放課後感情アウトボクサーズ
sSR園田智代子【茜色セレンディピティ】の話をします。
「頭を殴られたような衝撃」という比喩がある。
これは、感動により心を動かすことを衝撃と呼び、同じ衝撃をもたらすものとして、打撃を接続しているのだと思う。頭を殴られた過去なんて脂肪とシワの奥底だが、この例えは非常にしっくりくる。
名作に出会った時の殴られっぷりったらそれはもう凄まじい。名文・名曲・名画・名演が、振り下ろされる情緒の拳となり、容赦なくアゴや頬を打つ。殴られた私は、涙を流し、鼻血を垂れ、瞬間意識を失う。まるでワンサイドゲームのボクシングだ。
狭窄した聴覚に、3分の経過を知らせるゴングが刺さる。ラウンドが終わったのだ。私はフラフラとリングサイドへ向かい、倒れるように丸椅子に腰かけた。セコンドが何かを言っているが、私のうすぼんやりとした意識は対戦相手の顔にだけ注がれている。不敵な笑みを浮かべ対角に座すのは、アイドルマスターシャイニカラーズだ。
そうだ、私は2年半くらい、シャニマスを相手にずっとボクシングをしている。1ラウンドが3分で休憩が1分だから、大体32万8500ラウンド戦っていることになるだろう。
どうやら感動ボクシングは選手を変えることが許されているらしい。シャニマスサイドはユニットやアイドルという名の選手を次々繰り出すが、もちろん私は1人なので、32万8500ラウンド連続で戦い続けている。当然腕は上がらず目はうつろ、足は震え、顔はもうボコボコだ。それはもともとだ。やかましわ。
32万8500ラウンド戦い続けてなんとなくわかってきたが、相手の選手にはそれぞれ得意なファイトスタイルがある。そして今、私を苦しめている放課後クライマックスガールズは、凄腕のアウトボクサーだ。
彼女らの間合いはとてつもなく広い。だが普通の人より拳1個分腕が長いとか、そういうことじゃない。なんと、過去から殴ってくる。こっちのパンチはちっとも届かない。私のパンチは時間を超えないから。
直近の一撃、【茜色セレンディピティ】はまさにその妙技だ。
2つあるコミュそれぞれの概要を書いてみよう。
〈何度だってリピート〉
智代子と樹里が反省会の開会を宣言するところからこのコミュは始まる。智代子の独特な言い回しをいじってから、2人は今日の失敗と改善点を挙げていく。会話がフェードアウトし、画面が青空に切り替わる。
一拍置いて、青空から夕景へ変わる風景と、2人の陽気な乾杯が、時間の経過と反省会の閉会を知らせる。反省会を振り返る会話の流れで、出会ったばかりの話になり、昔を懐かしみながらコミュが終わる。
このコミュはざっくり言うと、次のような構成だ。
・独特な言い回し→反省会→乾杯→過去の話
〈ハローハロー、始めましょう!〉
「このコミュは過去の話であるという」ナレーションから始まる。レッスン場へ忘れ物を取りに戻った智代子は、上手くいかないステップの練習をしている樹里を見つける。
上手くいかない理由が自分では分からないと独りごちる樹里。智代子は暫くその姿を見届けた後、樹里へ声をかけ「1人が踊って、踊ってない方があっているか確認しよう」と提案する。
時間経過を表す星空と暗転を挟み、練習を振り返る2人へ画面がフォーカスする。ひとしきり振り返りが終わったことを祝してジュースを飲もうとする2人。それまでのやり取りを「秘密の会合」と称する智代子。その独特な言い回しを樹里が笑う。乾杯しようとする2人の距離が近づいたことを示唆させ、このコミュは終わる。
こっちのコミュをざっくり言うと、次のような構成だ。
・過去の話→反省会→独特な言い回し→乾杯
さて、フワッと触れたところで、今一度、双方の構成を見ていただこう。
〈何度だってリピート〉
・独特な言い回し→反省会→乾杯→過去の話
〈ハローハロー、始めましょう!〉
・過去の話→反省会→独特な言い回し→乾杯
出てくる順番こそ違えど、構成は概ね一緒だ。
また、2つのコミュは過去の話を軸に繋がっているのだと思う。
それぞれを朝から夜の順に並べると、こうなる。
この中で時間がハッキリしていないのは〈ハローハロー、始めましょう!〉の過去の話だけだ。仮に、時間の経過は空の画像が差し込まれた時だけだとするならば、夜になったことを表す星空が差し込まれるタイミングから考えるに、〈ハローハロー、始めましょう!〉の過去話にあたる部分は、夕方ではないか。
2人だけの反省会が始まる切っ掛けとなった夕方。
智代子が忘れ物をしてレッスン場に戻り、偶然にも樹里を見つけた夕方。
それこそが、茜色のセレンディピティなのではないだろうか。
私は今と過去を対比する話にめちゃめちゃ弱い。そういう話を繰り出されると、全身アゴのアゴ人間もしくは全身キンタマのキンタマ人間になってしまう。打つとこ打つとこ全部急所だ。悪い事言わないから、ボクシングやめた方が良い。
遠距離じゃ勝てん。それならばと接近するが、放クラはインファイトも鬼のように強い。イベントコミュ"many screens"が記憶に新しいだろう。古典落語を自分たちのファンに自分たちらしくアレンジして届けるこの話は、超高濃度の今。ワン・インチ距離だ。
遠距離と近距離、それぞれでボコボコにされたころ、ラウンドの終了を告げるゴングが鳴る。足を引きずりながらリングサイドへ引き上げた私のもとへセコンドが駆け寄ってきた。彼は私の頬をペチペチ叩きながら、鼻息を荒くし、こう言った。
「しっかりしろ!おい!【茜色セレンディピティ】めっちゃ良かったな!まさかまた放クラの過去話やってくれるとはな!こんな過去話なら無限に掘って欲しいわ!掘っても掘っても金が出てくる!掘り放題の無限金脈じゃ!やられたぜおい!聞いてんのか!なぁおい!」
君は2年半、ずっとそんなことを言っていたんだろうな。であれば、私にできること、私がすべきことはただ1つ。血と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔のまま「あぁ……良い……良かった……」と返すだけだ。
遠くのほうから、32万8501ラウンドの開始を告げるゴングが聞こえる。
どけ、道を開けろ。次のボクサーは誰だ。
どんなパンチを打ってくるんだ。
嗚呼、楽しみだ。
聴いて、買って、聴け!
流星群!ヒーロー!パイレーツ!銀河!!そして、革命だ!!!