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2021年を振り返る〜逆境を追い風に成長したスタートアップと来年取り組むべき日本の課題〜

「Lifetime Innovation -長く愛され、存在し続ける事業を創出する『才能』に投資する - 」をミッションに、プレシード領域に特化したベンチャーキャピタルであるライフタイムベンチャーズ(以後、LtV)代表パートナーの木村 亮介さん。業界や自身の経験から感じる課題をもとに社会課題解決を目指す意欲ある起業家に創業前の段階から伴走し、ともに成長する未来を描く人物。今回は、2021年のコロナ禍における投資領域の変化を伺いました。

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Lifetime Ventures / General Partner 木村 亮介氏
1987年生まれ。広島県広島市出身。
一橋大学商学部経営学科を卒業後、プライスウォーターハウスクーパース株式会社(現:PwCアドバイザリー合同会社)及びKPMGヘルスケアジャパン株式会社にて公共インフラ/ヘルスケア領域に関するコンサルティング業務に従事した後、独立系シードVCの草分け的存在であるインキュベイトファンドへ参画し、ispace、Gatebox、Misoca、ベルフェイス、iCAREなどの急成長企業を含む40社超の投資先支援に従事。2017年1月にライフタイムベンチャーズを設立。プレシード/シードステージに特化したインキュベーション投資を行っている。経済産業省J-Startup推薦委員、経済産業省ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト(JHeC)2018・2019審査員。

コロナ禍でスタートアップにはどのような影響があったのか

——— 昨年同様に、新型コロナウィルス感染症対策により、人流の制限等で日本のビジネスシーンは大きな影響を受けましたが、木村さんの投資先はいかがでしたか?

LtVがこれまで投資してきた24社は幸いなことに、今年のコロナ禍の影響に理由として廃業したスタートアップ企業はありませんでした。その理由は大きく2つあると思います。1つは「ライフタイムをベンチャーする」の名前にもある通り、日本の30年後の未来から逆算した人口問題に対応するスタートアップへの投資が多く、いずれ不可逆に日本が直面する問題に取り組んでいるため、コロナ影響によって一過的に市場の動きが鈍くなったとしても、その社会問題が無くなることはないためです。

もう1つは、私が投資するプレシードからアーリーステージの企業は、従業員規模でいうと未だ多くても30人、中には起業したばかりで一人から数人の企業もあり、資金調達が進み従業員数が100人を超えるような会社と比べれば事業環境の変換に対応する動きが取りやすかったためです。コロナ禍での環境変化に即して事業内容をピポットする企業もありましたが、アーリーフェーズだからこそのスピード感でコロナ禍におけるピンチをむしろチャンスに変えることができました。

ライフタイムベンチャーズ(LtV)が投資する3領域のスタートアップの変化

———LtVが投資テーマとして掲げている「X-Border Japan」、「Industry Cloud」、「Digital Health」の3領域について、それぞれの変化と今後の課題について伺いたいと思います。

X-Border Japan領域の変化と今後の課題とは

———まず、LtVが投資テーマとして掲げている「X-Border Japan」から伺えますか?

「X-Border Japan」は、「外国籍人口の増加」をテーマにしています。旅行やアクティビティなどのインバウンド需要や外国人労働者を活用した人材採用など、日本を起点にインバウンド、アウトバンドに関連したサービス領域です。

「X-Border Japan」はこれまで日本に移動を伴った経済活動を促進するインバウンド需要がメインでしたが、コロナ禍で、移動が制限されたことにより、飲食や旅行業界、国外を結ぶ交通インフラが大きな影響を受けたことはご存知の通りです。その一方で、日本商品への需要がなくなった訳ではありませんでした。

実際に、ファッション通販サイト「BUYMA」を運営しているエニグモ社、越境型ECのBEENOS社は、決算報告書を見るとコロナ禍において増収増益傾向です。ロックダウンによって日本商品への関心が減るのではなく、むしろ直接行けないからこそ、購入する手段が変え、ニーズはこれまでのように増加していると言えます。

マクロでみれば業界全体に大きな変化があり、ミクロでみれば顧客からDXやイノベーションへの必要性と期待感も生じたのです。まさにスタートアップだからこそ取り組める領域が生じました。そこに素早く適応できたのが投資先のフードデリバリー最適化SaaSを展開する「Lisa Technologies(リサ・テクノロジーズ)と、共同購入型越境ECサービスの「DOUZOの2社はコロナ禍の中でも厳しい状況下に置かれていた業界を主要顧客にしていましたが、事業路線の転換に上手く対応でき、事業を成長させることができています。

フードデリバリー最適化SaaSを展開する「フードデリバリーマネージャー」
共同購入型越境ECサービス「DOUZO」

——— コロナ禍で物流をうまく活かした事業は伸びてますが、物流業界からも悲鳴が聞こえてきているのも近年よく聞きますね

皆さんもご存知のように、日本の流通は優秀ですが、負荷がかかっていることも事実です。これまで漠然としていた物流分野の課題認識から、投資先と事業立ち上げプロセスを伴走するなかで、実際の現場とニーズを感じることができました。

——— 他にこのテーマで注目のスタートアップはありますか?

はい。グローバル学生・外国籍留学生就活のDXを提供する「SPeakです。
日本に留学する優秀な大学生であっても、日本独自の就活プロセスに適応できないため内定が出ず帰国するケースが多くいます。以前より課題のあるテーマですが、多くの日本企業にとって至上命題である企業活動のグローバル化を進めるためには、日本と縁のある高度外国籍人材を登用するインフラが必要と考えています。「SPeak」のように、そうした社会のニーズの変化へとスピーディーに適応できるかが、これからのスタートアップには問われていると思います。大企業にはない機動性をスタートアップが発揮できる分野です。

株式会社SPeakが運営するグローバル学生特化型プラットフォーム「JPort」

Industry Cloud領域の変化と今後の課題とは

———次にLtVが投資テーマとして掲げている「Industry Cloud」について伺えますか?

「Industry Cloud」は物流、製造、金融など特定の業界で課題となる「労働人口の減少」に取り組み、業務効率化のためのSaaS・PaaS等のクラウドサービスのスタートアップに投資を行っています。

この1年半程度で士業などのホワイトカラーのDXは一気に進みました。社労士の方が起業した就業規則・社内規定管理SaaS「KiteRaは目立ちにくい領域でしたが、コロナ禍でリモートワークも含めた働き方改革・DXの機運が高まるなかで業界からの注目度は高まっています。また保険代理店向け請求勧奨CRM SaaSを提供するIB社も保険業界からの消費者体験の再構築ニーズにより、注目が増しています。この2社を通して、デスクトップワーカーのDXは立ち上がりも早く、事業の推進も早いよう感じています。

——— コロナ禍になり、リモートワークなど働き方が大きく変わりましたね。

そうなのです。特にアナログな手作業や紙管理が多かった士業業界や保険・金融業界は変化せざるを得ない状況になりました。

就業規則・社内規定管理SaaS「KiteRa」

就業規則・社内規定管理SaaS「KiteRa」は立ち上げ当初、専門家集団である社労士事務所にはあまりニーズがないのではと考えて事業会社向けに展開していましたが、コロナ禍によって社労士事務所が既存顧客向けの雇用調整助成金などの緊急対応、働き方改革関連法改正などにより手が回らない状況となったことを受けてニーズが拡大、その変化を捉えることで初期トラクションを獲得しました。

ここ1年半で各社がリモートワークを組み合わせた就業規則の作成や残業の考え方、労働条件の見直しなど、各社によってカスタマイズが必要な事案に社労士先生へ相談ができるようになることは、彼らのあるべき姿に変化していると感じています。

また保険代理店向け請求勧奨CRM SaaSを提供するIB社もまたコロナ禍で保険の見直しニーズが高まり、不透明な請求プロセスに関する課題感が高まっています。保険の管理・共有・請求がアプリで一括管理できる「保険簿のおとも」というサービスが評価され、日本経済新聞社×金融庁共催「FIN/SUM 2021」にて最優秀賞 NIKKEI Awardを受賞しました。

日本経済新聞社×金融庁共催「FIN/SUM 2021」にて最優秀賞 NIKKEI Awardを受賞の様子

——— なるほど。これまで進んでいなかった課題がコロナをきっかけに改善されていく事例もあるのですね。

こうしてDXが加速する業界がある一方で、パソコンを利用する機会の少ないデスクレスワーカーとの差は、どんどん開いていることも課題に感じています。
医療、介護、飲食、物流などのコロナの影響を受けて苦しい状況に置かれているデスクレスワーカー、この差を解決することがIndustry Cloud領域の今後注目の領域になりそうです。

Digital Health領域の変化と今後の課題とは

———最後に、「Digital Health」について伺えますか?

「高齢者人口の増加」に、デジタルテクノロジーで対応する「Digital Health」です。Digital HealthではヘルスケアのIoT、オンライン診療、介護事業者向けSaaS/PaaSなど、高齢者人口の増加に伴う医療・介護の負担をDXで解決することを目標とした領域になります。この分野は今後の日本の課題であると同時に、面白くなる分野として挙げたのがDigital Health領域でもあります。コロナ禍で医療・介護の業界はたくさんの課題が浮き彫りになりました。

——— 医療業界の話は連日報道されていましたが、その中でも特に注目する分野はありますか?

特に私は、「人工透析」に目を向けています。透析患者は全患者の1%ほどにも関わらず、毎年の医療費は1兆円以上必要なほどに医療的なケアが必要な存在です。彼ら/彼女らは透析のため定期的に病院に通う必要があるのですが、いわゆるコロナ重症化リスクの高い患者に該当することから、医療機関での院内感染の恐れなどから、従来日本ではあまり浸透していなかった腹膜透析(PD)という在宅で可能な医療技術が再注目されています。

医師・看護師が在宅透析を管理するAI搭載モニタリングツール「PD Doctor's Eye」サービスモデル

このような事業環境下で、医師・看護師が在宅透析を管理するAI搭載モニタリングツール「PD Doctor's Eye」を開発したのが、スタートアップ企業の「METRICA」でした。METRICAの提供するサービスを利用すれば、在宅でも透析患者のモニタリングが可能になり、在宅透析で問題とされる合併症リスクを抑えられるのではと期待されています。人工透析は週2~3回、1回で4~5時間の時間拘束があり、この通院負担を減らすことは、患者側にとってもメリットが大きい変化です。

——— オンライン診療は日本でも徐々に進んでいる印象で、便利になりそうですね。

診療報酬改定などでもオンライン診療がテーマとして取り上げられるようになり、その点では数年前から比べて着実に前進はしていると思います。一方で、諸外国ではコロナ禍を境に急速なオンライン診療とその周辺サービスが発展・浸透しました。結果として、日本は現在オンライン診療後進国になりつつあり、私自身は強い危機感をもっています。

元々アメリカではこの数年でオンライン診療のプラットフォーマーが数多く上場し、コロナ禍を経て劇的なサービスの広がりを見せています。日本と海外ではロックダウンの厳格さ、コロナ感染者数・死者数など状況が大きく異なるとはいえ、日本と海外の医療DXの差は大きく開いてしまった印象です。高齢化に伴う医療ニーズの増大と生産年齢人口の現象に伴うマンパワー不足が同時並行で進む課題先進国・日本にとって、由々しい状況です。

——— そんなに差が開いているとは思いもしませんでした

メタバースで日本がグローバルなプレーヤーとなるには

———「X-Border Japan」のお話しを伺った際に、最近話題になっているメタバースについて触れていましたが、日本がグローバルなプレーヤーとなるためにどのような課題があるのでしょうか?

日本ではまだメタバース空間はまだアクティブとは言えません。「あつ森」や「モンハン」のような事実上のメタバース空間こそあるものの、日本のプレーヤーは自社プロダクトのなか、日本の中にプラットフォームを作ろうとしてしまう傾向があります。FortniteやRobloxといった数多のアクティブユーザーを抱えるオンラインゲーム、OpenSeaといった最大級のNFTマーケットプレイスは現状その多くが米国発であり、これらのプラットフォームと連携して取り組むビジネスモデルの組み立てが日本勢には必要だと思います。まだメタバースの圧倒的な勝者がいないため、スタートアップも大企業も等しくチャンスがあると感じています

数年前に、Apple社がiPhoneを発表して以降、スマホが普及した流れを受けて、日本のゲームアプリが世界でも有数のポジションに立ったように、コンテンツ面では日本にも大きなポテンシャルがあると考えています。この動きはテクノロジー業界だけではなく、例えば高級ファッションブランドのバレンシアガがフォートナイトと、グッチがRobloxとコラボするなど、従来型産業の大手プレイヤーによる参入も増えています。日本でもコンテンツを活かしながらメタバースでのビジネスモデル構築に挑戦する人が出てきてほしいです。

起業という選択が自然に生まれるコミュニティー作りが鍵

——— 最後の質問になりますが、VCからの視点でAND ON SHINAGAWAのようなコミュティーについてどのように考えますか?

私は、起業家がモチベートされるためには、同じステージや事業領域の起業家が近くにいることが必要だと考えています。起業家は先輩起業家の背中を見て、同じコミュニティーにいる人同士で起業することが多いです。これから起業する人がいたり、将来起業に興味のある人がいてもいいと思います。

初めましての出会いを意図的に作ることによって、起業するきっかけを生み出すことをコミュニティーに期待したいです。

短期ではアフターコロナのリモートワークスペースとして、コミュニティーやコワーキングスペースを活用することも大事です。私も横浜のカフェで不定期に横浜VCモーニングをしています。そういうプチワーケーションを提供することで、将来的にAND ON SHINAGAWAの立ち位置としては地方の起業家が東京へアクセスする際に、品川駅を利用して、「東京に来たらここへ行けばいい出会いがある」と思えるコミュニティーが出来れば素晴らしいですよね。とりあえずここで一緒に働こう、たまに話そうくらいの緩やかなコミュニティーから、新たな起業家が出てくることを望みます

——— 本日は貴重な機会をいただき、ありがとうございました。今後もAND ON SHINAGAWAを一緒に盛り上げてください!

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