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頭の悪い人~ひとりぼっちのあいつ~ (エッセイ)

 皆さんはご存じだろうか?

 このところ、ネット界隈で話題を集め、ウイルスのごとく、拡散されまくっている「あいつ」の存在を。

 そう。

「頭の悪い人」のことである。



 名前がわからないので、わたしは勝手に”nowhere man”と呼んでいた。ビートルズ好きの人なら知っている、「一人ぼっちのあいつ」だ。



 今回の記事執筆にあたり、彼(彼女?)の名前を調べてみて、「頭の悪い人」という名を冠されていることを初めて知った。

 なんだろう、「頭の悪い人」って。頭が悪そうだから、「頭の悪い人」って。そのまんまである。そのまんま東である。さすがにネーミングが雑すぎる。作品に対する制作者の愛情のなさが滲み出ている、というか、溢れ出過ぎていてさすがにやばい。他に何かあったのではないか。

 太郎とか、次郎とか、あるいは今流行のキラキラネームをつけるとか。他にやりようはあったはずである。

 それでも、そんな作者の適当っぷりとは裏腹に、「頭の悪い人」は、ネット上で徐々に市民権を獲得していった。いまや、「頭の悪い人」をツイッターのアイコンにしている人も散見される。

 まあ、納得できないわけではない。なぜなら、「頭の悪い人」には、不思議な魅力があるからだ。一度見たら忘れられない、インパクトがあるからだ。

 黒い丸を三つ重ね合わせたディズニーのアレとか、リンゴの欠けたアップル社のロゴマークとか(※)。ある種、デザインとして完成された感がある。
※画像を載せたいのは山々だが、高笑いをしたミ〇キーに消されるのだけは御免である。読者は各自頭の中に、大小三つの「●」が組み合わさったロゴを思い描くように。


 一見するとシンプルなのだが、非常にデザイン性が高く、印象にも残る。あるいは、シンプルだからこそ、完成されているともいえる。

 ネット上でも似たような着眼点を持った人々がおり、中には黄金比になっているだとか対数螺旋比だとか、適当なコトを抜かす輩も出てきているようである。「頭の悪い人」には、数学的に裏付けされた美しさがあるのだと。わたしも世の大多数の一般庶民同様、数学の知識を持ち合わせていないため、その説の正当性を判定出来ないのが悔しいところではある。

 ただ、螺旋比云々は置いておくにしても、そこに「なにか」があることはわかる。美の存在、あるいは、ただならぬ狂気の存在。人を惹きつけて止まないなにかの存在を、確かに感じることが出来るのである。それを感じたからこそ、わたしは「頭の悪い人」を記憶していたのだし、ネット上の住民も、それを話題にしているのだろう。

 なんというか、人間が作ったというよりは、元からそこにあった、という感じだ。彫刻師なんかはよく、作品を作る時の感覚を「素材に埋もれていたものを取り出す」と評したりするが、「頭の悪い人」はそれに似ているのかもしれない

 黄金比なり、対数螺旋比なりの法則に従い、「頭の悪い人」は太古の昔から世界に存在していたのである。誰かに掘り起こされるのを、いまかいまかと待ち構えていたのである。制作者は、それを掘り起こしただけだ。

 そんな風に感じてしまうほど、「頭の悪い人」は完成された傑芸術品なのだ。

 もし外国人に「頭の悪い人」を説明する機会があるのなら、わたしは迷わず”masterpiece(傑作)”と説明したい。間違っても”fool(愚か者)”とか”idiot(馬鹿者)”とか、つまらぬ直訳調で片づけてはいけない。「頭の悪い人」は、二十一世紀の日本人が見つけ出した、"master(カンペキ)なpiece(作品)"なのである

 今後、「頭の悪い人」がどのように世界を駆け巡るのか? 来年の今頃、すっかりその存在を忘れられているのか、あるいはパリのルーブルにでも飾られているのか。誰一人知る由もない。

 ちなみに、今回はオチも結論も何もない。

「頭の悪い人」について書き進めるうち、思わず熱くなり過ぎた。完全に着地点を見失ってしまったようだ。しかし、そんな些末なこと、もはやどうでも良い。

 どうやら、完璧な芸術というものは、観る者の判断力を奪い、「馬鹿者」にしてしまうようである。(軟着陸)


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