『狐井』習作③
『狐井』習作③
「きっと大ごとだろうね」
美海は高校三年生、ほとんどの生徒がNZやL.A.を選択するなか、彼女は奈良京都を選んだ。一クラスにも満たない参加者たちは、どこか物憂げな子が多かった。美海だけが、溌溂と輝いていたと思う。
「どうもいいの、どうせチェックなんてないんだからさ」
二十人強の参加者に対して、添乗員は一人、引率の教師も旅行気分の様子だった。班ごとの自由時間は五グループに分かれ、奈良公園付近を自由に散策した後、京都駅前の旅館銀閣で集合する予定だった。ところが一つのグループは、私がわがままを言ったので、さらに二つに分かれてしまった。少し首を傾けてみよう、それで髪がふわっとなって、香りが届いて、彼は言うとおりになるに違いない。
「気が付かないうちに帰ればいいでしょ、ね」
彼はまっすぐ前を向いてじっと座ったままでいた。そうして彼女に抗った。急行列車が布施駅に流れ込み、乱暴に減速しはじめたが、美海は素早く立ち上がって、僕の手を取った。
「ばらばらになるのは良くないよ」
と見上げてみたが、
「ばらばらになるのは良くないよ」
と言い返された。
布施駅から五十鈴川行きの急行に乗り換え、三十分ほど揺られていると五位堂駅に着く。ホームには若い私服の女の人がいた。大学生だろうか。
駅を出てしまうともう何もなくて、僕は困ってしまった。住宅街に個人経営のお店などが、駅から向こうへ伸びていた。あきらかなベッドタウン。
「ねえ、いま変なこと考えてたでしょ」
美海は僕をのぞいて、いぶかしんだ。君は二重も三重も間違えている。彼が困っているのが楽しくて、さっさとロータリーを突っ切った。彼はしばらく、テクテク私のあとをついて回っていた。見るものもなにもない。そう思うとすぐ、小さな神社が出てきた。なんて読むんだろう。
「杵築(きつき)神社だね」
僕には、彼女がなぜか不愉快そうに見えた。
「良い方が良くない」
そうですか。
二人は神社の境内に向かって手を繋いで入って行った。途中手押し式のポンプがあって、交代交代で水を出していた。
「そろそろ帰ろう」
僕の問いかけに、彼女は頷いた。振り向いて終わりにしようと思ったとき、美海は、はやり気のようなものに犯されて境内へ走っていった。彼も追いかけた。
「小銭!」
美海のいうよりもはやく、彼は五円玉を渡した。二人は一緒にお参りをして、来た道をこちらに返っていった。