移動するという事
踏切を渡る
桜の木は葉を赤く染めているだろうか
線路沿いに生えていた桜の木
桃月堂のおせんべい工場から
離れて半年が経つ
桃月堂の吹き寄せを作る部署
通称「ひなの巣」で吹き寄せを作っていたが
4月に部署移動となったのだ
地下鉄の改札を出て
階段を登る
大通りを右に曲がり
小さなうらみちを歩いて行く
古びたエレベーターに乗り
三階のボタンを押す
白いドアには四角い窓ガラスがはめ込まれ
そこにはマーケティング企画部と書かれている
覗き込むといくつものパーテーションで区切られた迷路が広がる
移動が決まった日
貨物列車を眺めながら
窓ぎわの席だったらいいな
そう一言もらした言葉を
小野さんが聞いていたらしく
ハジメさんに伝えていたことをあとで知る
窓からは
向かいのビルが見えるだけで
あとは灰色の空や大きなビルが見えるだけ
もう貨物列車は見えない
春先に提案した
吹き寄せのテーマが好評だったから
移動の話が出たんだ
ひなの巣の休憩室で
ハジメさんがそう話してくれた
サブレだろうか
ぼんやり考えていたら、
カラフルなお花のウエハースの事だと
教えてくれた
すみれ色の薄いウエハース
先週の台風が通り過ぎてから
パッとしない天気が続く
公園のベンチで休憩をしたい
そう思いながら
来週視察予定のお店リストを作る
甘くない吹き寄せ
塩味のサブレを入れた吹き寄せが作りたい
そんなオーダーもひなの巣から来ている
カモメもだいぶ見ていないな
鳴き声も思い出せない
夏に海へ行けなかった事が今ごろ悔やまれる
ハジメさんはひなの巣で海水浴へ行くから
一緒に行こうよ、って誘ってくれた
夜は花火もするよ?って
もう移動したからといって断ったけれど
行けばよかったな、海
しおかぜに、若潮
ビュー踊り子
乗りたいな、特急
地下鉄南北線と東西線が交差する
飯田橋駅の連絡通路
前を歩く女性は、枝の様に細い足にぶかぶかのスキニー
きれいなショッキングピンクのスキニーを履いて歩いている
ベージュのエナメルの足元をみつめる
ヒール、疲れちゃったな