コスメ選びには「似合う」以上に大事なことがある|AUBEのリップに感謝をこめて。
昨日はしっかりめの打ち合わせがあったので、久しぶりにがっつりメイクをした。
最近はオンラインで人と会うことが増えたので、メイクは薄目が多い。ダンスの練習がある日なんかは、ほぼすっぴん。
メイクの機会が減り、コスメへの関心が薄れてしまったからか、ポーチの中身はずいぶん前からおんなじだ。
マスカラやアイライナーはもう何年もリピートしているものばかり。
チークやハイライトは気に入った商品があり、これが一向になくなる気配がなく、買い替えどきは一生来なさそうだ。
アイシャドウは、スタメン2つがどちらも廃盤になってしまったので、手元にあるものを大事に大事に使い続けている。一つは底見えし、もう一つはケースが割れている。
うーん。よし。
今日は、コスメを買って帰ろう。
そう決めて家を出た。
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コスメを求めて、大型のドラッグストアに立ち寄った(収集癖があるからデパコス禁止笑。破産しちゃうので)。
こんな色出てるんだ~!
あ、これSNSでバズってたやつ。
韓国・中国コスメエリア、どんどん広がってるな~。
マスカラ、他ブランドに変えてみるか……?
ウキウキと3列6本の棚をウロウロする。
しかし、高揚した気分を一気に冷ます文句が目に入った。
キラキラしたコスメエリアらしからぬ、整然としたゴシック体の文字。「廃盤のお知らせ」である。
しかも、いち商品の販売終了じゃない。ブランドの終了だ。
花王「AUBE(オーブ)」。
ああ、嘘じゃないんだ。
ほんとになくなっちゃうんだ。
ネットニュースで知ってはいたけれど、いざ店頭で売り切りモードになっているのをこの目で見たら、胸がキューっと苦しくなった。
AUBEのリップはかつて、わたしのお守りだったから。
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14年前、わたしは社会人になった。そして入社早々、心を折られた。
びっくりするほど、見た目で判断されたからだ。
かわいい子はちやほやされ、そうじゃなければいじられ役のポジションを与えられる。
堂々と、臆面もなく「お前はあり、お前はなし」と査定してくるヤツがいる。
同じように酔っぱらって動けなくても、諸々の振る舞いを心得ている女は寄ってたかって介抱され、必死に正気を保っている女には、早く会計しろだのタクシーを呼べだの言ってくる。
もちろんわたしは、後者の女だった。
茨城で素朴な大学生をやってきたわたしは、確かにあか抜けない、芋くさい女だった(茨城の芋はうまい)。
駆け引きが必要な恋愛競争なんてしてこなかったし、合コンみたいな品定めの場にも行ったことがなかった。
性的な魅力を駆使して、あざとく振舞った方が得な場面は大学時代にもあったけど、それでも、人として、真面目に、誠実に、優しさとユーモアをもっている人間が正しい世界で生きてきた。
なので、カルチャーショックはでっかかった。
わたしがこれから生きていく世界って、こういうとこなのかと、酔っぱらいながら夜道で泣いた。
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でも、わたしは負けず嫌いである。
蔑まれないように、可愛くなってやろう。
そのために、メイクを変えよう。
まずは、超素敵な色のリップを手に入れよう。
そう思って週末、駅ビル内の一角にある、コスメ売り場に行った。国内メーカーの商品が置いてあり、専任の店員さんがカウンターで試させてくれる、あそこだ。
大学時代、申し訳程度にしていたメイクに使っていたのは、高くて1,500円くらいのプチプラ商品ばかり。駅ビルのコスメコーナーで売っている3,000円のリップだって、わたしには充分、高級品だった。
でも気合いを入れないと、勝てない気がした(いま振り返ると、別に勝たなくたってよかったんだと思うのだけど)。
店員さんは40代くらいの女性で、すごく丁寧で優しかったけど、わたしは終始ガチガチに緊張していた。
「社会人になったので、ちゃんとしたリップが欲しいと思っています」
コスメカウンターに行くのはもちろん初めて。やっとのことで、そう言った記憶がある。
女として蔑まれているから見返したい、という話は恥ずかしくてできなかった。
店員さんは確か、3色ほどをそろえてくれた。それらを順番に唇に乗せてくれた。わたしには違いがよく分からなくて、結局、店員さんが勧めてくれたリップを買った。
それが、AUBEのリップだった。
「新社会人なら、こういう若々しい、華やかな感じが良いと思いますよ!」
フレッシュなレッドのリップ。
自分では選んだことのない、可愛らしい色だった。心の隅に、こういうキラキラした色が似合う同期や先輩の顔がよぎる。
店員さんの言葉に曖昧に笑うしかなかった。
でも、その言葉に背中を押されもした。
これを塗って、なんとかやっていく。
その日以来、スーツの上着のポケットには常に、AUBEのリップを忍ばせていた。
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14年経ってわたしは、パーソナルカラー診断をするようになった。お客様にリップの色を選んで差し上げることもある。
おしゃれに疎く、見た目に関する他人の評価に怯えていた自分が、まさかこんな仕事をしているなんて、当時のわたしは絶対に信じないだろう。
パーソナルカラーの知識を得た今、あのリップは、わたしには似合っていなかっただろうなと思う。
でも、そんなことはどうだっていい。
たしかにリップを塗っても似合っていなかった。だけど、強くはなっていた。間違いなく。
あの色は、あのときのわたしに、必要な色だった。
へこたれないための支えだったし、前に進むための燃料だった。
出社の前、商談の前、懇親会の前、久しぶりに同期と会う前。
リップを塗りなおし、あるいはポケットの中で握り締めることで、わたしは屈辱に備え、耐え、乗り越えることができた。
塗っていることで、持っているだけで、見た目で傷つくかもしれない不安や、傷ついた痛みを和らげてくれる。
AUBEのリップは、真っ赤なお守りだった。
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パーソナルカラー診断を受けて自分に似合う色を知って、それを使いこなせるようになると、自然と素敵になれる。それは間違いない。
ただ、似合う色を使わない選択だってある。
似合うを超えて自分を表現したいときだってある。似合わなくても使い続ける理由があることもある。
パーソナルカラー診断をするとき、お客様にはいつもこう伝えている。
色は自由に使ったらいい。
ありたい自分でいられるなら、似合わない色だってかまわない。
ありたい自分に必要ないなら、ファッションやメイクにこだわらなくてもいい。
こういう思いの源には、似合わなかったAUBEのリップへの信頼と感謝がある。
AUBEとは、フランス語で「夜明け」という意味らしい。
AUBEのリップはたしかに、暗く沈むわたしの心を照らしてくれる、太陽みたいな存在だった。