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Once upon a time, there was a country

自分がアンジュルムのファンになった頃、カントリー・ガールズは「よく目に入ってくる近所の子たち」であった。

嗣永桃子というキャラの立ったPMがいて、しかも彼女が卒業間際だったというのもあったと思う。彼女は「カントリー・ガールズのどこに注目すべきか?」をわかりやすくプレゼンすることがとても上手い人だった。また、アンジュルムのラジオ番組のすぐ後にカントリーの番組があったのも大きかったと思う。アンジュルムだけに視線の焦点を合わせていた新規でも、その周辺視野に入ってくる他グループの筆頭は常にカントリー・ガールズであった。

そしていつしか自分はカントリー・ガールズのラジオを聴くようになっていった。嗣永PMに仕込まれた「プロの話芸」が評判のグループであったが、自分が好きだったのは年少組に当たる小関舞と船木結の回だった。この二人は10代半ばとは思えない落ち着いた話術を身につけながらも、とても含蓄のある内容のトークを繰り広げていた。とんでもない人たちがいるものだと舌を巻いたものである。

やがて、船木結、梁川奈々美、森戸知沙希の3人が他グループと兼任になるという話が持ち上がり、TL上は喧々囂々の騒ぎになった。自分はまだ右も左もわからなかったので何も言えることはなかったが、とりあえずアンジュルムにもこの中から誰かが来る以上、彼女たちのパフォーマンスをしっかり観ておく必要があるな、と思い、カントリー・ガールズのライブDVDを買った。そして三人のうち、最も圧巻だったのは船木結だった。アンジュルムに来るならば彼女に来てほしいものだ、と感じ、その願いは見事に叶うことになった。その後彼女がアンジュルムにもたらしたものについては、下記の記事で既に書いた。

“Once upon a time, there was a country” というのは、ユーゴスラビアの崩壊を寓話的に描いたエミール・クストリッツァの映画「アンダーグラウンド」の副題である。カリスマ的指導者であるチトーを失った後、ユーゴスラビアという国(カントリー)は見る見るうちに自壊していった。一方、嗣永桃子は自分の国が末長く続くよう、しっかり後継を育てていたはずである。今改めて振り返れば、趨勢としては事務所による「グループの大所帯化」方針がある。こぶしファクトリーは解散し、Juice=Juiceとつばきファクトリーの人数規模は倍増している。事務所としてはカントリーの人気メンたちを他グループに吸収させた方が都合がよかったのであろう。

さて、才媛揃いのカントリー・ガールズの中で、森戸知沙希は特殊な位置を占め続けていたように思える。彼女は明らかに弁の立たない「ポンコツ」キャラでありながら、それゆえにありのままの姿で皆から愛される、カントリー・ガールズで最も「アイドル性」が高いメンバーであった。その意味で2020年の末に船木結がアンジュルムを卒業した時点では、森戸だけがハロプロに残るというのは自然であるようには思えた。

だが一方で、自分の脳裏には少し気になる残像も残っていた。三人の兼任が決まってしばらく経った頃のカントリー・ガールズのイベントで、MCの最中に感極まった森戸知沙希が無言のまま山木梨沙の胸に飛び込んでいった映像である。公衆の面前であれをやれてしまうのが森戸という人なのだ、と当時の自分は驚いたものだが、同時に「あんなことができてしまう森戸知沙希はカントリー・ガールズの核なのではないか」ということも思った。だとすれば、カントリー・ガールズが消滅して森戸だけが残るというのは、実は奇妙な話なのである。

「アンダーグラウンド」では、それまで物語の中で道化師的な役割を果たしてきたキャラが急に狂言回しの顔でカメラの方を向き、「苦痛と悲しみと喜びなしでは、子供たちにこう伝えられない。『むかし、あるところに国があった』、と」と語りかける。そしてその後景では登場人物たちが多幸感の中で踊り狂う地面が周りから切り離されて海原の彼方と去っていく。クストリッツァはあのラストシーンでユーゴスラビアを世界から「消滅」させたのではなく、「独立」させたのだろうな、と今でも思う。同じようにカントリー・ガールズも、森戸知沙希の卒業によってその歴史を閉じたのではない。完全な「独立」を果たし、水平線の彼方へと去っていったのだと考えた方がよいのである。


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