心待ちにしていた観たい映画がある

ショーンベイカー

アメリカの映画監督である。5年ほど前、フロリダプロジェクトという映画を映画館でみた。たいそう気に入った。内容はもちろんだけれど、監督の映画づくりの手法も気に入った。
主要キャストに素人を抜擢するのである。それもオーディションとかではなく、街中で声をかけるようなことをするという。
そういえば、素人を使う映画は近年アメリカ映画でも増えてきているという実感を受ける。そういう作風・作品・スタイルが流行ってきているのだろう。役者論や演技論は門外漢だが、メジャー作品における素人キャストの流行はプロによる演技論に波紋を投げかけるし、なんといっても日本では「お芝居」というカルチャーがあって、それが日本の演技論の制約となっているのではないかと疑念をもつ私としては、ある意味、ちょっと気分の悪くないものだ。

素人を使う映画といえば、私の中ではなんといってもヴィットリオデシーカの「自転車泥棒」である。戦後ネオリアリズモの代表的作品である。

リアリズム系作品と素人キャストとの相性は抜群だ。そのことをしっかりと実感できたのが、5年前のフロリダプロジェクトを観たときの感想の一つだった。
ベイカー監督の素人キャストの演出は特徴的だ。よくある素人キャスト映画では、ドキュメンタリー色を強くし、写実的で、そして淡々粛々として暗い作風のものが多い。それはつまりヒトの現実の生活とはそういうものであるということなのだろうが、ベイカー監督による素人は、概して底抜けに明るい、ぶっとんでいる、無茶をする。本来そういうビヘイビアというのは、プロの役者がやるのにふさわしいものだ。それを素人にやらせる。そしてそこに不自然さが感じられず、しごく自然なのだ。

素人なのだから、セリフ・動き・表情を増やせば増やすほどNG機会も増えるはずだ。つまり、素人なのだからプロ的な視点からみたときに「ミス」「エラー」も多くなるはずだ。しかし、ベイカー監督はそのリスクを思い切って取りにいく。

素人のミス・エラーを有用に使う、といえば、欽ちゃんを思い出す。萩本欽一さんだ。ゴールデンタイムの番組で素人を積極的に抜擢し、彼らを一時的にスターにまでさせてしまうスタイル。素人であるが故に、賢明に頑張り、無理ストレッチをし、慌てたり、下手だったり、ミスしたり、する。プロなんかより素人のほうが頑張るし、失敗も含めて、面白くドラマがあるのだ。

ベイカー監督の素人活用は、欽ちゃんとのそれともちょっと違う。素人がプロの作品で頑張ろうとするようなストレッチを感じないのだ。無理をしている感じがしない。自然な感じなのだ。自然にはっちゃけている。その自然なはっちゃけ具合が、すばらしい。
いま流行りのビジネス用語、組織人材論的な用語を使えば、きっとベイカー監督の撮影現場には「心理的安全性」がしっかりと確保されているのではなかろうか。素人役者がミスを過剰に恐れず、リスクをとって自分の良さを出し、監督の期待に応えようとし、そして監督がそれを受け入れる、そんな風土が醸成されているのではないかと。そう思うと、ベイカー監督の組織マネジメント者としての力量を高く評価したくもなる。

話が脱線してきた。
フロリダプロジェクトは私的にすばらしい作品で、ベイカー監督の次作があれば絶対に観ると心に決めていた。
そしてその次作が遂に日本に来るのだ。
「レッドロケット」
元ポルノスターの男を描くという。ポルノスターの男、つまりAV男優だ。
主役には、実際にポルノ出演経験がスキャンダル化したことのある方をキャスト、他にはお得意の素人の抜擢もある。
随分といかれた題材を、ベイカー監督ならきっと素敵に料理してくれることだろうと期待している。

そしてそんな作品を上映してくれる東京のシアターは、シネマートとヒュートラの2館。ありがたいねえ。ヒュートラのありがたみはいうまでもないが、シネマートは最近頑張って頂いていると思う。

封切りまでまだちょっと先なのだけれど、楽しみなのだ。


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