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私だけの呪文 #同じテーマで小説を書こう

気持ちを落ち着かせたい時。
張り詰めた気持ちを、ふっと緩ませたい時。
不安や迷いで心がいっぱいになってしまった時。

わたしは、ひいおばあさまの肖像画の前に立つのです。
それは、わたしだけのちいさな儀式。

ひいおばあさまとわたしは、瓜二つ。
「まるで生まれ変わり」と言われるのだけれど、性格はまるで正反対。

好奇心旺盛で明るく、活発だったというひいおばあさま。
引っ込み思案で人見知り、本ばかり読んでいるわたし。

ひいおばあさまは、女性が学ぶことすら困難だった時代に皆の反対を押し切って、外国へ留学なさったのですって。

お父さまやお母さまと離れて、何か月も船に乗って、言葉も通じないよその国へ行くなんて!
なんて勇気がおありだったのでしょう。

そっくりなのに、そんな勇気を持ち合わせていない自分が恥ずかしくて、肖像画の前では俯いてばかりだったわたし。

けれど、屋根裏部屋で見つけたひいおばあさまの日記を読むうちに、その気持ちは変わっていったのです。

旅の途中に見たもの、出会った人々、食べたもの。
好奇心旺盛なひいおばあさまらしい、生き生きとした言葉で綴られた日記。

美しい物語のようでわくわくしながら読み進むうち、異国で暮らす不安や将来への悩み、迷いまでもが赤裸々に綴られていることに、とても驚きました。

眩しい気持ちで見上げていた肖像画の少女も、日々迷い、悩んでいた。
そうわかって、急に身近になった気がしたのです。

同じ血が流れているんですもの。
わたしだって、何かできるはず。
そんな勇気が湧いて、少しずつ外に出かけるようになりました。

そんなある日、日記の中に不思議な言葉を見つけました。
それが何なのかさっぱりわかりません。
でも、文字を見ていると、上気した顔で笑う少女が今にも飛び出してきそうでドキドキするのです。

「きっとひいおばあさまの心を掴んだ、何かとても魅力的なものだったに違いないわ!」
そう思った私は、以来、この言葉を唱えるようになりました。

心を強く持ちたい時。
勇気を胸に進みたい時。
誇り高くありたい時。
顔をあげ、背筋を伸ばして、深呼吸をひとつ。
準備ができたら、心の中でそっと唱えるのです。
「シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム!」

意味なんかわからなくても大丈夫。
言葉に宿ったひいおばあさまの記憶が、流れている同じ血が、私に力をくれる。そう信じていたのです。

こうして、この不思議な言葉はわたしだけの呪文になりました。

「ヨーグルタム!ヨーグルタム!」

「シュピナートヌィッ!」

「サラートス!」

「ヨーグルターーーム!」

「かあさま、まだなの?早く、早く!」

お腹を空かせた子供たちが待ちきれずに叫んでいます。
日曜日の朝の、いつもの光景。

あの不思議な呪文が、まさかヨーロッパの定番の朝食だったなんて。
朝ごはんの名前を、魔法の呪文だと思って唱えていたなんて。
結婚して、この国で呪文の本当の意味を知った時は驚くやらおかしいやら。しばらく笑いがとまりませんでした。

さぁ、今週も無邪気に呪文を叫ぶ子供たちのためにシュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムを作りましょう。
真剣に呪文を唱えていた、あの日の自分に思いを馳せながら。

おしまい 

こちらの企画に(こっそり)参加させていただきました。

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