阿修羅の偶像(アイドル)エピローグ
登場人物一覧
エピローグ:護法善神
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第1節
こうして大庚申祭は、来場者の圧倒的好評のうちに終了した。
水戸さんの卒業後にShangri=laのファンとなったミュージシャンの浅瀬祐介は、水戸さんを生で見るのが初めてだったということもあり、Twitterに「水戸玲耶さん、本当にいました! 阿修羅も!」と投稿した。だが多くの観客は、大庚申祭で起きた摩訶不思議な出来事を何らかの特殊効果を用いたショーの一環として理解したようであった。おそらく祭がプロレスで幕を開けたことによって、観客の間に「全てショーなのだ」という思い込みが成立したのであろう(観客の中には、自分たちが集団催眠状態にあった、と理解した者たちもいた)。ちなみにアーカイブ動画にはバルナの姿を含めた諸々が全く残されておらず、一連の怪奇現象を後から検証することが不可能だったため、ネット上ではしばらく奇妙な都市伝説として騒がれるライブにはなった。
他のトピックとしては、大庚申祭後に見城さんが行方不明になったという事件が挙げられる。音楽界の異端児の失踪に世間は騒然となったが、先生が「自分は行先を知っているが、秘密にしておいてくれと言われている」と言うので、保(たもつ)たちはとりあえず先生の言うことを信じることにした。また、全裸のまま一度は警察に保護された高坂と台場が、警察関係者が目を離した隙にまたしても忽然と姿を消すという奇怪な事件も起きた。そしてその話を聞いた先生は、一瞬保も見たことのないような悄然とした顔を見せた後、「解脱はまだ遠いな」と言って悔しそうに笑った。
そんな中、大庚申祭をきっかけに竹林さんと仲良くなったファルークさんは、アンチの多い青海から「ガンダルヴァ」を引き払い、竹林さんの事務所に近い立川に新しく店舗を構えた。一躍Shangri=laファンの店主として有名になった上に、竹林さんの事務所のアイドルたちに料理を教える配信番組でも名を売り、名も新たに新装開店した「バルサラ」はフロプロ系アイドルファンが集う店として繁盛している。
その才能が世間に広く知られることになった沙羅には、各方面から仕事のオファーが舞い込むことになった。だが、沙羅はそのほとんどを固辞し、竹林さんの事務所のアイドルに楽曲を提供する仕事だけを受けることになった(それらのMVのいくつかには、ダンサーとして翼も参加している)。また、ナラキンさんも相変わらず「バルサラ」で働きつつ、少しずつ音楽仕事を再開し始めた。
水戸さんは修論に集中するためにまた活動休止期間に入った後、修論を書き上げた2022年の年明けから再び活動を再開した。この時からA&D8は正式に水戸さんの音楽活動をバックアップするバンドとして竹林さんの事務所と契約し、沙羅やナラキンさんの書いた楽曲に水戸さんが詞を載せて歌う形で、MVが続々と動画サイトにアップされ始めた。
保は引き続き羅睺院(らごういん)で寺男として働きながらギターの練習を重ね、ついにはA&D8の正式メンバーになってしまった。ギターを始めて一年足らずでここまで上達するとは驚異的だ、と色んな人に言われたが、それはあくまで国孫(こくそん)様のおかげであることを保は自覚している。国孫様には弾く者の指を操り、普通よりも早く上達させる力があるのだ。沙羅は表に出て演奏するよりも裏方として音楽制作に打ち込みたい様子なので、音楽制作のモチベーションが欠片もない自分が表に出て演奏する役割分担は、理にかなっているように保には思えた。保がボディカード的な形で水戸さんの近くにいてくれると、厄介なヲタクに威圧感を与えてくれるのでありがたい、と竹林さんが冗談混じりに言っていたが、こんな風に自分が人の役に立つような仕事がどんどん増えていくのは保としても望むところであった。
沙羅は少しずつ警戒心も解けてきたようで、最近では彼女の安否を心配していた昔からのファンや、「牟佐リンダ」のコアファンに向けてのインスタ配信なども始めている。彼女を攻撃すると水天の祟りがあるという都市伝説がネット上に広がったおかげか、アンチによるコメントやDMなども全く来ないそうだ。その意味では心身健やかに過ごせている沙羅であるが、その制作姿勢は以前にも増してストイックなものになり、最近は仕事場としては本堂を引き払い、「よりインスピレーションが湧く」という水天社に篭って制作に打ち込むことが多くなった。
そんなある日、沙羅が「そのうち生演奏でライブをやりたいので練習しておいてほしい」と言ってデモ音源をA&D8の皆に配った。その後、皆の時間が合う時に何度か音合わせもして、いい感じに仕上がってはきたが、具体的にいつライブをやるのかは未定だという。保はそのことが少し心に引っかかっていたが、やがてそれどころではなくなった。A&D8に次の山場が訪れたからである。
2022年上半期、旺盛に楽曲を発表してきた水戸さんは、5月7日の庚申の日、再び羅睺院でソロライブを行うことになったのである。6月には、修論の内容を大幅に加筆修正し、仏教思想と繋げてアイドルのあり方を問う随筆集『阿修羅の偶像(アイドル)——一つの仮説』も出版予定だ。しかし、水戸さんはそこでまた一旦活動を休止し、英語留学のためにインドに向かう。今後自分の表現活動を世界に向けて発信していく上で不可欠な英語を、仏教発祥の地インドで学びたいという決断であった。
第2節
5月7日、ゴールデンウィーク終盤の週末、青海市の新型コロナウイルス新規感染者は、相変わらずゼロ人を維持していた。
水戸さんの卒業から二年が経ち、グループの新陳代謝も一段落したShangri=laは、個性的なメンバーと生命力溢れるパフォーマンスが各方面の注目を集め、いよいよファン層を拡大させている。5月3日には二年ぶりにロックフェスにも出演し、11日には浅瀬祐介プロデュースの新曲の発売も控えている。目下絶好調と言ってよいだろう。
しかしShangri=laの外側の世界は全く別物であった。人々は少しずつコロナとの共存を模索し始めたとは言え、疫禍の出口は相変わらず見えないままだった。大庚申祭以来、A&D8のメンバーへの攻撃こそなくなったが、なお息苦しい世に生きる人々は、日夜ネット上で小競り合いを繰り返している。だがここ数ヶ月の間、今までの疫禍や諍いは悪い意味で目立たないものになってしまっていた。
海の向こうでは、本物の戦争が始まってしまったのである。
今回の水戸さんのライブも、戦災被害者のためのチャリティコンサートという形をとることになった。その上で水戸さんは、あくまで人類への普遍愛を歌いあげた。中でも、ライブの最終曲として初めて発表された曲は、観客の涙を誘った。それは、この半年間に及ぶ水戸さんの活動の、「エピローグ」とも言うべき曲であった。
保が水戸さんのライブに参加してみて思ったことは、彼女の後ろでギターを弾いていると、それだけで力が漲ってくる、ということである。
アイドルはシンガーソングライターではない。水戸さんも歌詞は自分で書くが、音楽についてはA&D8に任せきりである。その意味では、水戸さんは一見人形使いに操られているマリオネットに見える。ところが水戸さんの場合、人形使いに手足を操られているようで、実は人形使いがマリオネットの動きによって指を動かされているのではないかと感じてしまう、と竹林さんも言っていた。人形使いが人形によって、今まで自分でも知らなかった力を引き出されてしまうのだ、と。それは水戸さんが本気で「みんなを見て」、と思っているからではないか、と保は思う。水戸さんはかつてShangri=laのリーダーとしてそのように振る舞い、今はさらに広い世界に向かって、同じことを始めようとしているのではないか、と。
そして水戸さんが繰り返し歌い続けているのは、たとえ我々が壮大な輪廻の中を生きているとしても、それぞれの今生は常に一度きりであり、掛け替えのないものである、ということであった。先生も言う。人は大いなる仏法(ダルマ)を忘れ、己の今生にのみ執着しすぎればいくらでも浅はかになりうるが、逆に何か大いなるものの名の下に自他の今生に対するリスペクトを失えば、いくらでも酷薄になりうるのだと。そして、現在末法の人道に起きているのは、そうした浅はかさと酷薄さが時に激突し、時に都合よく絡み合って互いに増幅しているということなのだ、と。
だからこそ、人間は「変わり続けられるような勇気」をもって執着を克服しながら、「変わらぬままそこにある真理」を見極めていく必要があるのだろう。今回水戸さんの前説をつとめた先生は、「己の外においても内においても、出逢ったものはすぐさま滅ぼせ。仏に逢っては仏を滅ぼし、祖に逢っては祖を滅ぼし、己に逢っては己を滅ぼせ。何者にも束縛されず、自在に突き抜けた時、初めて解脱を得ることが出来るのだ」という臨済和尚の言葉を音楽に乗せ、口ずさんでいた。
そして今回の先生は、何やら己に言い聞かせているようでもあったのである。
さて、午後1時に始まったライブは、午後3時頃までには全ての観客がはけ、境内には静寂が訪れた。「行けたら行く」と言っていた沙羅は、結局会場に現れなかった。
ところがライブ後、堂上で保たちが疲れを癒していると、その沙羅がひょっこり現れた。
「お疲れー。ごめんね。セッティングに時間かかっちゃって。第一部は上手くいったみたいだね」
「第一部?」
保は思わず聞き直した。今日のライブは一回きりで終わりのはずだ。
「うん」と沙羅はとぼけた顔でうなずく。
「だってこれからあっちで第二部でしょ? そのためにみんなにあの曲を練習してもらってたんだよ」
と、沙羅が指差す方向を見て、一同は一斉に「あっ!」と声をあげた。
社の向こうには、広大な湖が広がっている。
そして社の前には、バルナの青い衣が鮮やかに輝いていた。
「久しぶりだな」
保たちが近づくと、バルナは待ち構えていたように微笑んだ。一年ぶりに見るバルナは、随分と顔立ちが大人びて、体つきは少しふっくらしたように見える。頭の上で結ばれていた髪は下ろされ、湖を渡る風に吹かれて艶やかにたなびいていた。
「『すぐに会える』んじゃなかったのか?」
保が少し意地悪な質問をすると、バルナは小さく肩を竦めて、
「文句はサカラに言ってくれ。私はすぐにそっちに行こうとした。でも社まで来たらサカラに止められて、折角だから全部準備を整えてからサプライズということにしよう、と言われたんだ」
保がジロリと沙羅を見ると、沙羅は小さく舌を出した。
「まあ、少し準備が必要なのは確かだったがな」
バルナはそう言って頭を掻くと、踵を返して社の中に入っていく。
「さあ、ついて来てくれ」
「……あ」
保は思わず声を漏らした。社の中にあったはずの水天像が消え去り、観音開きの扉は、そのまま湖を渡る長い橋に向かって開かれている。
「水天像は、どこに行ったんだ?」
「もう偶像など必要ないのだ」
と、バルナは得意げな顔で親指を立てる。
「私は、既に実像だからな。さあ、」
バルナは、保の手を握って橋のたもとへと誘う。
「だからお前たちも今や、この橋を渡ることができるんだ」
「虫を仕留めることなく修羅道に戻った私は、『もはや阿修羅としては生きられない。今後は人として生きるしかない』と父に申し出た」
バルナは一同の先頭に立ち、湖を渡る橋を進んでいく。
「そして父の方でも、私が虫を仕留められなかった場合のことは考えていたようだ。人の身になった阿修羅をそのまま修羅道にとどめおくことはできないし、かと言って王族を人道に追放するのもまずい。そこで、父は人道に面したこの辺境大公領の統治権を放棄し、私を大公に即位させることにした。我が弟を次王として推す者どもも、いい厄介払いとばかりにこの案に飛びついた。王が王権を放棄した土地は修羅道の理を失い、新たに君主に即位した者の理で動くようになる。つまり、今この地は人道の理に従って動いているということだ。だから私はもう万年も生きられない。だが、ワッフルもカレーも美味い」
「なるほどね」
ファルークさんが合点のいった表情を見せる。
「最近、沙羅ちゃんがよく店に来て、大量にテイクアウトしてくようになったのは、あれは全部王子様、いや、大公様が食べてたのね」
「私だけではない。阿修羅族の中には阿修羅と人の混血の者が結構いる。その中で人として生きていきたい者たちを募ったところ、なかなかの数になった。私は彼ら彼女らを国民と為すことで、かつて人道にあったという伝説の仏教王国にちなみ、我が国を『シャングリ・ラ』と名付けることにした。あのカレーは、シャングリ・ラの官房の者たちに振る舞ったものだ。彼ら彼女らは日夜シャングリ・ラの発展のためによく働いてくれている。サカラが秘密にしていただけで、彼ら彼女らは既に人道にも出入りして、人道の文明について色々と学び始めているのだぞ」
「マジか……」と保は目を丸くする。どうも自分が預かり知らぬところで、えらく大きなことが動き始めていたようだ。
「最初は人道に出入りできるのは庚申の日だけだと聞いていた。だが、ある日改めて道境に来てみて驚いた。あの日消えたはずの外道の帯が消えずに残っているではないか。あれが残っているのならば、我々はいつでも人道に出入りできる、かつてお前たちの国は、わずか数十年で辺境国から人道世界の先進国にのし上がったそうだな。我々もそれにあやかりたい。今日も憲法制定議会では議員たちが議論の真っ最中だ。アームストロングとやらを真似て、簡単な水力発電も始めたぞ。この地は幸いにして水はふんだんにあるからな。ときに五部浄(ごぶじょう)、」
バルナは先生の方を振り返って言う。
「お前は言っていたな。かつて遠い前世で、東京の礎となった江戸という街の開闢に携わったことがあると。お前の経験を活かして、私に協力してほしい。シャングリ・ラを真の仏国浄土となすために、力を貸してほしいのだ」
「御意」と、先生は恭しく一礼すると、
「阿修羅の王国は、須弥山の北、三柱の青龍に守られた金色の大海の中に存すると古来より仏典に書かれております。人道の『須弥山』とはすなわち富士山。『三柱の青龍』とは富士北麓の関東山地より流れ出ずる相模川、多摩川、荒川。そして『金色の大海』とは、」
先生はそこで試すようにバルナの顔を見た。するとバルナは小さく苦笑いを浮かべた後、
「金鉱か?」
「さすがはバルナ様。既に掘り当てられましたか。人道側からは甲斐武田から江戸開府の時代までに掘り尽くされた関東山地の金鉱。されど修羅道側の時空には未だうなるほどの金が埋まっていることでしょう。これぞすなわちバルナ様の公国をして仏国浄土たらしめる金色の大海。人道との交易にあたり先立つものがあるのならば、何も恐れることはございません。この五部浄、余生をかけて浄土開闢に尽力する所存にございます」
それを聞いてバルナは満足げに頷くと、続いて水戸さんの方を見た。
「水戸玲耶、サカラの話では、お前は旅に出るそうだな」
「はい。世界の人々に自分の歌を届けるには、英語を学ばねばなりませんので」
「だが、人道はいよいよ末法の極みへと突き進んでいるという話ではないか。だから言っただろう。あの時、虫を退治せず野放しにしたからそうなったのだ」
「やむを得ません」
水戸さんは小さく首を振った後、顔を上げて力強く言う。
「あの時、あの人を殺めることであの虫を退治した方がよかった、と言い出す人がいるとすれば、まさにその人の心に再びあの虫は宿るでしょう。あの虫はそれくらい厄介な存在なのだと思います。もしも争いのない未来が訪れたとしても、誰かが泣いていては意味がありません。辛抱強く、そのことを人々に語りかけていくしかないと思うのです」
「相変わらずひどいお人好しだ」
バルナは頭を振りながら苦笑すると、
「末法の衆生に、お前の言うことが通ずると思うのか?」
「思っていません」と水戸さんは即答する。
「言うことが通じなくてもいいのです。大切なのは、相手の実像を決して否定しない姿を相手に見せていくことです。人は変わりうるし、私が間違っていることだってあるでしょう。人はそれぞれ異なるのですから、私の言うことをそのまま鵜呑みにするのも違うと思います。『仏法(ダルマ)』が私とともにあるなどとは畏れ多くてとても思えません。『仏法』は常に私たちの『あいだ』にあるのだと思います。だから相容れぬ者との間にこそ、そこに『仏法』が存在することの証として、まず『ぬくもり』をおくことが大事なのです。そうすることで、」
バルナが立ち止まって振り返る。そして水戸さんは少し悪戯っぽい笑みを見せて、
「私たちの時空も、こうやって繋がることができたじゃないですか?」
バルナはしばらく水戸さんを凝視していたが、やがて、ふっと鼻を鳴らして、
「勝手にするがいい。だが、もしもお前が尾羽打ち枯らして帰って来たなら、我が国をお前の第二のシャングリ・ラとして用いるがよいだろう。この国は未だ文明の曙の中にあるが、その代わり末法の諍いも疫病もまだない。戦で故郷を追われた人道の者どもも喜んで受け入れようぞ。たとえ人道がこの先、滅びの道を歩むとしても、この国を龍華(りゅうげ)の地となし、もう一度正法(しょうぼう)の世を築けば良いのだ。お前たちが人前で存分に音楽を奏でたいのなら、この地に客を呼び込んでやればよい。ここなら疫病の憂いなく、思うままに歌い騒ぐことができる。そしてお前が旅に出ている間は、」
バルナは水戸さんをきっと睨みつけて、
「私がA&D8を率いる。お前などには、」
そしてバルナはくるっと背を向けて歩き始める。
「負けん」
それを見て、水戸さんはクスッと笑い声を漏らす。
「水戸玲耶」
背を向けたまま、バルナがまた口を開く。
「お前はかつて……」
「はい?」
「いや……いい」
バルナは小さく首を傾げ、少し早足になって歩みを進める。
「さあ、見えてきたぞ。あれが我が公国の国民だ!」
バルナは岸に向かって大きく手を振る。湖岸にはささやかな木造のステージが拵えられ、その周りに数十人の人々が集い、バルナと自分たちに向かって、一斉に青いペンライトを振っている。
「ペンラ、あれだけ揃えるの大変でさ」
沙羅が小さく頭を掻く。
「それで第一部見られなかったってわけ。でも、何たってバルナのメンカラだもの」
「お前の色でもあるぞ」とバルナが言う。
「今や人の身たる私は、もうお前たちを取り込むことはできない。だが音楽では我らは常に三面六臂にして一心同体」
「……え?」
目を丸くする沙羅の頭を、先生がポンと叩く。
「青といえば、」と、ファルークさんが口を挟んできた。
「Shangri=la現リーダーのメンカラも青ですね」
「あいつにも負けん」
そう言い放ってバルナは橋を渡り終わり、己が公国の地面へと力強く降り立った。その瞬間、シャングリ・ラの国民たちの間に盛大な拍手が巻き起こる。皆バルナと同年齢か、少し上か下の者ばかりだ。阿修羅と人間の混血があり得た時代に生まれ、今元服を迎えた世代ということだろう。この国は、極めて若い国ということになる。
「さあ、彼ら彼女らに音楽を聴かせてやってくれ。サカラの協力でとりあえず最低限のものは揃えた」
バルナはそう言ってステージを指差す。そこにはドラムセットとキーボード、ベースギターと簡易なアンプセットが既に備わっていた。バルナはこのために水力発電を急いだのではないか、とすら保には思える。
「六道全てに通ずるこの地で我らが王道の音楽を奏でるなら、それは六道全てに響き渡るだろう。かつて修羅道の辺境だったこの国を、三千世界の先端となすのだ。そして、いずれはあまねく六道の衆生を招くため巨大なスタジアムを……ん? どうしたヤクシャ?」
バルナは少し困ったような笑顔を浮かべながら、保の顔を覗き込んだ。
「さっきからずっと狐につままれたような顔をしているぞ」
「そりゃ、そうだよ……話が……デカすぎる……」
「暗示の外に出ろ。私たちには未来がある」
バルナはニヤリと笑い、
「人間の一生は短い。暗示に囚われている暇はない」
そう言って勢いよくステージに駆け上がる。この一年、この若き王は変わり続ける勇気と、変わらぬままそこにある真理を携えて、社の向こう側に生きていたのだ。「希望」とはまさにこのようなものなのではないか、と保は思う。
「では、まずは私が水戸玲耶の露払いをつとめるとしよう」
王の言葉に、国民達の間から盛大な歓声が巻き起こった。
「皆、サカラの曲は練習してきたな?」
「もちろんにございます」
恭しく一礼した先生に続き、ファルークさん、ナラキンさん、翼が続々とステージに上がっていく。
「ん? ヤクシャはどうした?」
呆然と佇んでいる保を見て、バルナが首を傾げる。
「いや、楽器を向こうに置いてきちゃって……」
「国孫様なら足元にいるじゃない?」
沙羅の言葉に足元を見ると、既に国孫様が保の足をよじ登り始めている。
「うわあっ!」
保の突拍子もない大声が響き、一同に笑いが巻き起こる。やがて国孫様は保の上身に絡みつき、阿修羅琴の形をなした。
「よし、これでヤクシャは揃ったな。まさに『三柱の龍』だ」
バルナはそう言って三人の龍衆を愛おしげに見回した後、保がステージに上がるのを見計らって勢いよく指を鳴らす。ファルークさんのシンバルがチッチッチとリズムを刻み、
真っ青に照らされた清浄の地に向かって、バルナは力強く歌い始めた。
SHANGRI=LA starts with (℃-)U!!!
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