犬猫のお薬辞典Vol.4〜腎臓のお薬編〜
獣医さんにもらったお薬、どんな作用があって、どんな副作用があるのか、詳しく知りたいなと思ったことはないですか?
インターネットで調べると、添付文書のような堅苦しい説明書きしかヒットしないし、効能書きを見てもナンノコッチャ・・・?って感じで結局よく分からない。
そんな飼い主さんのために、「獣医さんからもらった薬が分かる本」を作りました。
Vol.4は「腎臓のお薬」です。
その他のお薬辞典は以下のマガジンからご参照ください。
このnoteを作った理由は、飼い主さんのアドヒアランスを高めてもらうためです。
先日、以下のようなツイートをしました。
このアドヒアランスとは、簡単に言うと「飼い主の治療に対する理解と積極性」です。
獣医師にすべてお任せするのではなく、飼い主さん自身がペットの病気に対して深く理解し、治療に積極的に関わることを、「アドヒアランスが高い」と表現します。
愛犬や愛猫の治療は、基本的にアドヒアランスが高い飼い主さんほどうまくいきます。
だからこそ、私のnoteでは、「飼い主さんが病気や治療を理解するための材料を提供すること」を目標にしています。
アドヒアランスを高める上で非常に重要な課題の1つが、もらった薬を理解すること。
正直、一般的な一次病院では、獣医師がインフォームドコンセントの過程で薬の解説を行う時間までは確保できないことが多く、できたとしても浅く概要を説明する程度で終わってしまうことがほとんどです。
このnoteを辞書代わりに持っておいていただくことで、いざ動物病院でお薬を処方されたときに、
どんな目的で処方されたお薬なのか
どんな仕組みで効果を発揮するのか
今、愛犬愛猫の体の中では何が起きていて、それを薬でどう改善しようとしているのか
服用中、どんなことに気をつければよいのか
など、知りたいこと(+α)が分かるようになります。
このnoteの特徴
薬の効能と、その薬が効果を発揮する仕組みを、飼い主さんにも分かるように噛み砕いて解説しています。
できる限り詳しく、かつ一般の方でも理解が追いつく程度に内容を厳選し、複雑な部分には図解も加えてあります。
副作用や注意事項の書き方も工夫しました。
どの薬にも副作用があるわけですが、「これは特に注意しなければいけないな」という副作用と、「こんな副作用、実際は見たことないなあ」という稀な副作用があります。
このnoteでは、添付文書の丸写しはしておりません。
臨床現場で働く獣医師がよく遭遇する副作用をピックアップし、実際に何に気をつければいいのか、よく分かるようにしています。
※稀な副作用が起こる可能性は0ではないので、「このnoteで触れていない副作用は起きない」という意味ではありません。その点は勘違いしないようにしてください。
Vol.4は「腎臓の薬」です。
主に、慢性腎臓病に罹患した犬猫に対してよく処方されるお薬たちを紹介します。
お薬の仕組みを理解すると、その病気の病態もよく見えるようになります。現在、慢性腎臓病のペットの看病をされている飼い主さんは、是非購入をご検討ください。
※追記してほしい薬のリクエストがあれば、TwitterのDMやnoteのコメントで教えてください。(購入者は追記分も読むことができます。)
※このnoteは「犬猫のお薬辞典シリーズ」の第4弾です。
※獣医学生さんや動物看護師さんのお勉強にも役立つかと思います。
※返金保証も付けております。内容に満足できなかった方には、全額返金致しますのでご安心ください(note運営事務局の審査が入る点はご了承ください)。
慢性腎臓病に罹るとこんなことが起きます
お薬の解説の前に、慢性腎臓病に罹るとどんなことが起きるのか理解しましょう。
慢性腎臓病とは、腎臓の機能がじわじわ失われていく疾患の総称で、基本的に進行性であり、一度発症すると根治が難しい病気です。
慢性腎臓病を発症すると、様々な体の異常が起きます。
慢性腎臓病で起こること①脱水
腎臓が大切な臓器であることは、皆さんご存知だと思います。
しかし、実際どんな役割を果たしているか知っていますか?
「おしっこ」って、何者か説明できますか?
腎臓の主たる役割は、血液中の毒素や余分な成分を、尿として体外に排出し、血液をキレイに浄化することです。
尿は、生命活動で生まれるゴミを溶かした液体なのです。
腎臓が血液を浄化するとき、体に必要な成分は体に留めるのが普通です。
しかし、腎機能が落ちてくると、体にとって重要な物質まで体外に出ていってしまいます。
典型例は「水」。
本来、水は体にとって大切な物質ですから、腎臓はなるべくギュッと尿を濃縮した状態で排泄し、水を可能な限り体に留めておこうとします。
濃い黄色のおしっこが少量だけ出るときは、ギュギュっと濃縮された尿が作られている証拠です。
逆にうすーい色の「ほぼ水」みたいな尿がたくさん出るときは、あまり濃縮されなかった証拠です。
慢性腎臓病の動物は、常に薄い尿が大量に作られるようになります。濃縮した尿を作ることができなくなってくるわけです。
そうすると、当然体から水分がどんどん出ていってしまうので、体が脱水状態に陥ります。
慢性腎臓病の初期症状は「多飲多尿」です。
たくさんおしっこを出し、たくさんお水を飲みます。
腎臓が尿を濃縮できないために尿量が増え、それを補うためにたくさんお水を飲むようになるのです。
慢性腎臓病を発症したら、基本的には多少なりとも脱水が起きていると考えたほうが良いでしょう。少なくとも脱水しやすい状況に陥っています。
対策は、とにかくお水をたくさん飲ませること。
できるだけ口から水分を摂取させることが重要です。
・・・とはいえ、犬猫に「水を飲みなさい」と言ったところで、ゴブゴブ飲んでくれるわけがありませんね。一工夫が必要になります。
例えば、
ドライフードからウェットフードに切り替える、または両者をミックスする
ちゅーるを水に溶かして与える
お水を温めて白湯にする
水飲み場を増やす
流れる水を用意する
といった対策がオススメです。
詳しくは以下の記事で紹介しているので、是非参考にしてください。猫用に執筆しましたが、犬にも応用可能です。
残念ながら、お水を飲ませるお薬なんていうものは存在しませんので、上記の工夫を凝らすことによって、水分摂取量を上げましょう。
慢性腎臓病で起こること②嘔吐
腎臓から排泄される代表的な物質が「尿毒素」です。
尿毒素とは、生きているだけで体内に発生する毒素です。
血液検査の項目にBUN (尿素窒素)、CRE(クレアチニン)という項目がありますが、この2つの項目が尿毒素です。
腎機能が落ちてくると、尿毒素を体外に排泄することができなくなって、体内に蓄積します。
尿毒素は体にとって毒。
気持ち悪さを感じて嘔吐してしまうのです。
嘔吐は、胃の中を空っぽにする行動です。
嘔吐すればするほど、せっかく摂った水分が体外へと出ていってしまい、脱水も進行します。なるべく嘔吐は止めなければいけません。
嘔吐は、制吐剤を投与することで、ある程度コントロールできます。
後ほど紹介しますが、動物医薬品の中には非常に優秀な制吐薬があるのです。
慢性腎臓病で起こること③高血圧
腎機能が低下すると、腎臓が血圧上昇ホルモンのようなものを分泌し、血圧が上がります。
腎臓に入ってくる血流を良くすることで、失われた血液濾過機能を補おうとするためです。
血圧が上昇すると、尿毒素の排泄が促進し、腎数値が下がります。
ですが、高い圧で血液が腎臓に流れ込んでくるために、腎臓に負担がかかります。
長期的には、腎臓がどんどん壊れ、寿命を短くしてしまいます。
また、高血圧症は腎臓以外の臓器にも負担をしいます。
例えば、目や脳、心臓が代表的です。
目の血管は非常に細くて脆いため、高血圧症によって眼内出血を起こすことがあります。目の中が真っ赤になってしまい、失明する恐れもあります。
また、比較的動物では発生頻度が少ないもの、「脳出血」のリスクも上昇します。
心臓は、全身に血液を送るポンプの役割を果たす臓器ですが、血圧が高い状態だと、血液を送り出すのか大変になるため、心肥大を起こすことがあります。
ストローをイメージすると良いかもしれません。
細いストローに息を吹き込むのと、太いストローに息を吹き込むのでは、どちらが大変ですか?
もちろん前者ですよね。
血圧が高いということは、血管が細いストローのようになってしまうということ。心臓が血液を送り出しづらい状態になってしまいます。
「肥大型心筋症」という猫特有の心疾患に罹患しやすくなりますので、注意が必要です。
高血圧症が認められたら、降圧剤の投薬を開始します。
慢性腎臓病で起こること④蛋白尿
蛋白尿とは、おしっこの中にタンパク質が漏れ出すこと。
蛋白尿の有無は、腎臓の寿命を知るうえでも、治療方針を決めるうえでも、重要です。
タンパク質は本来尿の中には出てきません。
なぜなら、タンパク質は非常に大きい物質だからです。
腎臓が血液を濾しだす工程は、糸球体という毛細血管のかたまりみたいな構造物で行われます。
慢性腎臓病では、この「糸球体」が次第に壊れていきます。
糸球体が壊れると、本来濾しだされないはずのタンパク質まで濾過されてしまうのです。
結果的に尿にタンパク質が検出されるようになります。
特に犬は糸球体が壊れやすいといわれており、蛋白尿が出やすいです。猫では腎臓病末期に蛋白尿が出てきます。
では、蛋白尿の何がいけないのでしょう。
1つは、蛋白尿自体が腎臓にさらなるダメージを及ぼすこと。
糸球体で濾過されてしまったタンパク分は、その先を流れる尿細管という管を傷害します。
尿細管は、濾過された液体(原尿)から、体に必要な物質だけ回収する役目を担っている部分です。
糸球体も尿細管も壊れてしまっては、腎臓がどんどんダメージを負って、その機能もどんどん失われてしまいます。
2つ目に、体に必要なタンパク質が体外へと出ていってしまうため、低蛋白血症に陥ることがあります。特に重度の蛋白尿の動物は、低蛋白血症に陥りやすいです。
血液検査で総蛋白やアルブミンといった数値が低下します。
※詳しくは以下のnoteを参照↓
血液中のタンパク質が少なくなると、血管の中に水分を留めておくことが難しくなり、血管外に水が漏れ出して全身の浮腫が起きます。
また、腹水や胸水など、本来お水が溜まってはいけないスペースに水が溜まり始めます。
血液を固めるためのタンパク質や、固まった血栓を溶かすためのタンパク質が尿中へと失われてしまうため、血液が凝固しやすくなります。
つまり血栓ができやすい状態、俗に言う、血液ドロドロ状態になってしまうのです。血栓が各種臓器に詰まると、臓器が機能不全を起こして死に至ります。
以上の理由から、なんとか蛋白尿を治療しないといけません。
糸球体を壊す一番の原因は、③で解説した高血圧です。蛋白尿が認められたら、血圧を下げるお薬を投薬します。
慢性腎臓病で起こること⑤貧血
貧血とは、赤血球が少なくなることを指します。
赤血球は、血液中の細胞成分の1つで、体中の臓器に酸素を届ける役目を担っています。
貧血が起きると体全体が酸欠状態になり、元気が無くなったり、食欲が無くなったり、あるいは様々な臓器傷害を来すことがあります。
さて、なぜ腎臓が悪くなると貧血が起きるのでしょうか。
実は腎臓は、造血ホルモンである「エリスロポエチン」を分泌します。
「赤血球を作ってね〜!」
という指示を出すのは腎臓の役割なのです。
腎機能が低下してくると、エリスロポエチンの分泌量が低下してきます。
赤血球を作るための指示が出ないために、骨髄での赤血球生産が鈍り、貧血が起きてしまうのです。
これが「腎性貧血」の仕組みになります。
これだけではなく、慢性腎臓病で食べが悪くなることにより、赤血球の材料が不足することも、貧血を進行させる要因となります。
腎性貧血が認められたら、エリスロポエチン製剤の注射を行ったり、鉄剤を投与することによって、貧血を改善します。
以上が慢性腎臓病で起こる5つのことでした。
こういったそれぞれの徴候に対して個別にサポートし、腎臓の機能を少しでも温存することが慢性腎臓病の治療目標になります。
それでは、それぞれのお薬を解説していきましょう。
テルミサルタン(製品名:セミントラ)
テルミサルタンは、蛋白尿に対して使用するお薬です。
蛋白尿の主な原因は、腎臓にかかる血圧が高くなることにより、糸球体が壊されることです(前述)。
テルミサルタンは、血圧を低下させることによって蛋白尿を軽減します。
循環器のお薬noteを読んでいただいた方はもうご存知かと思いますが、体には血圧を上昇させるための仕組みがいくつか存在します。
そのうちの1つがレニン・アンジオテンシン系です。
血圧を上げるためには、血液量を上げるか、血管を締める必要があります。
血管をホースに例えてイメージすると分かりやすいです。圧を高めて遠くまで水を飛ばそうと思ったら、
蛇口をひねって水の量を増やすか、
手でホースの先を握って細くしますね?
レニン・アンギオテンシン系は、その両方で血圧を上げます。
獣医学科の授業で習うような内容なので、ちょっと長くて大変ですが、頑張って付いてきてくださいね。
「血圧をあげなきゃ〜!」というタイミングが来ると、腎臓からレニンが分泌されます。レニンは、血液中のアンギオテンシノーゲンを材料として、アンギオテンシンⅠを作ります。アンギオテンシンⅠは肺に存在するアンギオテンシン変換酵素(ACE)によって、アンギオテンシンⅡに変換されます。
こうして作られたアンギオテンシンⅡが以下の作業をして、血圧を上昇させます。
1つ目に、副腎という臓器からアルドステロンというホルモンを分泌させます。アルドステロンは腎臓に、血液を体内に留めるよう司令を出します。結果的に、尿が減って血液量が増え、血圧が上がるのです。
2つ目に血管を収縮させます。血管が細くなるため、血圧が上昇します。
さて、慢性腎臓病に罹患すると、腎臓で効率的に毒素を排泄することができなくなります。
代わりに、血圧を上げることで、濾過量を増やそうとします。
つまり、腎機能が落ちてくると、腎臓はこう思うわけです。
「濾過間に合ってないじゃん!もっと血圧上げないとダメじゃん!」
すると、腎臓はレニンをバンバン分泌し、血圧を上げようとします。
これが腎性高血圧の起こる仕組みです。
血圧が上昇すれば、血液の濾過が進むので、一見良いことのように思えます。実際、腎数値も下がります。
しかし、長期的に見ると、腎臓に大きな負荷をかけ続けることになります。
腎臓に高い圧力で血液が流入するので、腎臓自体へのダメージは深刻です。
糸球体が壊れ、蛋白尿が出るようになります。
蛋白尿による弊害は先述の通りです。
尿細管という場所が傷つき、腎臓の寿命を短くしてしまいます。
つまり、腎性高血圧は、腎臓が身を削って毒素を排泄しようとする捨て身の行為。
短期的には濾過量が増えて毒素の排泄ができますが、長期的には糸球体と尿細管のどちらにも負荷をかけることになるわけですね。
多少毒素が溜まってもいいから腎臓を長持ちさせる
このコンセプトで腎性高血圧の治療を行います。
テルミサルタンは、「腎臓病の敵!レニン・アンギオテンシン系」にストップをかけるお薬です。
アンギオテンシンⅡの作用点であるAT1受容体をブロックし、アンギオテンシンⅡの効果が出ないようにします。
その結果、血管の収縮が解除されて広がり、血圧上昇が抑えられます。
特に、糸球体にかかる圧力を軽減して、蛋白尿を抑える効果が認められています。
循環器のnoteではベナゼプリル(製品名:フォルテコール)というお薬をご紹介しました。
ベナゼプリルも同じく「レニン・アンジオテンシン系を抑制するお薬」ですが、こちらはACEを阻害するACE阻害薬で、アンギオテンシンⅡの産生自体を抑制します。
細かい話ですが、蛋白尿を治療するには、ACE阻害薬(ベナゼプリル)よりもAT1受容体阻害薬(テルミサルタン)のほうが適しているとされています。
理由は小難しいので割愛しますが、
心臓病に向いているのはACE阻害薬(ベナゼプリル)
腎臓病に向いているのはAT1受容体阻害薬(テルミサルタン)
ということだけは知っておくとよいかもしれません。
副作用・注意事項
テルミサルタンは、血圧を下げ、腎臓にかかる圧力を下げるわけですから、腎臓の濾過量が低下します。
結果的に腎数値が少し上昇することがあります。
これを完全に防ぐことは難しい場合もありますが、できるだけ水分をよく摂取し、腎臓にたくさん血液を届ける工夫をすると、腎数値の上昇は多少抑えられます。
お薬で血管を広げた分、血液量を増やすことで腎血流を担保する作戦です。
多少腎数値が上昇したとしても、腎臓が保護されることに変わりはありません。数値にもよりますが、そのままお薬を継続することが多いです。
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