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料理の制約と誓約・浜松 勢麟

2018年10月に静岡県浜松市にオープンした「勢麟」

大将の「旨いものを食べて欲しい」という精神をはっきりと感じる、まさに店名通り「勢」を感じる料理。すでに予約困難店となっている。

料理屋ではなく食べ物屋と言い切るお店の営業スタイルはユニークで、1~3月 河豚屋・ジビエ、4~5月天ぷら屋、6~7月鱧屋、8~10月天然鰻屋、11~12月河豚屋、と各季節の食べさせたい食材が明確で一通り体験したくなる。

その時期の食材を様々な調理法で食べ季節を感じられるのが日本料理の良さだがその中でも天ぷら、鰻、河豚はそれぞれ細分化され独立したジャンルとして成立している。

勢麟は食材のほとんどが静岡県産、食べさせたい食材・調理法に照準を絞って突き抜けている。

静岡の有名店では他に天ぷら成生や温石があり、地元の食材を使い静岡でしか食べられない料理で全国から食べ手を集めている。

店構え。店名の木札とランプに味がある。
スタートは黒ラベル小瓶。

出会いもの

貝と山菜のぬた。
スタートにいきなり先制パンチ。山海の幸の組み合わせ、出会いもの。
鯛と蕪、鴨と葱、鰤と大根、鰊と茄子、牛蒡と鰻、若芽と筍、アサリと三つ葉etc.などその時期の山と海の幸がお互いの長所を活かしあう相乗の組み合わせ。香り高い貝類と山菜の苦みが素晴らしい。

三河湾の赤貝、鳥貝、白ミル貝、と山菜。

ワインのスタート

最初はベッカー・カルクメルゲル2020。
カルクメルゲルは泥灰石灰岩の意。古木のピノグリのスキンコンタクトの為色がついている。

勢麟のワイングラスは何とロブマイヤー。。

貝類に合わせるワインは本当に難しい、日本酒でも生臭みが出るケースが多く、ましてやワインはさらに難易度が高い。でもカルクメルゲルはバッチリ合う。
酸の高さとスキンコンタクト由来のタンニンが貝類に拮抗する相性で山菜の苦みも余韻の苦みとミネラルが調和。これは春から初夏にピッタリのワインだ。

右側は愛するドクターローゼン
ヴェーレナー・ゾンネンウーア・リースリング GG・アルテレーベン2020

リースリングは以前から魚介系との相性の良さを感じていたが(特に熟成したドイツのリースリング)若くても貝類に◎。貝類の甘味と余韻を引き出す。拮抗するカルクメルゲルと引き出すゾンネンウーア。

鰹節や昆布を使用しない生の魚から採った出汁と原木椎茸のシンプルな構成。

これだけはっきりと食べさせたい食材が明確なのに、過度な凝縮や濃さを求めないスタイルは新鮮。シンプルに食べさせたいという姿勢が伝わる。

命の味

立派なホシガレイが運ばれると「提供15分前に〆たばかりです」と。通常だと魚を〆た後は旨味を引き出す為に熟成させるが(魚の筋肉のエネルギー源であるATPが時間の経過と共にADP→AMP→IMP=イノシン酸に変化する)あえて〆てすぐの繊細な命の味を感じて欲しいと大将。

提供15分前に〆たホシガレイ。
薄い切り付けで重ねて提供。
向こう側が透ける薄さ。

この〆てすぐの味わいを端的に表現するなら淡味。薄い切り付けも意図があり、繊細で何とも言えない淡い甘味がある。身がまだ死に気づいていないような、触れてはいけない様な淡さ。

あらためて「濃いは旨い」ではないと思った。
これは日本酒にも通ずる。

天麩羅スタート

天麩羅コースはこれから本番へ。

山菜と魚介の説明。

通常天麩羅屋だとサイマキと呼ばれる10㎝以下の幼エビを使うところが多いが、勢麟では特大のサイズが2本出る。火傷するほど熱い身をハフハフとかじれば香りと甘味が口内で爆発する。

1本目は塩で。この甲殻類の香り、甘味にカルクメルゲルの旨味が合う。
2本目は天つゆ。

天麩羅に合うワインの一つのアンサー

ベッカー シャルドネ・ミネラル2018

名前の通り強烈なミネラル感の余韻が永遠と続くドイツシャルドネの最高峰の一つ。これが1万円で購入出来てしまう恐ろしさよ…

実に旨そう。

そしてテストに出る程このワインと最高の相性を見せたのがアスパラガス。
アスパラガスは野菜だが旨味が強く余韻が長い食材の為、軽いワインはまず負ける。拮抗できるボリュームを相手にも求める。

太いアスパラガスの水分が凝縮され太い旨味と長い余韻にワインの持つミネラル感が共鳴する。
穂の部分は香りと甘味がある。
空気のように軽やかな鱚。ワインのミネラル感が押し上げる。
根曲がり竹。コリっとした食感とミネラル感。
タラの芽。葉の香りとほろ苦い余韻。
山菜特有のアクが揚げる事によって旨味に転じる。
独活。スカッと香り高く爽やかな苦み。
口直しのフルーツトマト。

次代のワインの可能性

ここでワインをもう一本。
オーストリア モリッツ・スーパーナチュラル2021
全世界で温暖化が進む中オーストリアは次の時代の可能性の一つ。グリューナーヴェルトリーナー主体のみずみずしいワインをここから合わせる。

アオリイカ。この甘味を引き立てるは断然塩。
素材としての余韻が長い。モリッツは酸の爽やかさで甘味を引き立てる。
コシアブラ。鮮やかな香りとほろ苦い余韻。
モリッツより強い。
メイタガレイ。ホクホクとした食感で熱が入っても柔らかい。
身に香りがあるので、ワインの酸で制御する感じが良い。
山菜の女王、コシアブラの芽。サクッと軽い苦みが走る。
山菜とワインだと無限に食べ続けられそう。
蕗の薹。春を凝縮したような青い香りと強い苦み。
これにはボディ的に赤ワインでも良さそう。
穴子用にピノノワールを。
試験醸造のワインを飲ませて頂ました。
全房発酵由来、かつ房内発酵の前駆体から生まれる
松茸香。
穴子が来る。
熱々の香ばしい穴子。塩も天つゆも両方旨い。
そしてピノノワールが凄く合う。
穴子の香りがうまく制御されピノノワールの旨味と調和する。
釜炊きのご飯
〆はかき揚げの出汁茶漬け。香り高い山葵と出汁、香ばしい桜海老が最高。
出汁も足りなければ追加できるのも嬉しい。
デザートは自家製ミルクアイスのブランデーがけ。
これがシンプルながら深い、アイスの甘味とブランデーの甘味の掛け算。
この日のワイン達。誘ってくれた友人と同席させてもらった皆様に感謝。
ヘレンベルガーホーフ様ワイン有難うございました。

「旨い」の追求

その場所でしか食べられない料理を求め地元産の食材が9割を占め、鰹節は使用せず生の魚から出汁を取る、通常は〆て寝かせて旨味を引き出す魚を淡い甘味を感じて欲しいと提供15分前に〆る、天麩羅屋では扱わない巨大サイズの車海老を用い、揚げる温度も高い。

美味しいを追求するとどの世界でもそうだが一つの頂点へ全体が向かう。
すると全体のレベルは向上するが、オリジナリティが失われ類似してくる。
そこからまだ「離」することが個性となるのだが、勢麟は何が「旨い」のかを追求してこのスタイルを確立したのだと独りごちる。

各季節で食べて欲しい食材が明確
それを一番美味しく食べさせる調理法
旨いとされている概念の再構築
天麩羅、鰻、河豚で確立する日本料理の懐の深さ

また勢麟は系列で焼鳥屋と鰻屋も経営している。
こちらも次回伺ってみたい。


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