『世代を超えるコンテンツ作りの難しさ』人生釣り三昧#68
彼女を怒らせてしまった翌日「買い物行くけど何かいる?」と聞いた時どうやら「プリン」と口の動きだけで伝えたかったようですが「好き」と勘違いしてしまいただただ喜んで買い物に行ったかずおかです。
#ポジティブ
さて。
今回は『世代を超えるコンテンツ作りの難しさ』というテーマで最近めちゃくちゃ感じている事についてお話ししたいと思います。
最近は遠征ネタや釣行ネタが続いていたのでこの手の話は久々にする気もしますね。
それではよろしくお願い致します。
▼デバイスの変化と一人一画面の時代▼
ぶっちゃけ進化の流れに抗っても仕方がない部分も大きいので流れに身を任せて順応していくのが大事だと思っています。
なので今回の話についても打開策があるわけではありません。
ただ、明らかに僕が子供のころと大人になってからではコンテンツが世代を超える事が難しくなったように感じています。
(クオリティというより取り巻く環境的な問題で)
僕らの世代だと高校へ入学するタイミングで初めてスマホを持つという人が多かったのですがそれから丁度10年くらいたった今では小学生やそれより幼い子でも当たり前のようにスマホやタブレットを手にする時代になりました。
少し前に年の離れた従兄弟と話した時も今は友人の家に遊びに行くことも殆ど無く、家庭にオンライン環境が整っているのは当たり前。
基本的に学校が終わったら画面内で集合して遊ぶようです。
移動時のリスクや時間効率を考えるとそれはそれで良いなぁと思うし凄い時代だなぁと20代半ばの僕ですら思うのが今の時代です。
子供に買ってあげる物って一昔前だと自転車やスポーツ用品が占めるウエイトがかなり大きく徐々にデバイス(ゲームとかスマホ)が占める割合が増加していると思いますが今ではほとんどがデバイスになっているんだと思います。
家族一人一画面が新たな常識となった今、画面内に広がる世界には膨大な量のコンテンツが溢れるようになりました。
それだけコンテンツが増えても一人一画面は確保できるので家族や友人に合わせることなく自分が見たいコンテンツを自由に好きなだけ楽しむことが出来ます。
人間である以上、子供と大人、年齢層や育った環境によっても趣味嗜好は大きく異なりますが一昔前まではテレビという一つのデバイスを食卓で囲み、家庭内で権力を持つ者を中心に見るコンテンツが決まっていました。
家庭の構造も日本中が似たような構造で、各家庭にて同じような事が起こっていたため大多数が見てるコンテンツというのも偏りやすくなり日本を代表するアイドル、芸能人、著名人というのも世代の壁を越えて自然と形成されやすかったのかなと思います。
さらに言うと周りに合わせた生き方が落ち着くというのが7~8割ぐらいだと思うので学校のクラス単位で見ても大体見てるものって同じだからその話題になるしそれに合わせて見るものを選んでいたという人も少なからず居たんではないでしょうか。
その結果、嵐、AKB48、SMAP、ダウンタウン、明石家さんま、小栗旬、石原さとみ、新垣結衣…etc.
といった世代性別の壁を越えて認知されている人間というのが多く存在していたような気がします。
(特に分かりやすいのが人だっただけでコンテンツにおいても同じことが言えると思います。)
ところがどっこい一人一画面時代&国民総発信時代に突入したことによって家族や友人に趣味嗜好を合わせる必要性が薄まり自分が本当に興味を持っているコンテンツだけに触れる事も容易になりました。
例えニッチな趣味嗜好だろうとSNS上ではほぼ間違いなく共感者に出会えるはずなのでそれで充分孤立感は軽減できるのかと。
さらに動画なんかは倍速視聴が当たり前になったので世間(学校、職場、家庭)に対して話を合わせる必要があるものだけざっくりと概要確認で見てみるという事も容易なわけです。
そんな今の時代を僕は、「器用な人にとっては凄く便利な時代ですがまぁまぁ恐ろしい時代でもあるのかな」と思うわけです。笑
▼人が減り、多様化は進む▼
このような時代が訪れたことでジャンルやカテゴリーはより明確に層が分断されかつてのように食卓を中心に形成されたグラデーションは殆ど無くなりつつあるように感じます。
(将来的にはもっとなくなるでしょう)
その結果、1コンテンツを取り囲むように形成されるコミュニティの数は以前に比べ膨大な数に増えたかと思いますが一つ一つの大きさは小さくなりました。
難しい言い方になった気がするので分かりやすく言うとこの10年くらいで全世代的に受け入れられた人間、コンテンツはそれより前に比べて圧倒的に減ったと思いませんか?
先ほど挙げたような有名人の方々だと男性アイドルと言えばジャニーズ一択に近かった時代からEXILE系統が出て韓流アイドルが出て、今ではSKY-HIさんプロデュースのBE:FIRSTというグループが大人気だったり…かなり多様化しましたよね。
僕自身テレビをあまり見ない人間というのもあってBE:FIRSTさんはジャニーズだと思っていました。笑
芸人さんも僕が子供のころから出続けている人は今でもひな壇やMCを務めていますがこの10年くらいの間に出てきた人達で世代を超えて認知されている人は本当に少ないと思います。
(千鳥さんとかサンドウィッチマンさんとかがギリギリ…といったところでしょうか。)
さらに10年20年と遡るほど1人の人間自体がジャンルになってしまうほどの時代になります。
(尾崎豊は尾崎豊というジャンル的なやつです)
何かと人で例えてみましたがとにかくゲームにしろ僕が好きな釣りにしろ細分化や多様化が以上に進んだのもこの10年だと思っています。
日本国内においては人口も減少し続ける中、これだけの細分化と多様化が進んだというのは世代を超える圧倒的なコンテンツを生み出すという側面から見るとかなり難易度が上がったような気がします。
▼世代を超えるコンテンツが生まれる未来は来るのか▼
そんなこんなで今後も人口減少と趣味嗜好の多様化&細分化からは逃げられない状況下にある国内市場。
冒頭でもお話しした通り今の段階では僕自身が答えを見出しているわけではありません。
コンテンツが世代を越えるために必要な事はいくつも重要な事があるとは思いますがいずれにしても設計が重要かなと思ってます。
単純にコンテンツの寿命を伸ばしたいのであれば親から子へ、そしてまたその子が親になった時に子へ引き継がれるものをコンテンツにするという方法があります。
絵本なんかがその典型的な例ですね。
一方で寿命を伸ばす事に注力せず一人生程度(50〜100年)の期間、世代の壁をぶち壊して圧倒的コンテンツとして君臨するのはとても難しいように感じます。
デバイスで言えば当然進化しつつもテレビやパソコンというものがそれに近い存在です。
コンテンツと言って良いのか分かりませんがそれ以外になるとそれほど長く君臨するものは基本的に衣食住や3大欲求のいずれかに絡む何かである事が多く、ぶっちゃけ人間なんだから当然でしょって感じです。笑
多分人間が本当に安心して遊べるようになってからまだ数百年も歴史は進んでないんですよね。
釣りなんかは歴史の長い遊びですがここ100年で遊びの多様化ぶりは半端じゃないです。
コンテンツのデジタル化が進んでからは一層その多様化ぶりと生産量が加速したように思います。
今後もデジタル化と画面内での進化は止まらないだろうしもっと進化のスピードは上がるでしょう。
それに比べると釣りやキャンプといった遊びは全く別の路線を進んでいく事になりそうです。
デジタルコンテンツに比べて年配の世代と孫世代を繋げる数少ないコンテンツの中に釣りが含まれていてそれはそれで貴重な武器の一つだとは思っているのですが…
いかんせん釣り場は減る一方なので将来的には釣り場(釣り堀)を作る方に注力してみたいとは僕は思ってます。
当然それだけの場を作るのにも多大な費用がかかるでしょうし維持するのはさらに困難を極めるでしょう。
そうなると若者だけにウケても絶対採算が合わないと思うので世代の壁を越えて受け入れられる釣り場にしなければならないのですが、今回話したように世代を越えるコンテンツを生み出す事が難しくなっていると言う結論に至ったわけです。
流行りに乗ると瞬間風速を出せても持続性に欠けるので本質的な核を抑えなければならないとは強く思います。
こんな時代には全く合わない規模と世界観を作りたいと夢見ているので難易度は上がる一方ですがこれからじっくりと答えを探してみようかなと思います。
そんなこんなで今回は『世代を超えるコンテンツ作りの難しさ』と言うテーマでお話ししました。
それでは今回はこの辺で。
でゎでゎ👋
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