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短編「夜が更ける」
夫の体温が私のものよりも少し高いと知ったのは、結婚してから1ヵ月後のことだった。誘ったのは(というとなんだか露骨に聞こえるかもしれないが、それでも、誘ったのは)わたしの方からで、三重になっている綿一〇〇パーセントのガーゼケットの柔らかさが肌に優しく、それはわたしたちの素肌を外気から守るのにふさわしいと思えた。そのときのわたしたちは少し酔っ払っていて、なぜなら結婚一ヶ月の記念日を入念にお祝いしたからだったのだけれど、そのときにはきっと、こういう流れになるだろうことがわかっていたのかもしれない。あるいは、お互いに少しだけ期待していたからかもしれなかった。
わたしたち夫婦の中では、お祝いといえばステーキだと決まっていて、夫が手早く焼いてくれたステーキから溢れる肉汁は(ステーキは死んだ牛の一部だというのに)なんだか生命力に満ちあふれていて、それがあまりにもキラキラとしているものだから、赤ワインのボトルを一本空けてしまったのだった。
わたしはお酒を飲むと身体のどこかがランダムに痛くなる体質で、二人でベッドに横たわったときにはわたしの左足の踵の表面は神経痛でビリビリと痛む瞬間が何度もあったのだけれど、夫の、わたしより少し高い体温に全身が包み込まれたころにはすっかり忘れてしまっていた。わたしと夫が肌を重ねるのはそのときが初めてだったのに、その心地よさは驚くほどで、月並みだけれど、「いつまでもこうしていたい」と心の底から思った。カーテンの隙間から漏れる光が床を細く薄く照らし、ワインのつまみにしていたスモークチーズの香りと、デザートに食べた洋梨のタルトのさわやかな甘い香りがかすかにする寝室で、ぎこちない夜はあっという間に更けていった。