「生霊わたり」読了
「生霊わたり」
クロニクル千古の闇シリーズ・2作目
ミシェル・ペイヴァー=作
さくま ゆみこ=訳
酒井駒子=画
ちなみに「いきりょう」ではなく「せいれい」。
いきりょうわたりって、急にホラーなの?と思ったのは内緒。
あらすじ
精霊の山から戻り、ワタリガラス族とともに暮らしていたトラク。
そんな中、奇妙な病気が流行り始める。この病に父を殺した「魂食らい」が関わっていると知ったトラクは治療法を知る魔導師を探してひとり「深い森」へ向かう。しかし、モリウマ族によって森から追い出され、西へ向かうよう告げらる。辿り着いた海でアザラシ族の少年たちに捕らえられ、アザラシ島へ連れていかれる。
一方、山に残ったウルフは群れで暮らしながらトラクを忘れられずにいた。トラクの危険を察知したウルフは、山を下りてトラクを探す。
ワタリガラス族の少女・レンもトラクを追いかけて旅に出る。
トラクとウルフ、レンは再会できるのか。
トラクを執拗に追いかけるトコロスとは何者なのか。
そして、奇妙な病を治す方法はあるのか。
山から海へと舞台を移しトラクの旅は続く。
※以下ネタバレあり
自然、他の命への畏怖と尊敬
トラクが友だちだったはずのイノシシに襲われ、やむを得ず殺す場面がある。傷を負ったトラクは、それでも懸命に巨大なイノシシの死骸を敬意をもって扱おうとする。
これまで生きてきた中で、肉を必要としないのに獣を殺したことは一度もなかったのだ。友達を殺したことも一度もなかった。
狩の聖なる掟に従えば、傷を負わせたならどこまでも追ってとどめを刺さなくてはいけないのに。
森に生かされ、他の生き物と共に生きる。
そんな生き方や命の扱いがよくわかる文章だ。
いたずらに苦痛を与え続けない。何一つ無駄にしない。
それは、自分が生きるために奪った他の命を畏れ敬う行為。
食べるために動物を育て、殺し、そのことすら忘れて山のような食料を廃棄する。自然を守るために代替可能なエネルギーを、と言いながら山を切り拓いて太陽光パネルを設置する。そんな現代人の傲慢と矛盾を今回も考えさせられた。
山で父親と生きてきたトラクは、山での基本的な生き方やしきたりは熟知している。しかし暮らしていた森から一歩出ると、同じ「森」にも知らぬことがあり、ましてや海のこととなると何も知らず何もできない。
現代の日本では、全国どこへ行っても生活環境はさほど変化しない。
太古の暮らしでは、環境が変わると必要な生きる力・知恵も変わりそれが命に直結していたのだという当たり前のことに愕然とした。
未知のものを恐れる。自分たちの生活を守るため余所者を嫌い、違いを排除しようとする。それはきっと人間の防衛本能。それでも互いの違いや価値観を理解し合おう、受け容れようとする柔軟な少年たちの姿に、人間だって捨てたもんじゃない。と思う。
深まるトラクとウルフ、レンの絆
ワタリガラス族との暮らしでも寂しさを拭えないトラクは、夜毎遠吠えでウルフに呼びかける。ウルフは、群れの暮らしとトラクとの絆の板ばさみに。しかし、トラクが助けを求めていると知ったウルフは迷わず山を下りる。
互いがそばにいない寂しさ。一緒に過ごした時間のあたたかな記憶。離れていても互いを思う気持ち。そばにいられる喜び。種を越えて育まれた絆の強さが痛いほど伝わってくる。特にラスト、悲しみに暮れるトラクに寄り添うウルフの姿と確信には胸を打たれる。
一方、その絆を目の当たりにするレンの疎外感や寂しさが、人ならぬ者と心を通じ合わせるトラクの(今後も続くであろう)孤独を表してもいるようで切ない気持ちになる。それでも、この旅で言葉が通じないながらもウルフとの絆を育み、トラクとの友情を深めたレン。彼らの関係が、この先さらに強くかけがえのないものになるよう願わずにはいられない。
生霊わたりとは
魂を解き放ち、他者の肉体に入り込むことができる者。入り込んだ肉体と同じように見聞きし、感じることができる。魔導師に代々伝えられてきた神秘中の神秘。魔導師が一生をかけて手に入れようとする力。
少しずつ解き明かされる謎
ワタリガラス族の族長フィン=ケディンによると、トラクの父はオオカミ族の魔導師で、その兄(トラクの叔父)テンリスはアザラシ族の魔導師。彼らはともに「魂食らい」の一員だった。トラクの父はその後袂を分かち「生霊わたり」である息子トラクを守るために森の奥深く暮らすことを選ぶ。
弟の裏切りを許せなかったテンリスは悪霊付きの熊をつくりトラクの父を殺させた。そして熊を葬った者をおびき出すためトコロスをつくり、病を蔓延させたのだった。
魔導師と生霊わたり・その光と闇
魔導師を嫌っているのに、その役割を自然に果たしてしまうレン。
自分が「生霊わたり」であることに戸惑ったまま「魂食らい」を滅ぼそうと決めたトラク。
これから彼らはさらに自分が何者であるかに迷い、探り、成長していくのだろう。
テンリスに惹かれ、彼が黒幕と知っても憎みきれないトラク。
それは単に血の繋がりを嗅ぎ取っただけでなく、無意識に「異端者ゆえの孤独と闇」に共感したからではないか、と思う。
強大な力は、光や希望であると同時に深く大きな闇でもある。
トラクの中に眠る闇が今後どのように発露するのか。
自らの闇とトラクはどう対峙するのか。
そこに光と闇の扱いに長ける魔導師の素質を持つレンがどう関わるのか。
「兄貴を助け悪霊と闘うのが自分の役割だ」と確信したウルフの存在が、どれほどのふたりの力になることか。
種族を越え、種を越えて理解し合い強固になってゆく彼らの関係とそれぞれの心の旅が今後も楽しみである。
それにしても、トラクに絶大な信頼を寄せるウルフが可愛くて仕方ない!