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ぼくとおじさんと - 僕の一日

番外編⑤ 僕一日 ep.1

深夜目が覚めて、夜風を浴びようとベランダに立てかけた古い椅子に腰をおとした。
夜の闇に浮かぶマンション群が目の前にある。マンションの各階外廊下の蛍光灯が明るい。
目先のマンション下の街路灯が人のいない路地を寂しく照らしている。走る車のいない道路には交差点の信号機が、律儀に時を刻む時計のように交互に赤から青へと灯火している。
昼間の行き交う車の喧騒と人声の響きが街の吐息だとすると、寝静まった深夜の街は不気味なほど死んでいる。
僕は目の先に映る信号機を、気が抜けたように眺めていた。
平面交差の信号機は車両用に横に張ったLED光源の赤黄青の並び、歩行者用の信号機は上下に赤青の箱型が置かれていた。 
人も車もいない通路に二組の信号機が互角に置かれ、相互に順番に光源の色を出し照らしている。青信号というが実際は緑色だ。なぜ青信号と言うのだろう。イギリスでは正確に「ブルー」ライトなのだが。
目の前の人の通らない誰もいない交差点は、寝静づまった街角に三色の彩りを添えて静かに朝を待っているのだろう。
そうそう、今日は星が見えるのだろうか。頭をあげて天を覗き込むと向かいのマンション端にまん丸の月が浮かんでいた。晴れてはいるが、薄い雲に隠れて星はなかった。
以前、同じような場所に見た月は細い三日月だったが、あれからどのぐらいの時が流れているのか。丸く大きくなった月は、そばを流れる雲の間の間に重たそうに浮かんでいた。
月の表面が淡く見える。重たそうに見えたのは、そんな表情だったからだ。
月をながめながら僕は月と話をしていた。
そうか、宇宙では重さはないよな。
あるのは質量と重力だけか。まてよ、質量と言えばエネルギーか。じゃあ、重力って何なんだい。質量があるところでは光は曲がる。光は直行するから空間が歪んでいるのか。
まてよ、空間のゆがみと質量、エネルギーは関係があるんだよな。そして重力も。
耳のそばで笑い声がする。
もう一度まん丸の月を見た。
なんで浮かんでいるんだい。地球の重力を離れて浮かんでいる。もっとも宇宙空間で見ると上も下もないよな。
じゃあ、上から下に落ちる重力って何なんだい。どうも僕の頭の中は、とりとめもなくかすんでいる。
真面目に考えよう。物があると重力が発生する。物と重力とは、空間のゆがみに物と重力が生まれる。
そうか、目の前にあるその空間のゆがみを利用することはできないのか。
まてよ、こんな話、以前にも聞いたことがあったよな。
重力、加速重力は地球上どこも違う。歪んだ空間はどこにでもある。歪んだ空間にある物質とそのエネルギーを利用して通信や交通、そうそうそれは国の非武装防衛に生かすことが出来るだろう。
空間の大きなエネルギーを使って空間に防幕を作ることが出来る。それは核や武器に対する防幕エネルギーになるだろう。
このエネルギーとは、そもそも地球上で植物・生物を育ててきた自然エネルギーなのだ。
例えば太古二酸化炭素でおおわれていた地球に、光合成で酸素を作り自然界そして人間の世界史を作ってきた。自然の恩恵と恵みで僕たちは生かされてきた。
だがしかし、現代はこの自然の恵みを壊し、自然の秩序を破壊するものを作ることで人間社会、強いては地球を破壊しようとしている。原子力はその最たるものだ。
頭の中で会話が交差している。そういえば、そんな話を以前夢で聞いたような気がする。
耳のそばで声がした。自分が求めるもの、それじゃあ武志やってみろ、と。
するとまた声がした。今度は女の声だ。「武志、武志」。文乃の声だ。
途端に目が覚めた。
見渡すと外はもう明るくなっている。
何だ、今見ていたのは夢だったのか。僕は僕と話をしていたのか。
それでも目覚めた後の頭の中はすっきりしていた。
戸口を見ると文乃が立っていた。
「武ちゃん。今日は早番から出るのでしょう。もう時間よ。食事、簡単に作っておいたから。今日は本店だったわね。」
そうだ、今日は早番で出る日で、交代の立ち合いがある。
慌てて顔を洗い歯を磨いた。時計は5時を過ぎていた。6時の交代に間に合わせなければならない。
僕は文乃が置いた皿の上に載った軽く火通しした食パンにバターを塗り、それをかじりながら牛乳で喉に押し込み、トマトをつまみ急いで入れてくれたコーヒーを飲み干す。
僕が出た後に仕事に出る文乃に一声かけてバイクで仕事先に向かった。

駅の近くにあるコンビニに着いたのは5時40分。
バイクを店横に置いてバイクの鍵を外しポケットに収める。バイクの前輪の前に横に広がるように一列に植栽の木が植えられていて、朝まで降っていた雨の雫をそれぞれの葉の表に湛えていた。いやがうえに緑が冴える。
その緑を左列に従えて、僕は今日の仕事を始めるために厳かに歩き、店の自動ドアを開けた。
僕を見つけたアルバイトが「おはようございます。」と元気に声をかけてくる。
今日は3人体制で、一人は朝方までの契約社員で、今は武内君と大森君が夜勤の仕事をかたずけている。
6時までに届いた朝刊の配布並べ、コーヒーの原料チェックも済んだという。
早番も二人入っている。8時に一人入る。
事務控室に入る前にカウンター横で早番も立ち会いで遅番の報告を受け、交代の立ち合いは終わった。
僕の方針だが、アルバイトの一人を担当として営業日報書かせている。日報と言っても堅いものではなく、担当で感じたことや提案ごとがあれば書いてもらっているのだ。
夜中2時ごろに桜間が点検に回ってきたと書いてあった。桜間は僕の右腕だ。
終電も終わり客の最後の塊が消えた頃、一息ついてサブ店長の桜間が他の店舗を見回るのだ。忙しい時は電話で済ませている。僕も桜間もアルバイトの時間的補充でどこかの店舗に入ることも多い。
学生や主婦で、決められた時間内で働く人も多いのでどこかに隙間が出来ることもある。
働く人を多くすればよいというのは無責任な話で、コンビニもやることが多いので目的意識的に働く人に働いてもらうためには、ぎりぎりの人数が効率的に動いてもらえる。
うちの場合、レジカウンターが二つあるので忙しい時は最低二人は必要で、通常三人体制で勤務ローテーションを組んでいる。
僕の社会経験はそんなに多くはないのだが、僕の働くコンビニと言っても、僕には普通にどこにでもある店に勤務しているというつもりで働いている。
あくまでも店の形態としてのコンビニ形式に過ぎない。営業が24時間であり商品のサプライ元が総てまかない、店が商品を注文し責任を持つ。
僕の任務役割は売り上げの責任と店の管理だ。
今日はまず夜勤の売り上げをチェックし金庫に入れた後、早番の主婦にレジ点検、主要にはレジ紙などのチェックをさせる。
そして店内を回り、商品の配置を見て回る。不足している商品はないか、お客さんもいじることが多いので商品の並びにムラがないかもチェックする。
店内を一回りして、不足商品の補充と商品の賞味期限のチェック作業を新人に指示して8時を待つ。
8時から入る主婦が来て、僕は近くに住むオーナーの家に行き挨拶をする。
大学時代からアルバイトに雇ってもらったオーナーで、僕の働きぶりを評価してもらった結果店の社員にしてもらい、店が三店になったところで総責任者にしてくれた僕にとっての恩人でもある。
毎日顔を出すのは、挨拶と営業報告が目的だ。銀行に一日の売り上げを入金してから高齢化したご夫婦の自宅に伺い、二人の話し相手をすることも仕事の一つになっている。
主な話は、嫁に行った二人の娘と末の長男を超えてもっぱら孫の話が話題となっている。
どこでもそうなのだろうが、年寄りにとって孫が可愛くてしょうがないようだ。
よちよち歩きの男の子が笑っている写真を見せてくれることと、来春大学を受験する孫娘の心配も聞いてあげる。受験の相談と弱い科目の集中講習は隆俊おじさんに頼んでいる。
オーナーの所には二十分程いてまた本店に戻り、店内を一巡する。 
カウンターでは振込関係の客の対応をしていて、もう一人は商品の補充並べをしている。
カウンターに立つと、出た商品が分かるので即補充に入る。てきぱきと動くのは仕事を周知したベテランで、並べながら他の商品の賞味期限もチェックする。
もう一人も商品並べをしている。客が来るとカウンターに入れるような体制で、それぞれが全体の流れを把握している。その意味では安心して仕事を任すことが出来るのだ。
アルバイト長の小島君に声をかけ、郊外の店舗に向かう。
バイクに乗り、10分ほどで店に着く。
店には桜間が控室にいた。賞味期限の過ぎたラーメンを食べていた。横にケーキ小箱があり、一年前に結婚した家で待つ彼女にパフェをもっていくのだという。
この店、すなわち第二店舗は第三店舗を準備中に急いで完成させたので、従業員の休憩室が小振りな作りになってしまい、桜間の座るイスと机が場所を占め僕の座る椅子がかろうじて置かれているという具合だ。狭いので指示を出す黒板が桜間の背に張り付いている。
桜間の好きなタンタンメンがのどぼとけを通過している。最後の汁を飲み込んで、幸せそうな表情になった。
「今日は遅番・夜勤だったよな。どうだ、彼女とは上手く行ってるのか。」
「上々ですよ。早く子供が欲しいというのが口癖でね。」
「それはのろけか。」
桜間のにやけた顔が、僕の心臓を刺す。子供と言う言葉に、僕には憧れとともに罪悪感があるからだ。
桜間の女房はコンビニのバイトもしたことがあり、桜間の仕事を理解してくれている。
うちの店で人手がない時は手伝いににも来てくれる。今は保育士の資格もあるのでパートで幼稚園のバイトに出ている。
店は僕と桜間ともう一人従業員に正社員がいて、この3人で仕事を回しその他アルバイトのベテランを班長にして働いてもらっている。
「子供か。貯金はできているのか。」
「少しですけどね。彼女とその話になると、おかずの量が減るので、貯金の話はタブー。それよりも二人で遊びの話が話題で、今度またディズニーに行くんですよ。」
そうか、僕も明日帰ったらバイクツアーで行く場所を決めなくては。
食べ終わったラーメンの器をごみ箱に捨てながら、桜間がボソッと話し出した。
「昨日の夜、大川の妹が店に来ましてね。しくしくしていたので、大川が慰めていましたよ。」
「大川というのは、お母さんがトルコの人か。」
「妹と言っても年が離れているから、小学6年だといっていましたね。」
「なんで泣いていたんだ。」
「なんでもヘイトが来て、クルド人を馬鹿にしたことで、学校で嫌がらせを受けたらしいです。」
「クルド? 大川のおお母さんはトルコ人だろう。」
「クルド人は国を持たないで世界中に分散しているのですが、トルコのクルド人はトルコ国籍なんです。
両親とも働いているので、蕨にいるおばあちゃんのところから学校に行っているのですが、川口、蕨にはクルド人が多いのでヘイトたちが川口や蕨に来て差別デモをやってるんですよ。大川のおばあちゃんはクルド人と言うことですね。お母さんも。」
「どんなことを言うんだ。」
僕はクルド人も良く分からないが、差別というものも良く分からない。
「クルド人には国を挟んで政治組織があり、自治と国づくりをしているのですがトルコのエルドアン大統領が強権をもってクルド人の弾圧を進め、政治とは関係のないクルド人を含め治安対策を進めてきたのです。
弾圧を恐れて国を離れ、その一部が日本に逃れ亡命活動を進めているのですが、川口でも特に蕨市に2000人から3000人いるそうで、トルコから引き渡しの要請を受けている日本政府は亡命を認めず昨年入管法を改変して亡命申請が2回不受理で強制送還という措置を決めたのですが、」
「強制送還?強制送還されたらどうなるの。」
僕は外国人に対してあまり興味がない。ましては政治が絡むと頭痛がしてくる。
ただ、店に働くアルバイトに対して無関心ではいられない。
「刑務所に入れられて出て来れないでしょう。エルドアンはトルコをイスラム化することで他民族の浄化を進めているのです。」
「そうはいっても、大川の履歴書では彼は日本国籍だったよな。」
「彼が生まれてから結婚したので、トルコ籍だったと思いますよ。国籍法で二重国籍の場合18歳だったかな、自分で国籍を選べるので日本籍にしたのだと思いますよ。
妹は日本国籍ですね。」
「じゃあ、なんで妹が泣いていたんだ。」
「クルドと言おうか外国風の風態で、自分でもクルド人と言ってたみたいですね。」
「なんで差別されるんだ。」
「日本人は日本人でないものに対して非寛容なんですよ。
いや、非寛容になったというべきでしょうね。世界史に出てくるヨーロッパでも民族という言葉が作り出されるのは中世以降ですよ。日本も島国で、国づくりの中で他国や他民族に対して劣等化や差別意識が醸成されたのだと思いますよ。」
「理屈はいいとして、なんで大川の妹が差別されるんだよ。」
「昨年、入管法が改悪されて申請が不許可になると強制送還されることになり、川口出の国会議員が音頭を取り自民党の県会議員を取り込んで移民で外国籍の人が多い川口市に問題の多い外国人、つまり政治亡命を希望するクルド人の管理・監視する議案を市で通したことで、ヘイトに対して反ヘイト条例が出来た川崎でヘイト宣伝がやりずらくなった在特会が川口をターゲットに動き出したんですよ。」
「在特会というのは、朝鮮人に対するヘイト集団だよね。」
僕の知識はそこまでだ。
「外国人が居ればどこでも出てきますよ。川口では中国人が多いと言うことで中国人排斥、そして今度はクルド人だ。いろいろな名前を使ってヘイトデモをはじめたのですよ。
街での彼らのアジテーションを聞いたのですが、学校に外国人の生徒がいると学力が落ちるとか、クルド人の反日本勢力が組合を作り蕨の市民に迷惑をかけているとか、言ってることがめちゃくちゃでしたよ。
それを煽る新聞があって、生活習慣の違いをことさら強調して市民を不安がらせているんですよ。
それを聞いた子供たちが、クルド人を揶揄する言葉で大川の妹に投げかけるので、大川の妹もいたたまれなくなったのでしょう。」
「同級生はクルド人の事を知っているのか。」
「いや、何も知らないで、流される言葉を面白がっているだけで、そんな彼らは何の痛みも感じちゃいませんよ。それを放置している大人の責任が大きいと思いますよ。」
「それで、大川は妹になんて言ったんだ。」
「いや、大川は私には何も言ってくれませんでしたよ。彼にも同じような経験があるのでしょう。私に行っても何も解決しないのが分かっているからでしょう。」
差別には腹が立つが、おなじ仕事場に立つ人間として、僕に何ができるというのだ。
「この間、先輩が紹介してくれたヘイトに反対するおじさんの話があったので、わたしも個人的に関心があったのでヘイトのデモを見に行ったのですが、10人ぐらいのヘイト集団に数百人の機動隊が彼らを守る警備体制にはびっくりしましたよ。
市民を守る警察が市民を分断し市民に迷惑をかけるヘイトを守るんですから、世の中逆転していますよ。」
世の中逆転しているという桜間の言葉に、新聞も雑誌も見ない僕が少し恥ずかしくなった。
世の中を見る目がくもっているのか。僕の関心が店中心で、世の中の推移が理解できていないことを知った。
店の仲間が苦しんでいることも知らず、何の方策もない僕の存在とは何なんだ。
店の責任者でいることと、僕を信じてついてきてくれる大川との間にはただの使用・契約関係しかなく、人間として、そして僕の好きな仲間意識・助け合いなんて存在していないのではないか。
僕は、店それは普通の会社と思っているが、そこでは当たり前に営業し共に助け合う仲間意識を根本に据えてこの間やってきた。だからその人間がケガをしたりトラブルがあったら前面で彼らを守り抜き、その信頼で営業を進め成果を出してきた。
だが今、大川の心の傷に僕は手をこまねている。
俺は責任者だ。大川を助けなければならない。理屈では説明できない僕の義憤が湧いてきた。
「先輩、そろそろ時間なんで。うちの奴が待っているので、この辺で帰ります。」
桜間がリュックを肩にかけて立ち上がった。
遅・夜勤を通した体だ、早く帰ってもらおう。
僕も今日は早・遅番の通しだ。
僕の店では、早番、遅番、夜勤と担当を決めた3人の従業員がいる。シフトの関係で連続の勤務があるが、無理のないようにこなしている。
桜間に声をかける。
「今度、慰安の旅行に大川の妹にも声をかけてみようか。」
「いいですね。そうしましょう。」
桜間は笑みを返して帰っていった。
この店は、コンビニを始める前から従業員の慰労を含めた旅行があった。
コンビニを始めてからもコンビニでは珍しく二日休みの旅行があったが、その時は従業員夫婦も参加していた。
3店舗になって都合がつかなくなっていたが、アルバイトを糾合して店を休まず交代制の慰安旅行をこの間企画してきた。
この店のオーナーの考え方、働く人がいて店があるという気持ちに僕は共感しているので今日まで働いてこれたのだ。
慰安旅行はうってつけの心の慰安の旅行になる。
大川は今日も遅番で入っている。来たら彼に話してみよう。僕は大川の妹に会ったことはないが、きっとかわいい子だろう。
それまでにはクルド人の事を少し勉強しておこう。
桜間が出て行って、狭い控室も僕一人では広く感じる。蛍光灯が少し暗く感じるので、その分部屋が寂しい。予備の蛍光灯をそろえておこう。
昼の混雑が予想されるので控室を出て入り口付近の自転車の整理でもしようか。
従業員に笑顔の自己検証をさせ、店の表に出た。
陽は高く店の通りに熱い空気を突き付けている。ふと見る店横の植木の緑が目に眩しかった。
様子を見てから本店に戻ろう。

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