見出し画像

理想のサッカー場を考えてみた


わずか一世代で環境が激変


 日本と海外のプロの試合が行なわれるサッカー場に足繁く通ってきた。先ほど数えたら72か所(海外57、日本15)である。半世紀前の1974年、本場のサッカーをどうしても見てみたい思いから初めて海外へ旅行した。フランクフルト空港に到着するやいなや、リュックサックを担いだまま近くのWaldstadionへと向かった。インターネットの無い時代ゆえ、チケットは当日券しか頼れなかったが、幸いにも窓口で購入できた。
 このスタジアムは昔も今もアイントラハト・フランクフルトの本拠地である。当時は陸上トラック兼用で、屋根は両スタンドの一部に設置されてるだけ。ゴール裏は全てが立ち見だった。
 その後、イングランド・スペイン・イタリアを回ったが、いずれも同じ印象を持った。観客席は大部分が立見席で占められ、椅子席を見渡せば「汚い、壊れてる、ゴミだらけ」、照明灯は薄暗く、ピッチはグチャグチャに荒れ放題。だから試合中、激しいプレーをする選手のユニフォームはあっという間に泥で真っ黒に変色した。当時はどこもこんな感じで、この状態がスタンダードだったのである。
 劣悪なハード面の環境が激変したのは、1985年に発生した「ヘイゼルの悲劇」をキッカケに立見席が排除されたこと、また20世紀終盤にW杯とユーロが規模を拡大して一気に整備が進んだことなどがあげられる。つまり、わずか30年足らずで欧州のスタジアムはあらゆる面で進歩を遂げたのだ。陸上兼用だった多くのスタジアムがトラックを取り去り、サッカー専用スタジアムへと生まれ変わった。
 芝生は1年中青々として鮮やかな色を発し、照明は昼間のように明るくなった。大きくて背もたれが付いた椅子の背面にモニターが設置されているところだってある。大変な変化である。例えて言うならば、60年代の旧車がエアコン・カーナビ・パワステを装備した最新モデルへと進化して、高速道路を80kmでしか走れなかったのが楽々と250kmを出すようなものである。

1970年代のWaldstadion。74年W杯のために大幅に拡張された。
スタジアムは社交の場でもある。サッカーを介してたくさんのビジネスが動くのだ。(ミュンヘン、アリアンツアレーナ) ※著者撮影
VIPラウンジを持つことは企業のステータス向上に繋がる。(シャルケ04) ※著者撮影

傾斜角は40度前後がもっとも見やすい 

 70年代から始まった「三菱ダイヤモンドサッカー」を欠かさず見ていた私は、試合内容よりもテレビに映し出される画面の「領域」に強く惹かれた。どういうことかというと、日本での中継がピッチ全体を「広く、遠く」映しているのに対し、欧州のそれは「狭く、近く」なので臨場感というか迫力が段違いなのだ。日本の中継では、向こうとこちらの両サイドラインを映しこむものだから、選手の姿は豆粒くらいなってしまう。こうなると背番号も分からない。
 なぜ欧州のテレビ映りが優れているのだろう? 徐々に分かってきたのは、カメラブースがスタンド上部にあって、そのスタンドの傾斜角度が鋭いため、急坂を上から俯瞰するような構図になるということだった。また選手の表情なり狭い局面での競り合いをアップで映し出すのは、長い歴史と実績を誇るヨーロッパ映画の文化的影響に由来するのではないかと想像している。(日本のテレビ局が求める画角については当然、彼我のサッカー文化の違いが根底にあるのは間違いないが、ここでは深掘りしない。)
 そんなド~デモイイ我流トリビアを頭の片隅に置いて、欧州のスタジアムを見て回ると、なるほど確かにスタンドの傾斜角度が半端なかった。
 2019年秋と2024年秋、5か国で観戦した際に、スマホの分度器アプリを使って角度を調べたのだが、上階はほとんどで39~40度を示した。スキー場は「30度を超えると垂直に見える」そうだから、40度は相当なものである。階段を踏み外そうものならあっという間に転がり落ちてしまう。
 傾斜角度については、こんな面白いサイトを発見した。清水エスパルス・サポの著者は三角関数を用いて測ったというから貴重な資料である。世の中、私以上に拘りの強い人がいるのだ。良かった(~o~)

※表は「蹴活クラブ」より引用。
こう見ると、日本のスタジアムも2層目の角度が鋭いのが分かるが、
もっとも考慮しなければならないのは1層目である。欧州基準だと28度以上である。
サンチアゴ・ベルナベウのスタンド。
この傾斜角度であれば前列の人の頭は視界に入らないですむ。 ※著者撮影
サンチャゴ・ベルナベウ最上段の傾斜角度。1階席から徐々に角度が鋭くなる。
エスタディオ・ベニート・ビジャマリン(ベティスのホーム)。
ここも最上段は39度を上回る傾斜角だった。
ホント~に見やすいのだよ! ※著者撮影
ユベントスのアリアンツ・スタジアムは最下段から最上段まで同じ39度の角度で設計されている。
またゴール裏のスタンドの一部分がパカッと開いて、整備用車両が通れる仕組みだ。※著者撮影

ひまネタ:大相撲本場所の土俵を参考にしたの?(笑)

 マンチェスターユナイテッドのオールドトラフォード。スタジアムツアーでピッチの手前まで行くと、他のスタジアムと違う点をすぐに発見できる。ピッチ全体が盛り土になっているのだ。盛り土式のピッチはイングランド特有の設計のようで、かつては他のクラブでも採用してたようだが、現在はマンU以外に見かけることがない。
 なぜこんな設計かというと、ひとえに「テレビ映り」を意識したからである。上方から撮影すると、ピッチの芝生の端っこが広告看板の下部とピタリと隙間なく合わさり、すこぶる見栄えが良いのである。
 だが写真を見て分かるように、この形状だとタックルで倒された選手がそのまま数十センチ下まで止まらずに滑り落ちて、勢いが付く分、重傷度のリスクも高まる。またアシスタントレフェリー(線審)も不意に後方へ下がると同様に転げ落ちてしまう。
 盛り土の維持と法面の手入れも難しいだろう。
 というわけで、間もなく建設にゴーサインが出ると聞く新スタジアムが完成の暁には、この大相撲本場所の土俵みたいなピッチもお目にかからなくなるだろう。 

個人的にはずっと残してもらいたいが……。

ピッチと観客席の間隔は「近ければ近いほど良し!」

 私が日本のスタジアムでつねに絶望感を味わうのは、ピッチと観客席の距離が遠すぎる点だ。とくにゴール裏が酷い。サッカー専用と謳ってる埼玉、フクダ電子アリーナ、ベスト電器、Nack5、ユアテック、ニッパツ三ッ沢、ヨドコウ桜、ノエビア神戸――。なぜあれほどまでにゴール裏のサポーター席を遠ざけねばならないのか不思議でならない。
 日本のスタジアムの設計思想にあるのって、1にも2にも「管理する側の都合の良さが最優先」ではなかろうか。事故を心配するあまり、イメージ的に"野蛮で荒っぽいサポーター"をとにかくピッチから遠ざけたいと思ってないだろうか? ここから「観客の満足度を度外視してでも、管理者の都合を優先する」発想が出来上がる。
 しかし考えても見てくれ。サッカーに限らず、どのスポーツだって見ている人間は熱狂するし興奮のあまり無茶も仕出かす。欧州各地で観戦してきた経験から言わせてもらえば、日本のサポーターなんて実に大人しくてマナーがよろしい。間違ってもフーリガンにはならない。
 フクアリのゴール裏は設計当初、今より10メートルも後方に作られるはずだった。これにはサポーターも「いくらなんでも遠すぎる」と強く抗議して、今の位置に戻されたと聞く。
 Jリーグ関係者は発足前から今まで数多くの海外のスタジアムを視察してきているが、果たしてどこまで本場の神髄を取りこめたであろうか。今年開場した長崎のスタジアムシティは「ピッチと観客席の距離が5メートルで、国内最短」だそうだ。これは嬉しいニュースである。
「最前列の観客が選手に触れそうな」距離感は訪れた観客をワクワクさせる。サッカー観戦の醍醐味は何と言っても非日常的な臨場感なのだから。

FCセビリャの「ラモン・サンチェス・ピスファン」
スペイン代表は大事な試合をここで行なう。圧倒的な声援により負けたことがないからだ。
この近さだからこそ、選手もプラスアルファの力を発揮できるのだ。 ※著者撮影
タイ・バンコックのポートFCスタジアム。
日本のスタジアムもこの距離感を真似てほしい。※著者撮影
1万2000人ほどの収容力。小さな街であれば十分なキャパだ。※著者撮影

専用スタジアムに勝るもの無し

 2枚の写真を見比べてほしい。上は川崎の等々力、下はユベントスのアリアンツ・スタジアムである。何がどう違うかは一目瞭然。説明は不要だろう。
 Googleマップで距離を測ったところ、等々力はゴールラインから客席最前列まで実に42メートルもある(国立競技場も同じ。陸上兼用は規格が決まっているため、この数字に落ち着くようだ)。
 対するアリアンツは7メートル。リバプールのアンフィールドに至っては4.9メートルもの近さである。これはアリアンツが観客席の前に広告看板のスペースを追加で設置してあるために生じた差である。
 40メートルも離れた場所からと、5メートルしかない近さでは観戦の感激の度合いが余りに違い過ぎる。私だったら例え「川崎フロンターレ対浦和レッズ」のチケットを無料で貰ったとしても、等々力のゴール裏なんぞでは絶対に見たくない。 

雨が降ると青いトラックが照明の光に反射してメチャ眩しくなるのも欠点である。
これほどの強豪、これほど地元で愛されるチームなのだから、早く専用スタを作ってあげて!
褒めどころ満載のアリアンツだが、トリノ駅からの往路のアクセスは
バスしかないため不便である。復路は目の前からトラムが出てる。※著者撮影


構造はシンプルに、観客席の通路は少なめに

 さてさて、あれこれと勝手に書き綴ってきたが、ここらあたりで結論を出したいと思う。
 私が考える理想のスタジアムとは次の5点を満たすものである。

①専用スタジアムである。
 異論は認めません!

スタンドとピッチが近い。とくにゴール裏が。
「最前列の観客が選手に触れそうな」距離感で。

③観客席の角度は1層で28度以上、2~3層で40度前後。
 
国立競技場は1層目が20度、2層目が29度、3層目が34度。おいおい、緩すぎないか…(-_-;)

④妙なデザインは不要。
 埼スタの丸っこい設計と、ヘンテコリンな形状の屋根って何なのだ! サッカーは長方形のピッチ。ならばそれに合わせてスタジアムも長方形に作ったほうが合理的だ。日本の国土は狭いのだから、余分な土地を使う設計は要らない。シンプル・イズ・ベスト!

⑤少ないブロック数と少ない通路。
 ブロックとは、通路と通路に挟まれた観客席の1ユニットのこと。バックスタンドのブロック数をカウントしたところ、ラインエネルギー(1FCケルン)は7つで、豊田スタジアムは25もあった。これはすなわち、それだけブロック間の通路が多いということであり、この部分は観客が座れないから、例えギッシリと満員に埋まっても、スカスカな印象を与えてしまう。
 ラインエネルギーは1ブロックに「最少」で24席だが、豊田は「最大」で10席だ。アカンなぁ… 

同規模の収容能力でもケルンはギッシリと埋まった感が強い。
だが通路ばかりが目立つ豊田はスカスカ感が漂う。※著者撮影
味スタも広島のエディオン(旧本拠地)も失格です!

一押しのスタジアム
 
 やっぱりサンチアゴ・ベルナベウでしょうね♪
 外観を銀色の金属で覆う未来的デザインへと大改修したけど、駅チカで便利だし、とても清潔。首都の中心部に立つ狭い土地を上手に使いこなしている。
 日本なら鹿島だけど、何せアクセスがメチャクチャ悪い。数年前のACL決勝戦では帰路のバスが立ち往生して、4キロを走るのに2時間もかかった(友人の話)。私は鹿島臨海鉄道に乗って帰ったのだが、こちらも絶対的に本数が足りないため酷い体験を味わった。

 大規模のスタジアムもいいけど、町とクラブとサポーターの理想的トライアングルを味わうのも非常に楽しいものだ。こんな環境でいつもサッカーを見れるのって堪らない幸福感だと思う。日本じゃ当面無理だけど……。

CDトレドはスペイン4部リーグ所属。下部には下部の楽しさがあるのだ。※著者撮影

<おまけ> ホンワカする観戦って大好きです♪
https://www.instagram.com/reel/DBJB4M4NeaA/?igsh=dXNkd2twMDVna2tp

(訳)ヒッチンタウンは1865年にヒッチンFCとして設立された。
チームは1871年の第1回FAカップに参加した15クラブのうちの1つであったことが知られている。ヒッチンFCは借金と本部の火災が原因で1911年に破産。しかし17年後、クラブは現在のヒッチン・タウンFCという名前で復活し、チームの愛称も「カナリーズ」に決まった。ロンドンからこのハートフォードシャーの町まで電車で30分強の距離である。

いいなと思ったら応援しよう!