ひなの巣にて(秋)
5本のピンセットをきれいに洗い、銀色のトレイに載せ
滅菌装置の棚へ置く
お煎餅の工場2階にある吹寄せを作る部署 通称「ひなの巣」
ここでは退出する前にこの作業を行う
帰り際、扉近くに座っている小田さんへ挨拶をすると
「おう」と言いながら片手を上げる
メガネの上からスコープをつけ、さとう菓子を仕上げている
白く練り上げたお砂糖でキノコの内側にあるひだを一本ずつ描く
作業を邪魔しないよう静かに扉を閉める
外へ出ると霧雨が降っていたので自転車のスピードを上げる
久しぶりに河原へ行ってみたくなり、橋を目指す
橋の上から流れる川の様子を見つめ
吹寄せの中に入れられなかった
せんべいやあられのかけらを取り出す
支流から源流へ流れ込む川の様子を見つめる
手のひらから砕けたおせんべいのかけらを
散骨するようにまく
白いせんべいが空中で散らばっていく
川へ落ちたせんべいを鳥たちが見つけて近づく
支流から流れ込む川の水は渦を巻き
せんべいはあっという間に流される
追いかける鳥も、せんべいも橋の下へ吸い込まれていく
深くため息をつき、自転車に乗る
街頭の下で考え事をするには明るすぎる
さるすべりの花が終わるこの季節は
この様な供養に向いている
明日からはひなあられの準備に入る
毎年、同じ時期に始まる作業。
少しずつ歳月は流れるけれど
出来上がるひなあられは
毎年同じ仕上がりを目指す
すっかり濡れたカーディガンを脱いで自転車を飛ばす
あなたの待つ部屋へ急ごう