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5€のエッフェル塔

  予約した宿は東駅が最寄りの、比較的治安の悪いとされるエリアだった。その情報はどうかと思う。何をもって判断しているのだろう。もしかしたら犯罪情報が多発していたのかもしれないけど、私は明らかに、ここが「ブラックコミュニティ」であるから、「治安が悪い」とされているのだと思った。東駅の次は北駅。ほぼパリの北に面する東は、世界遺産が立ち並びセーヌが流れる穏やかな中心部の価値観からするとスラムと表現してもいいだろう。かと言ってインドのそれとは全然違うけど。住んでいるのはアフリカからの移民だろうか、アフリカ系の顔立ちをした人たち。そのルーツを細かく問うことはできなかった。中心部とは変わらない建物の数々だったが、明らかに、ホームレスの人が多い。あとは何をするわけでもなく、ただ立って話をしている人々もいた。彼らは全くと言ってもいいほどいないアジア人の私を興味深い目で見る時もあったけれど、大抵の場合は気にもかけなかった。

  そんな彼らの職の一つは、観光地で観光客を相手にエッフェル塔のミニチュア(ひとつ5€)を売ることだった。または、エッフェル塔を眺めるカップルにビールを売ること、または、ルーブル美術館のチケット(なのかな本当に?)を不正に売ること、または、ミサンガを結びつけること、などだ。観光地に決まって現れる白いビニールシート。その上に並べられた色とりどりのエッフェル塔のミニチュアの中には点滅するものもある。彼らは客引きすることもなく、ただビニールシートの前に座っている。観光客の何人かはそれを興味深く見つめ、実際に買っていく人もいたが、大抵の人はそれが「まがい物」であるとわかっている。まがい物、もしくはキッチュなもの。大量生産された数え切れないほどたくさんのエッフェル塔が、こちらを向いて並んでいる。その景色は本物のエッフェル塔の下で繰り広げられていた。私はそのキッチュさに胸をときめかせながらも、決まって彼らは真顔で座っているものだから、近づくことができなかった。
エッフェル塔のすぐそばにはセーヌ川が流れている。そして夜になり、ライトアップされた頃になるとボートがやってきて、パーティドレスやスーツに着替えた人々が、ボートの上で立食パーティーを楽しんでいる。わたしはいやでも、彼らの肌の色に注目してしまう。それはエッフェル塔付近がまさにいろんな人が集まる場所であるから。それは観光地ということでもあるし、まがい物を売る彼らの商売場所でもある。地上から離れ、川の上からエッフェル塔を眺める人々は、みんな「白人」だった。


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