狂犬病ワクチンについて考える
先日こんなツイートをしました。
今日は狂犬病予防法について考えたいと思います。
狂犬病とは?
意外と知らない人が多いので、大前提の知識として知っておいていただきたいのですが、
飼い犬の年に1回の狂犬病ワクチン接種は、「狂犬病予防法」という法律で義務付けられた、犬の飼い主の義務です。
違反すれば刑罰を受けることになります。
狂犬病という病気は、哺乳類全般が感染するウイルス疾患です。
狂犬病ウイルスは脳に感染して、その動物を凶暴化し、他の動物を噛み付かせることによって広がっていきます。
噛まれた動物はじわじわと狂犬病ウイルスに侵され、次第に脳へと到達します。
ウイルスは脳で増殖し、重篤な神経症状を示し、最終的に死に至らしめます。致死率は100%。基本的には治療不可能な恐ろしい疾患です。
獣医学生は、公衆衛生学という講義で狂犬病を発症した人のビデオを見ます。
私も学生時代に見たわけですが、衝撃を受けてその夜眠れなかったのを覚えています。
人が人で無くなり、発狂したかのように苦しみ、水を異常に怖がり、暴れるのでベッドにくくりつけられ、もがいてもがいて死んでいくのです。
ただの致死率100%の病ではない
そのように感じたのを覚えています。
興味のある人はYouTubeで「狂犬病」と調べてみてください。その恐ろしさが分かるはずです(眠れなくなりそうな人は無理しないでくださいね)。
狂犬病清浄国という奇跡
幸いなことに、日本は世界でも数少ない狂犬病の清浄国です。
狂犬病ウイルスが存在しないと考えられる国
・・・と認められているのです。
「狂犬病なんて、日本には無いでしょう?」
とよく聞かれますが、ある意味でそれは事実です。
でも、狂犬病が日本で蔓延していないのは、「狂犬病予防法」があるからこそです。
日本の飼い犬に狂犬病ワクチンの接種が義務付けられていて、それが守られてきたからこそ、狂犬病の清浄化を果たすことができ、現在に至るまでその状態を維持してこられたのです。
人は、当たり前になったことに対しては、すぐに慣れてしまい、その有り難みに気づくことが難しくなります。
せっかくこの記事にたどりついてくださったのですから、今日は、普段感じることができない狂犬病清浄国のありがたみを噛み締めていただきましょう。
世界を見渡すと、いまだ多くの狂犬病の脅威と隣り合わせであることが分かります。
2016年のデータで少し古いですが、日本と同じく狂犬病の清浄国と認められているのは、オーストラリア、ニュージーランド、北欧諸国とイギリスくらい。
お隣中国やフィリピン、インドネシアなども未だに数百人から1000人を超える規模で狂犬病が発生しています。
この状況を見ると、狂犬病ウイルスを国から追い出すということがいかに難しいことなのか、理解できるでしょう。
私は、狂犬病予防法を作ってくれた政治家と、それを忠実に守ってきた飼い主を含めた、先人たちの偉業だと思っています。
油断すればウイルスは簡単にやってくる
一度清浄化できたら、その後はもう予防する必要がないのか。
答えは否。
ワクチンは接種しつづけなければいけません。
ウイルスのしたたかさ、根絶の難しさは、新型コロナウイルスの一件で皆さん身にしみたと思います。
狂犬病ウイルスだって、こんな優秀なワクチンが開発されたにも関わらず、じんわりと恐ろしい方法で、いまだに世界中の人の命を奪い去っています。
世界から狂犬病ウイルスが撲滅されるまで、狂犬病ワクチン接種は続けなければいけないし、狂犬病予防法は存在し続けるでしょう。
どうしてワクチン接種がまだ必要なのか、解説します。
感染症が流行するには、以下の3つの要件を満たす必要があります。
感染源、感染経路、感受性個体。
狂犬病ウイルスで言うと、
狂犬病ウイルス(感染源)が、
コウモリや犬による咬傷を介して(感染経路)、
免疫を持たない犬や人(感受性個体)に感染する
というのが、3つの要件です。
この1つでもなくなれば、感染症は撲滅できますし、逆に3つ揃うと広がっていきます。
ワクチンは3つ目の感受性個体を無くす作戦です。
「感受性個体=免疫を持たない感染先」を無くせば、狂犬病ウイルスは生き延びることができません。
日本中の犬にワクチンを接種することで狂犬病ウイルスを追い出すことができたのは、感受性個体を徹底的になくしたからなのです。
では、日本の犬が狂犬病ワクチンを接種しない世の中になったとしましょう。
3つの要件はどう変化するでしょう。
1の感染源。狂犬病ウイルスを0にすることはできません。
狂犬病ウイルスは、海外にいけば、わんさかいます。
「海隔ててるんだから入ってこないだろ」なんて楽観的なことが言えるご時世ではないですよね。もはや世界とのつながりが濃すぎます。
狂犬病ウイルスは、哺乳類なら基本何にでも感染できます。
外からうっかり輸入した動物やうっかり船にのった小型哺乳類が、狂犬病ウイルスを持ち込む可能性は0ではありません。
海外から入ってくるだけではありません。
日本に狂犬病ウイルスが0であるという保証もありません。
台湾では、長らく狂犬病の発生がなく、もう清浄化されていたはずでした。
しかし、平成25年、飼い犬が野生のイタチアナグマに噛まれて狂犬病に感染したことが発表されました。
日本でも、野生動物全部を調べたわけではありませんから、実は狂犬病ウイルスが存在する可能性もあります。
2の感染経路。
言ってみれば、人間にとっては犬が感染経路でもあります。
犬に噛まれることによって感染するパターンが最も多いですからね。
でも、ペットとして犬を飼う文化が無くなることはほぼないでしょう。
引き続き「犬」という感染経路は存在し続けます。
コウモリがたくさんいるのも、いわずもがな。
3の感受性個体。
上記2つは、今までもこれからも存在しつづけます。
犬へのワクチン接種は、「感受性個体」を大きく減らすことに貢献してきました。それが、ワクチン接種率が低下して、犬社会全体が狂犬病に対して免疫を持たない集団になってしまったら?3つ目の条件、感受性宿主もバッチリ揃ってしまいますから、狂犬病が再度蔓延する可能性は十分にあるわけです。
一般的に集団内の70%以上が免疫を獲得すると、ウイルスは蔓延できなくなるとされています(シャルルニコルの法則)。
現在、飼い犬の狂犬病ワクチン接種率は、登録された犬の7割にとどまり、登録されていない犬を含めると4割程度であるとする推定も出ています。
これは結構まずい状況なんじゃないかなと、危機感を覚えています。
狂犬病予防法は人の命を守る法律
冒頭のツイートでも触れましたが、狂犬病予防を飼い犬のためだと勘違いされている方がたまにいらっしゃいます。
狂犬病予防法は人の命を守るための法律です。
管轄は農林水産省(獣医療法などは農水省)ではなく、厚生労働省(人の医療を管轄)です。
犬が狂犬病に感染するのももちろん悲しいことですが、第一に考えるべきはやはり人の命です。
犬を飼うことはある種の贅沢です。
自分が癒やしを得るため、生活を豊かにするために、ペットを迎え入れるのですから。
愛犬と過ごしたいのであれば、狂犬病予防は義務です。
法律的にも、倫理的にも、社会的にも。
狂犬病ワクチンを飼い犬に接種しない飼い主は、その贅沢を享受する資格はありません。
人とペットが幸せに長く共生するために、この法律をみんなで当たり前のように守っていく必要がある
私はそう考えています。
法律だから狂犬病ワクチンを接種するのではありません。
周りの人の命を守るために接種するのです。
飼い主の一般教養として、覚えておいていただければ幸いです。
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