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「罪の声」を読んで
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角川武蔵野ミュージアムにある本棚劇場で、なぜかその本の表紙が目にとまりました。天井高くそびえ立つ本棚から、本が四方八方から迫ってくるような空間なのに、です。
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目に飛び込んで来たというよりは、目の端に引っかかって、通り過ぎようとしていた足が止まって、思わず後戻りをするようにその本の前に立ちました。
骸骨と子供が見つめ合っている少し不気味な表紙。
そこに、「罪の声」のタイトル。
内容も何もわからないのに、静かな説得力があって、気付けば、タイトルをメモしていました。
帰宅してすぐ、図書館でその本の予約を取りました。
小さめの活字で四百九ページ。簡単には読めそうにない予感通り、かなり時間がかかりました。
日本を震撼とさせ、未解決のまま時効となった大事件をモチーフに描かれたこの小説は、その膨大な情報を集めた上で、ひとつの仮説として、この事件に関わった人達の行く末を描いています。
この事件のせいで、人生を粉々に打ち砕かれてしまった人達のこと、影響を受けた人達の範囲が思った以上に広かったことを、丁寧な描写がいやがおうにもたたみかけてきます。
言葉に尽くしがたい苦しみに溺れるような人生が直に伝わってきて、何度も途中で休憩しないと読み進められませんでした。
これは小説です。事件に関する事実を緻密に盛り込んだ上でのフィクションです。
でも、こんな家族がいたかも知れない。こんな風に一生を台無しにされ苦しみ続けた人達が、確かにいたと思わせられる圧倒的な説得力があります。
最後の第七章からエピローグにかけては、嗚咽がもれてしまいそうになるほど感情が揺さぶられました。
こんな大事件なのに、そんなちっぽけで身勝手な理由が犯人達の動機だったのかも知れないと思うと、呆れ、怒りがこみあげ、無力感に襲われました。
この小説に書かれている犯人達の動機には一ミリも共感できません。
ただ、苦しみはその人になってみなければわからないことです。何かに駆り立てられるように大それた犯罪に走ってしまうこともあるのかも知れないと想像してみることはできます。
元になっている実際の事件が起こった時、私は既に社会人でした。その時、いかに、人ごととして生きていたかの記憶がよみがえり、苦い思いをかみしめました。
すぐ隣に生きている人の胸の内で、どんな感情がうずまき、その人がどんな人生を生きてきたのかは、本当のところはわかりません。
そのことをちゃんと意識した上で、人にも自分にも思いやりをもって接したいと思いました。
この本は、自分が元気なときに読んだ方が良いかも知れません。それほどに、エネルギーを必要とした読書体験でした。
本を読みたいけどその元気は今はないという人には、映画化もされているので、そちらをお勧めします。
星が降るように本が天井から降ってくるような錯覚に襲われる角川武蔵野ミュージアムの本棚劇場で、なぜ、あの骸骨と子供が向き合う表紙が私の心を一瞬にして捉えて離さなかったのか。いまだに考えています。
子供は、事件で重要な役割を果たした脅迫文を、何も知らずにテープに録音させられた子供たちのことを指しているのでしょう。
そして、骸骨は、事件から何十年経っても、たとえ犯人達がこの世からいなくなっても、苦しみの種として残り続けることを象徴しているのかも知れません。
その暗い事実が、通りすがった私を捕まえて離さなかったのかも知れません。
本は意外な力を持っています。
読まなくても、その表紙とその中の文字で埋め尽くされた世界が醸し出す霊気のようなものが本にはあると、これほど感じたのは初めてです。
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