人生の半分損する事
いろんな言い回しがあります。日常生活で起こる様々なことを、現実には起こりえないような事で例える当意即妙な言い回し。あえて言葉通りに受け止めてみると、面白いことがわかるのではないでしょうか。
本稿では「人生の半分損してる」と言う人々について考えた事を記しました。少々辛辣な物言いをするかもしれない事は予め承知して頂きたいです。
唐突ですが、私はしめ鯖が苦手でした。(今は大好きです。とても美味しいしめ鯖を食べたからです。)ある人が私がしめ鯖を好まないことを知り、「人生の半分損しているよ」と言いました。よく聞く言葉です。何事かを強く好む人が、それを好まない人に対して否定的な態度をとる時の言い回しです。好まれた何事かは皆が好むべきであり、それを好んでいる自分は肯定的なマジョリティに属しているというニュアンスを含んでいます。もちろん相手に敵対するような強い言い方ではないけれども、何事かを好んでいる自分を疑う態度は微塵もありません。損をしていると断言された私は、「…まあねえ、でも苦手だからねえ。」と反論も同意もせず、もごもごと口を濁すだけでした。しめ鯖を肯定したあの人の溌剌とした態度には、無垢で無思慮な輝きがあり、思わずたじろいでしまった事をよく覚えています。
さて、損をするとはどういう事なのでしょうか。
いくつかイメージできるので列挙していきます。
1.利益を得ようとしたが叶わない状態
利益を得るためにリソースを投じた結果、投じたリソース以上の利益が得られなかった。即ち投じたリソースと利益の差に〈損〉が発生したといえる。そこには利益を得ようとする能動的な態度が前提にある。
2.利益を得ようとしていないのにリソースが失われた状態
これは偶発的なアクシデントと言い換えてもいいだろう。損失を受けたとか、損害を受けたという表現が思い浮かぶが、この表現にはリソースが失われたことで、何も起きなければ得られたはずであった利益が得られないという将来の予測が前提にある。つまりリソースが失われた時点だけを見れば〈損〉ではなく、むしろ〈被害を受けた〉と表現するのが適切ではないだろうか。
3.過去を振り返り、より利益が得られたはずだったと思っている状態
項目1と似ているが大きく異なるのは、〈損〉とされているのは投じたリソースと利益の差ではなく、「得られたはずだった利益と現在のリソースの差」である。「捕らぬ狸の皮算用」というより、「捕れたはずの狸の皮算用」というべきであり、〈損〉とされたモノはその人の頭の中で起こっている妄想である。実質的には〈損〉とは言えない。注意するべきは、利益を得る行為が一旦終了していないと起こりえない状態であることだ。
誰でもわかっている当たり前の話を説明しました。もっと詳しく話すには経済学やいろんな方面の知識が必要ですが、私にはその力はないのでご勘弁を。
具体的な例えとして、スーパーマーケットでの買い物をイメージしてみてみましょう。私たちが買い物をするうえで重視しているのは、なるべく安くておいしい食材を購入する事です。
普段と変わらない値段でもサイズが大きいキャベツ、大きさは同じでも安くて美味しい玉ねぎ、等々。重要なのは、かごに商品が入っている段階ではまだ得をしたとはいえず、レジで精算をした後で初めてこの商品を購入したことで得をしたといえるのです。ではなぜ、これらの商品をかごに入れるときに得をしたと思えるのでしょうか。購入した後をイメージできているからです。何回もスーパーマーケットで購入する経験を経ているからこそ抱けるイメージです。
だからこそ、あの時あれを買っておけばよかったと後悔すると予測できるので商品を吟味できる。
初めて購入する商品を扱うお店だと購入後のイメージが沸かないので、清算を終えて使用するまで損得の判断がつきません。
話は大きく戻ります。スーパーマーケットの例えを〈人生〉に置き換えてみるといかがでしょうか。
はい。すごい事がわかりました。〈人生〉をいまだに終えておらず、終えた後が明確にイメージできない状態で、何が損か得か断言できる人々がいるという事実です。
さらに、〈人生〉を商取引に基づく損得勘定という単純な枠組みでとらえて疑わない人たちがいるという事実です。
何かしらの信仰心や主義に基づいて、何事かを好まないことが人生を全うするうえで不都合であると言うのであれば、その人の発言は傾聴するに値すると思います。
しかし、しめ鯖を肯定してやまないあの人はどうであったか。甚だ疑問であります。
私は声を大にして言います。人生を終えたことが無いのに「人生の半分損しているよ」と無邪気に言う人々に対して。
死んでから言いなさい。
世の中には〈人生〉を終えた人がたくさんいます。即ち死んだ人です。しかし、一度や二度死んだ経験がある人は誰一人としていない。長くなりましたが、「人生の半分損しているよ」とは無理な発言であるとわかりました。
いかがでしょうか。よくある言い回しを真に受けて考えてみました。こんなことで一々引っ掛かりを覚えていたら日常生活に支障をきたしてしまうよ言う人がいるのは目に見えております。でも、暇があれば敢えて考えてみるのも一興ではないでしょうか。
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