パート労働者の厚生年金への加入促進策は、第3号被保険者制度の将来の廃止に向けた第一歩?
現在の公的年金制度は、1985年の年金改正法で導入された仕組みを基に、2022年度には、6744万人の被保険者が年間41兆円の保険料を負担し、国庫負担13兆円と合わせて、3975万人に対して年間53兆円の給付が行われており、老後の所得保障の柱として重要な役割を担っています。
2024年12月24日、5年に一度の年金制度改正に向けた厚生労働省の社会保障審議会年金部会の報告書案が示されました。2025年の通常国会での法案提出を目指しています。その中で提示された、ライフスタイル等の多様化を反映した働き方に中立的な制度の構築を目指す、パート労働者の厚生年金への加入拡大案について触れます。
10月の衆議院選挙では、国民民主党が「手取りを増やす」政策を主張していました。「基礎控除等を103万円→178万円に拡大」するというものです。「103万円の壁」とは、年収が103万円を超えると所得税がかかるため、その基準を178万円に引上げることで、これまで払っていた所得税が軽減されその分だけ手取り額が増える効果と、就労抑制していたパート労働者の働くインセンティブを引上げる狙いがあると思われます。
パート労働者は、例えば企業に勤める夫を持つ専業主婦であれば、夫が厚生年金の第2号被保険者ですので、第2号被保険者に扶養されている配偶者は第3号被保険者となります。第2号被保険者の負担した保険料が夫婦で共同負担したものとされています。第3号被保険者は、企業規模にもよりますが、106万円未満の年収であれば、自ら社会保険料を納付する必要はなく、高齢になれば、毎年、老齢基礎年金を受給できます。「負担なき給付」と呼ばれています。このため、専業主婦でパート労働を希望する人は、第3号被保険者に止まるよう年収を106万円未満に抑えようと就労抑制しがちです。これが「106万円の壁」です。
法人企業の正社員であれば、厚生年金への加入が義務付けられています。パート労働者が厚生年金に加入する際の要件については、上記の図表のような要件を全て満たすと厚生年金への加入義務が生まれます。
逆に言えば、専業主婦が上記のような要件を満たさないようにすれば、第3号被保険者に止まれるのです。専業主婦が、パート労働者として、企業規模が従業員50人以上の企業で、2か月を超えて働きたいのであれば、①所定労働時間を週20時間未満に抑えるか、②所定内賃金(基本給+手当)を月8.8万円(年収106万円)未満に抑えればよいのです。結果、「働き損」を避けるために、余力があるのに働かないというのが、合理的な選択肢になってしまいます。
2022年現在では、第3号被保険者の約4割がパート労働者として就労しています。その中で、週の平均的な労働時間は、20 時間以上30時間未満が約3割、20時間未満が約6割となっています。この6割の人が就労抑制している可能性があります。
今回の5年に一度の年金制度改正では、所定内賃金と企業規模の要件を撤廃するよう提言しています。「106万円の壁」を撤廃する提言です。所定労働時間の要件だけが残り、週20時間以上の人は厚生年金への加入を義務付ける内容となっています。これにより、パート労働者は、年収106万円に抑える意識はなくなり、第3号被保険者に止まるためには、所定労働時間を週20時間未満に抑えることだけを意識することになります。
時給の高い都市部では、第3号被保険者に止まり、かつ年収を引上げるために、パート労働者の多くが週20時間ギリギリまで働くことになるでしょう。大きな企業の少ない地域では、企業規模の要件撤廃で、所定労働時間を抑えず、社会保険料を納付しながら働く人が出てくるでしょう。こうした改革の背景には、何があるのでしょぅか。
現在の厚生年金制度は、企業で働く夫とそれを家庭で支える主婦がモデルとなっています。企業に雇われた夫が第2号被保険者、扶養されている妻が第3号被保険者です。現在の第3号被保険者の多くは、過去には、多くの会社で寿退社を促す不文律があり、育児休暇などの仕組みがなく、保育所も十分に整っておらず、冷凍食品もない、電化製品も今ほど自動化されていない時代に、専業主婦として子育てをしてきました。自ら仕事に就くことを回避してきた訳ではなく、働きたくとも働けない社会環境がそうさせたのです。
第3号被保険者制度は創設から約40年が経過しましたが、この間に時代は大きく変わりました。共働き世帯が一般的となり、未婚や離婚した単身世帯が増加するなど、社会構造が大きく変化しました。昭和の時代をモデルにした社会保険制度は令和の時代にはそぐわなくなっています。
公平性の観点からみると、社会保険料を負担している共働き世帯・単身世帯や、第3号被保険者になれない自営業者の配偶者の不公平感が高まっています。また、第3号被保険者に止まるために、自ら就業抑制を行うインセンティブが働きます。特に、女性の就労意欲をゆがめ、女性の社会進出を阻害する要因の一つにもなっています。働き控えは労働力不足の一因となっており、人手不足の時代にも逆行しています。
5年に一度の年金制度改正に向けた議論の中でも、「第3号被保険者制度は、共働きの一般化や家族形態の多様化によって時代にそぐわない制度で、女性のキャリア形成を阻害し、男女間の賃金格差等を生む原因の一つとなっており、その役割は終えつつある。社会保険制度内の不公平感の解消や社会の担い手の拡大を図る必要がある」との意見が出されています。一方で、「第3号被保険者の中には、短時間労働者として働く者がいる一 方で、過半を占める非就業の中には、出産・育児や介護・看護のため、あるい は健康上の理由ですぐには仕事に就けない者など、様々な属性の者が混在しており、こうした人々に対する所得保障としての機能を有している」という意見もあります。議論のまとめとしては、第3号被保険者制度は既に時代に合わないものとの認識で、今後も縮小を進めていくことが基本的な方向性です。
今後は、将来の廃止に向けて議論されていくものと思います。将来的な第3号被保険者制度の廃止を展望した第一歩として、今回のパート労働者の厚生年金への加入拡大案が提言されたのでしょう。次回5年に一度の年金制度改革は2030年となります。激変緩和策も織り込んだ、もう一歩踏み込んだ提言がなされることでしょう。