外資系動画配信サイトはアニメ業界の待遇改善に寄与しているのか?
皆さんは、普段アニメを視聴するとき、どの動画配信サイトを利用していますか?
日本国内であればdアニメストア、U-NEXTが代表的なサービスとして挙げられます。実際、私もこの2つのサービスを主に利用しています。もちろん、外資系のNetflixやPrime Videoを利用するときもあります。
現在、世界中の人々が、超格安で映像作品を楽しめる時代です。
一方で2024年10月21日、ちょっとした会議がありました。文化庁が実施している文化審議会著作権分科会政策小委員会(第3回)です。
この会議は、著作権について議論し、適切な法律改正や政策立案を目的としています。
そして今回の会議(令和6年度第3回)では、Netflixと日本動画協会が参加し、適切なクリエイター還元について議論されました。
ここでNetflixと日本動画協会の意見が食い違います。
Netflixは「適正な価格を支払い、価格転嫁や労働環境の改善に取り組んでいる」と主張する一方で、日本動画協会は「許諾対価はフラットフィーでしか応じない。支払いは渋い」と述べているのです。
はたして、どちらの言い分が正しいのでしょうか?
Netflixの提出資料
Netflixは制作予算の確保、契約の透明化、クリエイター還元などについて、資料でまとめてきました。
アニメーターの年収動向
Netflixは、アニメーターの労働時間は依然として長いものの、平均年収は増加していることを指摘。また、労働時間も月平均30%減少しています。
制作予算確保の取り組み
制作予算確保の取り組みとして、一般社団法人日本映画制作適正化機構の「映適取引ガイドライン」を引用。
日本版クリエイター還元のあり方
また、クリエイター還元については、欧米ではギルド(同業者組合)がクリエイター保護の役割を果たしていることを指摘。一方で日本のアニメ業界には、業界全体の労働組合は存在していませんね。
ギルドがない日本で、欧米型クリエイター還元を導入するのは難しいため、Netflixは「クリエイターのスキルマッピング」の導入を提案しました。
ただ、個人的にこれはあまりピンときません。
制作経理の導入
Netflixでは制作経理が導入されており、製作費全体に対する管理費が導入されているようです。これはどういうことかと言えば、制作のマネジメントコストに対して、予算を充てているということですね。
同時に、個別階層ごとの管理費を認めないこと(中抜きの禁止)で、クリエイターへの適切な還元を促しているようです。そのために、Netflixではクリエイターにインボイス登録を勧めています。
契約の透明化
多くのクリエイターが「契約書を取り交わしたい」と希望しているものの、必ず契約書を取り交わしている人は20%以下とのこと。
また、Netflixが立ち上げた救援基金の給付者の87%が、書面で契約を締結していないことが明らかになっています。
不透明な契約を防止するための改善策として、まず2024年11月から施行される「フリーランス新法」が挙げられます。この法律では、発注事業者がフリーランスに対して契約内容を何らかの文書で明示する必要があります。
これで、ある程度の改善は望めるとNetflixは指摘しました。
IPホルダーとの協働
また、Netflixは半年に1回、作品の視聴時間を公表しています。そして実際に視聴時間の長い作品は、ライセンス更新時の交渉で報酬が増加するようです。
また、Netflixは、IPホルダー・制作会社・仲介者の3プレイヤーの連携が必要不可決だとしています。
その実例として『ONE PIECE』の実写化を取り上げました。「この成功により、漫画自体も世界で販売部数を伸ばした」とありますが、直近で発行部数が公表されていないため、真偽はわかりません。
日本動画協会の提出資料
そもそも日本動画協会は、アニメ制作会社を中心に組織される業界団体のことです。
今回の提出資料では、製作委員会と収益分配の仕組みについてまとめられていました。
製作委員会の仕組み
まず、実際の制作が開始される前に、企画の開発から許諾の取得まで、様々な調整が行われます。
ちなみに、制作は「物理的にアニメを創作する作業」なのに対し、製作は「IPビジネス創出の過程全体」を指します。
1つのアニメ作品の中には、これだけの著作権関係者が関わっています。
アニメ作品を作るには原作者、脚本家、音楽作家から許諾を取る必要があり、アーティストや声優も著作隣接権者に該当します。
そして、ここが重要なのですが、元請制作会社が制作したアニメの著作権は、基本的に製作委員会に「譲渡」される仕組みです。つまり、製作委員会がアニメ作品の著作権を保有する形になります。
収益配分の仕組み
収益配分については、以上の通りです。
製作委員会に入る収入から、原作使用料・脚本使用料・代理店印税などに報酬を支払い、その残額が製作委員会や窓口会社に分配されます。
外資系動画配信サイトをちょい非難
基本的に、一次利用(放送)で収益が発生しないことが多く、二次利用(商品化・イベントなど)で収益を発生させることが、アニメビジネスの基本です。
一方で「あるグローバル配信事業者の例」を見ると、許諾対価はフラットフィー(定額報酬)でしか応じず、サービス内でヒットしても権利者への追加配分はないようです。
また、視聴者の属性などのマーケティングデータの開示もされないとのこと。
私の理解では、Prime Videoは視聴時間に応じたロイヤリティが支払われるはずなので、この「グローバル配信事業者」はNetflixのことかもしれませんね。
年収水準
アニメーターの平均年収は大体455万円で、年収1,000万円越えの割合は、国税庁調査の場合は5.42%、NAFCA(日本アニメフィルム文化連盟)の調査の場合は11%となっています。
ただし、この引用に対しNAFCAは「事実としてアニメ業界で年収1000万円以上であると回答した人は11%いましたが、職種や年齢による偏りも大きく、一方で全体の約38%が月収20万円以下と年収が多いとは言えない結果となっています」と指摘しています。
SNS上でのコメント
ここで少しXのツイートを引用します。
基本的にXのツイートは微妙ですが、本件はリテラシーの高い人しか目を通していないはずなので、今回に関しては十分に信用できるでしょう。
コンテンツベンチャー企業を経営している高達さんは、Netflixの意見が独りよがりであることを指摘し、労働環境改善の要因として「インフレ」や「日本のアニメ需要拡大」を触れるべきだとしています。
また、アニメジャーナリストとして活動する数土さんも、Netflixの提出資料について苦言とも受け取れるツイートをしています。
一方で、日本動画協会の提出資料に対する厳しいコメントも見受けられます。
NAFCAの事務局長を務める福宮さんは、アンケート調査の引用に偏りがあることを指摘。
また、JAniCA(日本アニメーター・演出協会)の幹事を務める桶田さんも、収益配分の項目に対して厳しくコメントしています。
外資系動画配信サイトはアニメ業界の待遇改善に寄与しているのか?
では、ここであらためて、外資系動画配信サイトがはたしてアニメ業界の待遇改善に寄与しているのかどうか、個人的な考えを示したいと思います。
結論から言えば、答えは「Yes」です。
アニメーターの賃金が改善された理由
今回の資料に解説されていますが、アニメーターの賃金はここ10年ほどで随分と改善されました。
たしかに若者(特に動画マン)の年収は低く、フリーランスの雇用形態が多いですが、平均年収は455万円ほどと、他業界と同水準にまで上昇しました。
では、なぜアニメーターの賃金が改善されたのでしょうか?
その最大の要因は、日本のアニメ業界の市場拡大です。
アニメ産業市場(製作)は、2012年の1.3兆円から、2022年には2.9兆円にまで成長しています。それに伴い、アニメ業界市場(制作)でも1,649億円から3,407億円にまで成長しています。
アニメーターの人口動態に関する調査がないため、市場規模の拡大がアニメーターの賃金改善に直接影響しているかどうかは、確実な結論を出せません。しかし、市場規模の拡大が要因として考えられるのは間違いないでしょう。
そして、この中で極めて重要な成長要因となっているのが「海外収入」です。国内事業がほとんど成長していない一方で、海外収入は10年間で7倍近く増えています。
海外収入増加の立役者は?
では、海外収入増加の立役者は誰なのでしょうか?
それは言わずもがな、外資系動画配信サイトです。
これまで海外のアニメファンは、日本のアニメを見るために、比較的少数しか流通しないパッケージ商品や、マイナーな放送局、そして海賊版サイトを利用する必要がありました。
しかし現代は、NetflixやPrime Videoに契約してしまえば、日本のアニメを超格安で見られる時代です。2010年代に入ってからアニメ業界の海外収入が激増していることを考えれば、外資系動画配信サイトの登場が要因として大きかったのは間違いありません。
Netflixは「価格転嫁や労働環境の改善に取り組んでいる」と資料で説明しており、この真偽はわかりませんが、少なくとも間接的には、日本のアニメ業界の環境改善に十分寄与していると考えられます。
内側から変えることは難しい?
もちろん、アニメーターやアニメスタジオの方々が、様々な努力を重ねた背景があることを忘れてはいけません。結局、アニメ業界が成長したのも、クリエイターが素晴らしい作品をドロップし続けたからです。
一方で、アニメ業界の内側から、何かを根本的に変えるのは難しいと思います。
なぜならアニメスタジオは、ただでさえ人手不足で、そのうえお金も余裕がないからです。
「何かを変える」ということにリソースを割くのが難しい現状があります。
だからこそ、何かしらの外圧を加えていく必要があると個人的に考えます。それは、外資系動画配信サイトなのかもしれないし、政府の介入かもしれない。または、全く予想外のところからイノベーターが生まれるかもしれない。
どちらにせよ、現状のアニメスタジオには余裕がないため、内側から変えるのは、不可能ではありませんが現実として難しいのではないかと思います。
一次利用の定義について
アニメビジネスは、一次利用で拡散し、二次利用でマネタイズするのが一般的です。
従来の「一次利用」の定義は「TVの初回放送、劇場公開」で、インターネット配信は「二次利用」に含まれていました。
しかし現代は、動画配信で視聴するのが一般的になっています。株式会社クロス・マーケティングの調査でも、約半数が有料動画配信サービスを利用していることがわかります。
であれば、今後は配信も「一次利用」に含めていいはずです。
この理屈であれば「有料動画配信サービスは拡散目的で利用し、マネタイズを意識する必要がない」ということになります。
そう考えると、日本動画協会の提出書類で記載されていた「フラットフィーでしか応じない」「ロイヤリティ報酬がない」「支払いが渋い」といったデメリットは、ある程度無視できるでしょう。
【編集後記】日本のアニメ業界は複雑だ……
本記事を書いていて気になったのですが、日本動画協会とNAFCAとJAniCAは、それぞれで協力しているわけでもないのでしょうか?
この3つは、それぞれ日本のアニメに関する協会ですが、役員の職種が異なります。
日本動画協会はアニメスタジオの経営陣、JAniCAはアニメーターが理事を務めています。
そして現在、アニメータースキル検定で注目を集めるNAFCAは、アニメーターだけでなく声優も理事として参加しています。
アニメーター、アニメスタジオ、声優、それぞれで利害関係があるはずなので、1つの団体として統合するのは難しいのかもしれません。
この部分についても、取材する機会があればと思っています。
Written by 星島てる