地域別最低賃金は毎年の引上げが加速、今後も期待できそう。地域間格差の縮小が今後の課題。
今年は、実質的な賃金の上昇が実現するか、つまり物価の上昇率を上回って賃金が増加するかという観点から、春闘での賃上げの動きが注目されています。
新型コロナ感染症によるパンデミックがおさまり、停滞していた経済が急回復し需要が拡大しました。この間に、ロシアのウクライナ侵攻が始まり、原材料やエネルギーの供給不足が重なったことで、物価が急上昇し、私たちの日常生活を脅かし始めました。構造的要因として、少子化に伴う人手不足もあり、企業では人件費を引上げざるを得ず、その一部を商品・サービス価格に転嫁するため、物価の上昇に拍車をかけています。
こうした時代背景を受けて、都道府県毎に定める最低賃金(時給)も大きく引上げられています。一番上と二番目の図表をみてみましょう。最低賃金の全国加重平均では、2023年度は前年度比+4.5%増加し時給1,004円となり、初めて1,000円を上回りました。2024年度は伸び率がさらに拡大して+5.1%増加、時給1,055円となりました。
石破首相は、2020年代中に時給1500円達成を目指すと表明しています。時給1500円を2029年度までに達成するためには、毎年年率+7.3%の伸びが必要です。実態経済に比べて、あまりに高い伸びを目標としていることで、本当に実現可能なのかという疑問もあり、また、どこかで歪みが生じ新たな問題を引き起こすのではないかと心配になりますが、今後も大幅な引上げは続くと予想されます。
さて、三番目の図表にあるように、最低賃金(時給)は都道府県によって異なります。高い順では、東京、神奈川、大阪、埼玉、愛知、千葉と続きます。3大都市圏が全般に高くなっています。
最低賃金は、「最低賃金制度」によって定められています。最低賃金制度とは、「最低賃金法」に基づき、国が賃金の最低額を定め、使用者はその最低賃金額以上の賃金を労働者に支払わなければならないとする制度です。
「最低賃金制度」は、労働者の生活水準の保障、公正な競争の確保、労働力の質の向上、そして社会全体の安定という、多岐にわたる目的を達成するために設けられた制度です。
国が「最低賃金法」を制定したのは65年も前のことです。戦後日本では、経済成長に伴い、労働条件の改善が社会的な課題となっていました。特に中小企業や農村部などで低賃金の労働者が多く、不当な低賃金から労働者を保護する必要がありました。
1959年に、労働者の生活水準の向上と社会の安定化を目的として、「最低賃金法」が制定され、1968年に初めて「最低賃金」が適用されました。当初は一部の産業や地域から段階的に導入を開始し、その後、徐々に全国に拡大されました。1980年代に地域ごとの最低賃金制度が整備され、現在の「地域別最低賃金」と、特定の産業に特化して産業の活性化や労働者の待遇改善を目的として、関係労使の申出に基づいて決定される「特定最低賃金」の仕組みが形成されました。1990年代以降は、労働基準の国際的基準(ILO条約など)を踏まえ、最低賃金額の引上げや適用範囲の拡大が進みました。国内では、バブル崩壊後の非正規雇用者の増加により、より幅広い労働者を保護する必要性が高まりました。
「最低賃金」を定めることで、労働者が最低限の生活を送れるように保障し、労働者のモチベーション低下や労働環境の悪化に繋がらないように、労働条件の改善を促し、労働者の働きがいを高めています。
雇用主が市場競争やコスト削減を理由に、労働者に過度に低い賃金を不当に支払うことを防ぐ目的で、公正な競争の確保も狙いの一つです。最低賃金を設けることで、労働者が搾取されるリスクを軽減します。労働市場には、交渉力の差や情報の非対称性があります。特に弱い立場の労働者は、十分な賃金交渉を行えない場合があります。最低賃金制度は、こうした不平等を是正し、公正な労働条件を実現する仕組みです。
労働者の生活が安定し、労働意欲が高まることで、労働生産性の向上に繋がり、労働者の購買力が向上することで、経済全体の活性化に繋がります。社会全体に対しては、低賃金による貧困を減らし、労働者間の賃金格差を是正し、より公平な社会の実現を目指しています。
なお、労働者に支払われる賃金のうち、最低賃金の対象となるのは、毎月支払われる基本的な賃金です。残業代やボーナスは含まれません。
日本の最低賃金制度の特徴は、地域ごとの経済状況や物価水準などを考慮した「地域別最低賃金」が採用されていることです。これにより、持続可能な経済と社会を構築することを目指しています。
「地域別最低賃金」はどのようにして決められているでしょうか。地域別最低賃金は、全国的な整合性を図るため、毎年、政府の機関である「中央最低賃金審議会」から、都道府県の労働局に置かれた「地方最低賃金審議会」に対し、金額改定のための引上げ額の目安が提示されます。地方最低賃金審議会では、その目安を参考にしながら地域の実情に応じた地域別最低賃金額の改正のための審議を行っています。
地域別最低賃金は、「労働者の生計費」「労働者の賃金」「通常の事業の賃金支払能力」を総合的に勘案して定められています。「労働者の生計費」を考慮するに当たっては、労働者が健康的で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、2007年の法改正で「生活保護基準との整合性」が明記され、最低賃金額が生活保護を下回らないよう配慮されるようになりました。
最低賃金額より低い賃金で契約した場合はどうなるのでしょうか。仮に最低賃金額より低い賃金を労働者、使用者双方の合意の上で定めても、それは法律によって無効とされ、最低賃金額と同様の定めをしたものと看做されます。使用者が労働者に最低賃金未満の賃金しか支払っていない場合には、使用者は労働者に対してその差額を支払わなくてはなりません。地域別最低賃金額以上の賃金額を支払わない場合には、最低賃金法に罰則(50万円以下の罰金)が定められています。
現在では、最低賃金は毎年引上げられており、特に近年では働き方改革や物価上昇に伴う引上げが加速しています。一方で、三番目の図表でみてわかるように、都市部と地方の最低賃金の地域間格差が存在しているため、地方から都市部への人口移動の一因ともなっています。地域間格差の縮小が課題となっています。