秘密基地は僕だけの秘密基地に逆戻り

君と会うことができないまま、夏休み最終日を迎えてしまった。


”本来の姿に戻っただけ”なんて、自分に言い聞かせたところで無意味な訳で


隣に守屋さんが居ない。それだけでどこか物足りなさを感じてしまう。



明日は始業式

僕たちの秘密基地は今日で完全に終わりを迎え、いつも通りの学校生活が戻ってくる。



一番星のように強い光を放つ君は明日からも輝き続けるが、六等星にも満たない僕は、周りの光達に紛れてしまう。

ほんとにこのまま終わって良いんだろうか。




君と僕じゃ釣り合わないことなんてことなんて誰の目から見ても明らか


ただ、この1ヶ月弱で芽生えた恋心は今頃になってどんどん膨らんでいく




”仲良くなれたと思ってたの麗奈だけだったんだ”


守屋さんの悲しそうな表情とその声が牛の反芻のように何度も何度も脳をよぎる。



君への想いとそれを伝える羞恥心を天秤にかけた結果、自分を守る選択肢を選んでしまった僕



その選択のせいで、今日まで何度後悔したんだ。


過去は消せないけど
未来ならきっと変えられるはず。



ようやく決心がついた僕は、クラスのグループラインのメンバーリストから ”れな” を追加



1文字1文字丁寧にフリックして、
メッセージを入力していく。



持ち合わせたちっぽけな勇気、その全てを振り絞って、送信ボタンをタップした。



”久しぶりに地学室に遊びに来ませんか?”



・・・


1時間、2時間、3時間

ゆっくりと、それでも確かに時は過ぎ去っていく。


どれだけの時間が流れても全く人の気配はしない。

それに加え、何度トークルームを開いても一向に既読にならない僕のメッセージ



これはもう無理だな……。



ネガティブを拗らせすぎたのか、浴衣に身を包んだ君と人気者のアイツが見つめ合うシーンまで妄想されてきて


大事なチャンスを逃した僕に微笑んでくれるほど神様はお人好しじゃない。


それでも何も言えなかったまま迎える明日と比べれば、まだマシだったはず。


勇気を振り絞るタイミングが完全に遅すぎた僕は、無理やり自分を肯定することしか出来ない。



気がつけば、時刻は19:00を回っていて


流石に諦めがついた僕は戸締りをしようと立ち上がった。


その時だった、
古びた扉の音が教室中に響き渡ったのは





ゆっくりと扉が開いて、
今1番会いたかった人が顔を覗かせる。





そのまま何も言わずに教室に入ってきたその人は、僕の横まで歩いてきてゆっくりと腰を下ろした。




『なんか……すごい久しぶりな気がするね』




口を開いたのはやはり君から。その声は琴の音色のように僕の鼓膜を揺らした。


たった7日会わなかっただけなのに、どこか懐かしさまで感じる。



「ね、久しぶりな感じ。」


「……ありがと。来てくれて」



『ううん、良いんだ。』



『れ、れなもその……久しぶりに会いたかったから。』


守屋さんの放った言葉は、僕の心を射抜いて


なんとか沈めようとしていた感情が再び呼び起こされた。



それでも脳をよぎるのは、夏祭りのあの日


思い上がりかもしれないが、僕がお祭りに誘うのを待ってくれていたのかもしれない


ライオンみたいな勇敢さは持ち合わせてない僕だけど、今度こそ背伸びをする時


今の時刻を考えても、
時間はそれほど残されていない


僕が導き出した答えは





「あ、あのさ……。守屋さんさえ良かったらなんだけどね。」





「今から一緒に星見ませんか─────」






『屋上って入れるんだね〜。れな知らなかった』


塔屋の上で足をぶらぶらさせながらそう呟いた君



丘の上に位置する僕らの高校。

僕達2人が今居る屋上は、この街で1番星空に近い場所だ。


「一応、立ち入り禁止だからね」

『ああ〜。〇〇くんまた悪い子だ〜』

『良い子だと思ってたのになー』

「大丈夫、大丈夫。守屋さんが秘密にしてくれたら誰にもバレないからさ」

『ふふっ。また2人だけの秘密が増えたねっ』


首を傾げながらそんなことを言ってくるもんだからやっぱり君には敵わない。


久しぶりの再開のはずなのに変わらないやり取り

会話をする度に、会えなかった7日間が取り戻されていくようで

守屋さんの優しさも強さも
そして君への想いも再認識できた。




目の前に広がる無数の光達
その大小や明るさも様々で


1つ1つの星の光が何十光年も離れた場所から地球に届いていると思うと、自分の存在なんてちっぽけに思えてくる。


しばらくの間、2人黙って星空を見ていた。






『……綺麗だね。』






「ん?どの星?」




『あの、1番明るい星』




君の指さした先には夏の主役の星座




「ああ、あれね。あの星はこと座のベガって星」

「夏だと1番明るい星なんだよね」

「一応、ベガとあれとあれとあれとあれの5つを結んでこと座になるんだよ」



好きなものというのもあって、熱が入り早口で説明してしまった。






『ねぇ、違う。』




「え?」




『れなが聞きたいのはそういうんじゃない』


『綺麗だねって共感して欲しいの』


『他の誰でもない、〇〇くんに』




真剣な表情でこちらを見つめている守屋さん




「えっと……。うん。綺麗だね」


『はぁ。ここまで言ってもわかんない?〇〇くんはほんとに鈍感だね』






『れなはさ、好きな人と一緒に綺麗なものを見て”綺麗だね”って共有したいの。』



『〇〇くんは違うの?』




その瞬間自分の中に稲妻が走った。




ずっと忘れていた。

何で星座が好きなのか。

どうして好きになったのか。



僕が星座を好きな理由は
あの星にベガという名前があるからな訳でも

5つ結んでこと座になるからな訳でも無い。




なかなか寝付けなかった夜、初めて窓を開けたその瞬間、目の前に広がっていた満天の星

その姿に一目惚れしたんだ。

好きを語るのに小難しい理由も知識もなくたっていい。



大事なのは純粋で
それでいて真っ直ぐな自分の感情


君のおかげで1番大事なことを思い出した。





「ぼ、僕も……好きな人と一緒に星が見られて嬉しいよ。」


『ほ、ほんとに……?』


『れなも嬉しい……。』




君から言わせてしまったあたり、
自分を好きになれるのはまだまだ先

それでも、いつも怯えて動けなかった僕にとって今日という日は価値のある1歩になるはず



『明日からもよろしくね?〇〇くん』

「うん。よろしく」


差し出しされた左手を優しく掴むと
君は恥ずかしそうに微笑んだ。






いつかは君との関係がクラスメイトや友達にバレて色々な声を浴びることになるだろう


こんなにも素敵な君と一緒なら、
周りの目なんてもう怖くない。


控えめに握られた右手



何があってもこの手は離さないから、なんてほんの少しの勇気も君のおかげ



目の前に広がる無数の星々が僕たちを祝福してくれているように感じられる夜だった。





”星降る夜に君と2人”




〜fin〜

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