今月のひと駅-2024年4月
伊豆多賀(伊東線)
いずたが駅 静岡県熱海市
昭和10年開業
今は見下ろす桜の美しさ
来宮駅を出るとすぐに単線となり、ゆるゆると急カーブを切り始める。トンネルに入っても、まだレールをきしませる金属音が響き、なかなか加速しない。
2本目のトンネルからようやくスピードアップするが、今度はなかなか暗闇から出ない。ようやく光が差したかと思うと、見晴らす海は視線のずんぶん下の方。線路はかなり高所まで登っている。それでもこの区間は切り通しが多く、なかなか車窓を楽しめない狭苦しさのまま、線路はY字に分かれて伊豆多賀駅に着く。
この駅は、昔から桜の名所として知られる。だが、ホームに降りても、崖に迫られた狭い構内に薄紅の彩りは見られない。期待を削がれて改札に近づくと、ここでは桜の愛でかたが一味違うことに驚かされる。つまり、見上げる桜ではなく、見下ろす絨毯の美しさである。
もとより芝桜ではなく、立派なソメイヨシノの密集が足元を埋め尽くす。山の中腹に引っかけられた駅舎から、さらに下の駅前広場をびっしりと取り囲むのである。その向こうに遥か遠くまで、相模湾の青い海原が延びていく。この鮮烈なコントラストは、他のどこでも味わえない感動。ここも古い駅舎を眺望の休み処としたいものだ。
【2016(平成28)年取材】
『駅路VISION第23巻・伊豆/箱根』より抜粋
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